結婚式(その3)
「これだけの皆さまにお集まりいただいて、慎ましやかとは謙遜にすぎる。田舎住まいの私から見れば、見たこともないくらいに華やかだ」
「本当はメルセルには母君に直接結婚のお許しをいただくべく、是非ともウェルデハッテまで足を運ぶようにと申し付けておったのですがね。今の今までわたくしども共々、ご挨拶出来なくて本当に申し訳なかった」
「お父上に申し訳なく思っていただく必要は何一つない。リアンがこれと決めた事であれば、私から口を挟む事は何もないし、アルマルク家の皆様がそれを受け入れて下さったのであればそれこそ私がどうのこうのという筋合いではない」
「母君にそのように申していただけて、僥倖にございます。……本当に、メルセルには勿体ない娘御ですな」
そういって相貌を崩したクロードを見やれば、相手の氏素性はどうあれ、おのが息子が伴侶を迎えるに至った事は素直に親として晴れがましい思いなのは確かなようだった。
そのようにして、ギルダとアルマルク一家の対面がつつがなく完了したことで、一番安堵の表情を示したのは娘であるリアンよりも、花婿たるメルセルの方だった。
気を抜いたメルセルの前にギルダが立って、青年は慌てて居住まいを正す。
「……もしかして、僕が気にくわないやつだったらどうしようかとか、そういう心配をしていました?」
「どうしようもない男であればこの手で成敗してくれようと思っていたが、そうするとリアンが気を悪くするのではと、少し案じていた」
真顔でギルダがそのように告げたので、メルセルは端正な顔立ちを凍り付かせた。横からリアンが、冗談よ、と言って脇腹を小突く。
そのように一同が話をしている折、丁度一台の馬車が近くに停まったのが見えた。それをちらりと見やった騎士オーレンが、失礼、と一言低く告げるとその馬車の元にすたすたと歩み寄る。そこから降りてきた人影に、ふと衆目が集まった。
その貴婦人は黒い薄絹で顔を覆い、誰なのかは一目見ただけでは容易には窺い知れないが、見る者が見ればその正体は明らかだった。その女性に付き従う側仕えの女には、ギルダもリアンも、確かに見覚えがあった。
「シャナン殿」
「ああ、ギルダ。よかった。騎士オーレンはお前をこの場に連れてくるという大役をつつがなく果たしてくれたのですね」
シャナンの言葉に、騎士オーレンはどういたしまして、と頭を垂れた。
女官長のシャナン・ラナンがこの場にいるのであれば、彼女が付き従うその貴婦人の正体はおのずと明らかに思えた。
「姫殿下」
貴婦人が顔を深く覆った薄絹を自らさっと上げると、そこにはリアンの、メルセルの、そしてギルダの見知ったユーライカの顔があった。
そのようなやり取りを経ずとも、そもそも彼女の今日の衣装もこの日のためにアルマルク商会が納めたものだった。はっきりいつどこに着ていく服だと告げられたわけではないにせよ、クロードやその場にいた仕立て職人なども、彼女がそれを身にまとって現れた時点で、貴婦人の正体についてははっきりと勘付いていたものだった。商会の代表がそのような訳知った素振りで恭しい態度を見せれば、その場の一同もそれぞれに事情を察知するのだった。
ともあれ、その場に王姉殿下が姿を見せたことで、一同は慌てて平伏しようとする。それを当のユーライカが手をあげて慌てて制止した。
「今日はお忍びである。どこかの気まぐれな閑人が通りすがりに足を止めただけと思って、私のことは一切気にかけてくれるな」
そのように直接の言葉を賜ったところでどうしてよいか分からず、一同は取り敢えずは簡単にその場で軽く会釈をし、近くにいた者同士で互いに顔を見合わせるのだった。
そのユーライカは、他の誰にも目もくれず、ただギルダの姿を見射止めたまま、その場に呆然と立ち尽くしてしまったのだった。
「……長かった。本当に、長かった」
そうつぶやくと、一つ深呼吸をして、彼女の方につかつかと歩み寄ってくる。
「姫殿下」
「私をこんなに待たせた慮外者が他にいるものか」
「申し訳ございません」
「かつての視察行の折、共に王都へ帰れという私の申し出を、よくもむげに断ってくれたものだ。お前がこうやって王都に立ち寄る気になってくれるまで、本当に長く待たされたものだ」
「そのように気にかけていただけて恐縮です」
「そなたとはいずれ、余人を交えずゆっくりと会いたかった」
「話し相手としてそんなに楽しくはないのは、姫殿下もご存じのはずです」
「それは充分知っておるが、何せ久方ぶりだ。何も言う事がないということはなかろう」
ユーライカはそう言って笑う。
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