東への旅(その3)
そこまで話を聞いたイザーク・アルマルクは、自慢の髭をかるくひとなですると、勢いよく膝を叩いた。
「よし、じゃあ兄貴。この嫁さんはおれがメルセルと一緒に連れて行っても問題ないな?」
いったい何を言い出すのか、とクロードはあからさまに口をへの字に曲げた。
「このようなお嬢さんに過酷な旅をさせたいという、お前の気持ちはまったく理解できんが」
「息子の嫁をつかまえて、お嬢さんも無かろう。せっかくの新婚なのに、夫と遠く離れ離れというのも気の毒ではある」
「それはそもそもがそのような旅にメルセルを連れ出そうというお前のたくらみのせいではないか。ともあれ、店に差し障りがあるかと問われれば……うむ、とくにはないのだが……。だがリアン、お前はそれでいいのかね」
義父にあらためてそう問われて……アルマルクの男達にじっと見られてやや気後れしながらも、リアンは毅然と答えた。
「母さんが私を村の外に出したのは、ウェルデハッテのような小さな村だけではなく、もっと広く世の中を見てこい、と言いたかったんだと思う。それでこの王都で姫殿下に出会って、メルセルと知り合えて、そしてまたこうやって広く外の世界を知る機会が巡ってきたのに、それに尻込んでいては、お前は何のために村を出たのかと笑われてしまうわ」
「誰も君を笑ったりはしないよ。誰が笑うって言うのさ」
やけに深刻ぶった表情になるリアンを心配して、そう尋ねかけたメルセルに、リアンは答えた。
「きっと、姫殿下が」
リアンが真っ直ぐな面差しでその名を持ち出してしまえば、メルセルはなんと返事を返せばよいのか分からなくなるのだった。
真にユーライカであれば、そのような危ない旅にリアンを送り出すのに二つ返事とはならなかったのではないか、とは想像するのだが……ともあれ、その名前を持ち出したリアンに対して、男たちは誰もが反論を持たずに押し黙ってしまうしか無かった。大人しそうに見えて、これもまた言い出したらきかぬ女なのだ、とアルマルクの男たちもそこでようやく気付いたのだった。
ともあれ、そうと決まればイザーク・アルマルクはぐずぐずとはしていなかった。おのが弟の計画に終始ぶつぶつと文句の絶えない兄クロードを横目に、イザークは商会の中でも手の空いていて、比較的に体力に自信のありそうなものを中心に声がけを行い、割合に急づくりではあるが隊商の概容を整え、それから二週間後には出国のための書類も自らそろえて出立にまでこぎつけたのだった。
顔ぶれを見れば、やはり腕に覚えありそうな屈強な者が多く、メルセルとリアンの二人は顔ぶれの中でも幾分は浮いて見えたのは仕方がなかったかも知れない。イザークにしても、何もメルセルが旅に向いていると思ったから誘ったわけではなく、兄がそうしていたように商会の仕事のおのれが担う部分をもまた、わずかでも経験させておきたかったのだろう。中に数名ではあるが自分の妻を伴っている者もおり、女はリアンだけではなかったのは一安心といったところか。
「これだけの人数だ。家ごと旅をしているようなものだ。炊事など、女手が必要なところもあるだろう」
「砂漠の方では、戒律で女が外を出歩いてはいけないとも聞きましたが」
「それは本当に砂漠の奥の方だな。今回は砂漠まではゆかず草原のナルセルスタまでの旅だし、草原の民は女でも狩りに参加するほど勇猛だ」
自ら短刀を手にけものと組み合うこともあるのだ、と真偽の怪しい話をイザーク叔父は得意げに話すのだった。
無論、炊事の手間だけを求めるものではない。昨今は遊牧の習慣のすたれた部族も少なくはないとは聞き及ぶが、草原や砂漠の遊牧の民は女も子供も引き連れて一族で旅をする。男だけで徒党を組むのはそれは軍隊か野盗と見なされかねず、異郷の地をゆく異邦人の旅団としては、夫婦者が混ざっていた方が現地の人々に不審に思われづらい、という事をイザークは経験上知っていたのだ。
一行は街道を北に向かい、途中から旧街道に入っていく。目指す先にはウェルデハッテがあり、隊商はまずはそこに立ち寄るのだった。
隊商に参加して草原を目指すという話はあらかじめ文を送って伝えてあったが、いざ立ち寄ってみれば、アンナマリアはやはり心配顔を見せるのだった。ギルダもやはり娘の事が心配なのか、険しい表情を崩さない。
「脚がこうでなければ、私もついていくところだ」
旅装束のリアンに、ギルダはそんな風に苦言を呈する。
コッパーグロウの軍勢相手に片足で獅子奮迅の活躍を見せたギルダだから、脚の一本くらい無くともどうとでもなるのでは、とアンナマリアは思ったが、ギルダは苦渋の表情を見せながらも、黙って一行を村から送り出していくのだった。
「心配では無いの?」
「心配は心配だとも。だが結婚も含めて、リアンの思うように任せると決めたのだ。姫殿下が亡くなって商売の事情も変わったことは理解するし、それに旅の事はあのイザークという男が詳しく、あの人数で無事に行って帰ってくる算段があるというのなら、任せるだけだ」
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