離宮勤め(その2)
「分かっています。そのように説明申し上げたのですが聞き入れて下さらなくて。私が同行しますから、お前は一緒についてくるだけで構いませんから」
その女官に付き従って、というより本当に後ろをうろうろと追いかけるようにしつつ、彼女はユーライカの居室へと向かったのだった。
「失礼いたします」
一緒に出向いた女官が如才ない挨拶の言葉とともに部屋に滑り込んでいく。その部屋は先日ハイネマンと一緒に通された応接の間よりもさらに小さい部屋で、ユーライカ自身のごく私的な居室の一つであるようだった。
その日のユーライカはと言えば午後に人に会う用事をひとつ済ませたのち、着替えを済ませその部屋でくつろいでいた。
「お茶をお持ちしました」
同行の女官が手にしたティーセットをてきぱきとテーブルの上に並べていく。何故かカップが二つあるが、こののちこの部屋にさらに来客でもあるのだろうか、とリアンはぼんやりと見守っていた。何せそのお茶のポット一式を運ぶところからリアンは何ひとつ手を動かしていないのだ。必要なことは全て同行の女官がやってくれたので、リアンは本当に見ているだけだった。
「ご苦労、あとで呼ぶから下がってよい。……ああ、リアン。お前は残りなさい」
ユーライカにそのように言われて、リアンを伴ってきた女官も彼女一人を残してよいか一瞬戸惑いを見せたが、そもそも給仕の役に立たない彼女を敢えて指名した意図を思えば、想定外の成り行きでもなかった。不安顔のリアンと一瞬顔を見合わせると、引きつった会釈を交わしたのち、連れの女官は言われるままに一人彼女を残して退出していったのだった。
そこに至ってリアンはただ一人で、ユーライカと相対する事となった。
「そこに座りなさい」
怜悧な口調でそのように言われ、指し示された席におずおずと座る。丸いテーブルに真正面から向かい合うのではなく、隣に並ぶような位置に椅子は置かれていた。
通された部屋は違えども、彼女の脳裏にはあの日あの場で叱責された、メリッサという女官の蒼白になった横顔が目に浮かぶのだった。
今ならティーセットにカップが二つある理由が分かった。ユーライカは給仕が置いていったそのカップを一つ取り、慣れた手つきでポットを取って茶を注ぐと、そのカップと焼き菓子の皿を、呆然としているリアンの前に差し出したのだった。
「えっと、これは……」
「お食べなさい」
何でもないかのようにさらりとユーライカは言うが、このような折、言われるがままに手を出してよいのか、何が正解なのかまるで分からなかった。内心大変に焦りを覚えながら狼狽している彼女を横目に、ユーライカは自分のカップに、こちらは無造作にどぼどぼと茶を注いで、作法も何も無く音を立ててすする。そうしながらも、その視線が油断なくリアンの元にじっと注がれているのを見て、王姉殿下が何を期待しているのかを知った……ように思った。
えいや、とばかりに覚悟を決めて、リアンは目の前の菓子に手を伸ばし、恐る恐る口に入れた。舌にのせた瞬間に、砂糖の甘味が口いっぱいに広がっていく。
「――!」
思わず声が出そうになるのを何とか我慢する。そんな彼女の態度をどう思っているのか、ユーライカは平然とした顔で呟く。
「私はこれは甘すぎて好みではないな。お前の口にあえばよいが」
「とんでもない、このようなもの、村では食べた事がありません」
夢中で食べてしまって、我に返るとユーライカがやけににやにやとこちらを見ていた。
「し、失礼いたしました! このような席に招かれて、どうふるまえばよいのか、作法などまるで知らなくて……」
「女官長であれば、まず私の誘いを丁重に断るようにと指導するであろうな」
ユーライカはそう言って、いじわるそうににやにやと笑いながらそのように述べる。
今更になって脳裏に浮かんだのは、先の対面の折に、座れと言われても座らずに直立していたハイネマンの姿だった。ユーライカから叱責されては大変とばかりに、言われるがままにその席に座ってしまった時点から、彼女は間違えていたという事か――そのような思いに至って、今更のように蒼白になるのだった。
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