離宮勤め(その4)
「リアンよ。先だって、ハイネマン医師と共に私に初めて私に会った日の事を覚えておるか?」
「あ、はい……」
「あのように、下々の者を見境なく怒鳴りつけるのは私の悪い癖だ。貴婦人の振る舞いではないといつも女官長にたしなめられる。せっかくお前に会う事が叶ったのに、いきなりあのようなところを見られてしまったのは、まったくもって良くなかった」
「はあ」
「さぞ、私の事を恐ろしい、鬼のような女だと思った事だろう。……だから、それをやり直したい」
王姉殿下ともあろうお人が一体どういうつもりでそのような事を言い出したものか……最初はその真意を測りかねたが、彼女がやけに神妙な顔つきで真面目くさった態度なのを見やって、何故だかは分からないが不意に笑いが漏れてくるのだった。
目の前の少女がいきなり声をあげて笑い出したので、今度はユーライカの方が困惑する番だった。
「……私は何か、おかしな事を言っただろうか?」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
そう言いながら必死に笑いを抑えようとするリアンだったが、どうしても吹き出してしまうのをこらえきれない。
次第に、それを見ていたユーライカの態度がどこか不機嫌なものに変わっていくのだった。
「私がこんなに真面目に頼み込んでいるのに、それを笑うやつがあるか」
そう言ってむかっ腹を立てそうになったユーライカだったが、なにやら複雑な表情で、どうにかこみ上げてくる怒りを抑えたのだった。
「……そうだな。そういうところが良くないと、たった今自分で言ったばかりであった」
「いえ、本当にごめんなさい。……最初の日に姫殿下があのように激しくお怒りになられて、それで今日こうやってわざわざ私をこの場に呼んで、もしかして私も今日あの時のようにお叱りを受けるのではないかと、気が気ではなかったのです。殿下の御用が私を叱りつけるというのではないと分かって、それで気が抜けてしまって、つい」
「だからといってそのように大笑いするやつがあるか」
そう言ってユーライカは呆れ果てたように声を上げるのだった。
だが彼女が不平の声をあげたその時には、笑っていたはずのリアンの目に涙が浮かんでいた。そのうちにみるみると泣き顔になって、声をあげて泣き始める。
どうしたらよいか、と今度はユーライカが狼狽する番だった。
「私に叱られるのが、そんなに怖かったのか……?」
申し訳ございません、と泣きながら顔を伏せたリアンを、ユーライカはたどたどしい素振りで背中をさする。高貴な姫君の膝の上で、リアンはひとしきり泣くのだった。
「忙しいのだな、泣いたり笑ったり」
おのが膝の上でそのように泣いた者などこれまであっただろうか。そうやって彼女を落ち着かせようとするユーライカだったが、それは間違いなく彼女にとっても前例のない体験であった。
そのユーライカの脳裏に思い浮かんでいたのは、一度たりともにこりとも笑ったことも、涙を流したことすら見たことのない、彼女の母親のことだった。
「……いいだろう、お前がずいぶんと変わった田舎娘だというのはよく分かった。今日のところは思い切り泣くがよい。いずれお前の母に代わって、私のわがままをいくらでも聞いてもらうから、覚悟するのだな」
ユーライカが静かな口調でそのように言うと、リアンは顔を上げ、泣き顔のまま無理に笑顔をつくって、返事をした。
「こちらこそ、お手柔らかにお願いいたします……姫殿下」
(第3章おわり 次章につづく)
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