結婚式(その4)
「話し相手としてそんなに楽しくはないのは、姫殿下もご存じのはずです」
「それは充分知っておるが、何せ久方ぶりだ。何も言う事がないということはなかろう」
ユーライカはそう言って笑う。
「お前に娘がいるというだけで驚きなのに、嫁入りとはな」
「それは私が一番驚いております」
「お前にも驚く事があるというのが、私には一番の驚きではあるな。……ともあれ、お前によろしくと頼まれたから身柄を預かったのだ。それがこのような運びとなって、私の責任も重大だ。お前の眼鏡にかなう良き夫であればよいが」
「私より先に殿下のお目利きに適ったという話であれば、世間知らずの私よりよっぽど信頼がおけるというもの。リアンが選んで殿下にご異存がなければ、それ以上の事はございません」
ギルダがそのように述べるのを聞いて、ユーライカはどこか満足げな表情で一人頷くのだった。
「視察の折、そなたに命を救われた。その礼をそなたに直接言えぬままであったのが、ずっと心残りであった」
「殿下を襲撃した賊を追い払ったのはロシェ・グラウルです。私は途中で倒れてしまい、面目もありません。お言葉をいただくなど不遜というものです」
「何を言うか。……盾となり剣となる、その命に代えて私を守ると、あの日誓った通りこの私を救ってくれた。そんなお前に何をもって報いればいいというのか」
「娘の面倒を見ていただくよう、わがままをお願いしました。こうやって式にも参列していただき、罪ある身の私を王都に招き入れて下さった」
そんな風にやり取りを交わした両者だったが、ふと振り返ればそこには満面の笑みを浮かべる花嫁と、その隣に仲睦ましげに寄り添う花婿の姿があった。
「姫殿下。まさか来ていただけるなんて」
「お前の花嫁姿を見逃すわけにもいかぬからな」
その言葉にリアンはにっこりと笑みを返した。まさかそこに王姉殿下その人が来るとは思ってもみなかったメルセルの表情は幾分引きつっていたようにも見えたが、その場に並ぶ顔ぶれをリアンは見渡すと、そのメルセルの手を握りしめて、言った。
「ね、メルセル。あらためて、ぜひあなたに紹介させて。私にはあなたのように大勢の家族や親せきや友達はいないけど、お母さんと呼べる人が四人もいて、それがここに全員来てくれたのよ。……小さいころから私の相手をよくしてもらったアンナマリア。離宮で私を厳しくご指導して下さったシャナンさま。そして、過分にもこんな私をお引き立ていただいた、姫殿下」
「ほう、私を母と呼んでくれるのか」
「ご迷惑ではないでしょうか……?」
「とんでもない。初めて会った日に、お前には私のことを口のうるさい親戚の叔母か何かと思えと言ったが、私も出世したものだ」
「私こそ。恐れ多くも母と呼ばせていただけて、身に余る光栄です。そして……お母さん」
「……」
「私を生んでくれた、お母さん」
リアンがそう呼んだのは、言うまでもなくギルダであった。
今にも感極まって泣きそうなリアンの視線の先にあるギルダの姿を、その場の一同が息を詰めて見守る。その視線を感じ、あからさまに困惑の表情を示すギルダであった。不意に衆目を集め戸惑う彼女を見て、ユーライカが声を上げて笑った。
「ギルダよ、この場で気のきいた泣かせる台詞の一つも返せないようでは、そなたもまだまだであるな」
「面目次第もございません」
「うむ。だから私が代わりに言わせてもらおう。リアンよ、お前に母と思って貰えて、私は本当に幸せものだ。シャナン、そしてアンナマリアとやら、この両名もきっと同じ思いであろう。……そして、ギルダ」
「はい」
「何と言ってもお前がこの器量良しのリアンを生んだ母親だ。わかっておるか? お前はそれだけ立派な仕事を成し遂げたのだぞ」
そう言われてもどう返事を返せばよいか分からないギルダだったが、そんな彼女にリアンはこの日一番の満面の笑みを返したのだった。
「……姫殿下、リアンが何かおかしなことを言って、ご迷惑をおかけしたのであれば申し訳ございません」
「それをおかしなことなどと申す、そなたの言い分の方が見当違いなのだ」
得意げにそう言い放ったユーライカは、傍らのシャナンに一声かけると、その場から一歩引き下がる。
「さて、式も始まるようであるし、私はここで退散するとしよう」
「最後まで見て行ってはくださらないのですか?」
リアンの言葉に、ユーライカは笑って返した。
「そうしたいのはやまやまであるが、今日の私はあくまで通りすがりに散歩しているだけの、縁もゆかりもないどこぞの閑人であるからな。あまり衆目を集めても面白くない。今日の主役は何と言っても花嫁であるそなたなのだからな」
そのように告げ、改めてギルダに向き直ったのだった。
「ギルダよ、本当は本日ただ今すぐにでもお前を連れて帰りたいが、今言ったように今日はリアンが主役だ。母親の務めだ、しっかりと付き添うのだぞ。……そして明日こそは、いよいよ離宮の方に出仕してもらう。オーレンに持たせた文は受け取っておるな?」
「はい。ここに」
「明日だ。生きて帰参すると、その約束をいよいよ果たしてもらう」
「必ずや、出仕いたします」
そのように返答したギルダの表情は、心なしか晴れやかなものに思えたのだった。
(次話につづく)
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