投獄(その4)
帰ろう、と言ってギルダは踵を返す。
今日この場で何かをするつもりでは、と気が気ではなかっただけに、リアンは胸を撫で下ろした。そこで初めて、目の前にある塔をまじまじと見る余裕が生まれた。
「あそこに、姫殿下がいらっしゃるのね?」
「うむ。どうかご無事であってほしい……」
そのように言葉を交わし、母子はハイネマン邸への帰途についたのだった。
* * *
そのハイネマン邸に近衛騎士オーレンがやってきたのは、翌日のことであった。
「シャナン様からご下命があってまいりました」
「いよいよ、姫殿下をお救いするのか」
ギルダが開口一番にそのように問うたが、騎士は首を横に降った。
「いえ、話としては恐らくまったく逆です」
「では、何だというのだ」
「ギルダ殿、あなたは過日ご自身のことを脱走兵だとおっしゃっていましたよね? シャナン様よりあなたが王都に滞在するに辺り、その件で余計な横槍があっては一大事と、姫殿下の身を案じるお気持ちは分かりますがここは一時王都を離れ、ウェルデハッテにお戻りいただくように、と。道中遅滞なくあなたを送り届けられるように、往路同様に復路も警護につき、便宜を図れと」
「断る」
「……これまた、何の迷いもなく申されましたね」
「今はまだ奪回の機ではないというなら私はいくらでもここで待つ。居座られて迷惑とハイネマン先生がいうならどこか他に移る。だがこの大事な折に王都を、姫殿下のお側を離れるわけにはいかぬ」
きっぱりとそのように明言したギルダを前に、騎士オーレンは途方に暮れてしまった。助けを求めるように傍らのアンナマリアを見やるが、彼女も肩をすくめるばかりだった。
「では、シャナン様に私はどのように説明いたせばよろしいのでしょう……?」
力なくぼやいた近衛騎士を前に、今日もこの場に来ていたリアンが、アンナマリアに何事かを耳打ちする。二人でこっそりと何事か相談を交わしたかと思うと、アンナマリアがあらたまって咳ばらいをするとともに、騎士に質問するのだった。
「オーレン、あなたの今の話では、ギルダを村へ送り届けるようにあなたがシャナンさまから命令を受けた、という話なのよね?」
「ええ、その通りですが……?」
「念のためもう一度お尋ねしますけど、村に身を潜め時を窺えと、シャナンさまがギルダに命じたという話ではない?」
彼女がそのように質問を重ねたので、ギルダはアンナマリアを見、ついで彼女に耳打ちをしたリアンを見やる。
「……二人とも、一体何が言いたいのだ」
「このたびの騒動に関してどう動くべきかはシャナンさまに委ねると、ギルダ、あなた自身が言ったのよ? 騎士さまのお願いは断れたとしても、シャナンさまのご命令ならあなたは従うべきよね……?」
「……」
「ひいてはそれが、姫殿下のご意向という事なんじゃないのかしら。あなたが無茶をするのを一番気に病んでいたという話なのだし」
アンナマリアの言葉に、ギルダはあからさまに不機嫌な表情になった。言い出したのは彼女として、これを入れ知恵したのは恐らく横にいるリアンだろう。であれば悪しざまに抗議の声を上げるわけにもいかず、ギルダは眉間に皺をよせたまま、目の前の騎士に厳しい剣幕で詰問したのだった。
「騎士よ、今一度だけ問うぞ。それはシャナン殿の命令なのだな?」
「あっ、ええと……その通りです。ギルダ殿はウェルデハッテへ。それがシャナン様のご意向です」
「……で、あれば了解した」
ギルダはいかにも苦しげに、そのように返事をした。
母には悪いが……と思いながらも、リアンは胸を撫で下ろしメルセルやアンナマリアと互いを見かわしたのだった。
(次話につづく)
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