謁見(その3)

「不服ですか」

「いえ……いいえ! 滅相もない、決してそういうわけでは」

「姫殿下のお側仕えをお任せするにあたって、氏素性のあやしきものをこの離宮に出入りさせるわけにはまいりません。ここで働く者はみなしっかりとした身の上の者たちばかりです。そなたのようなものがここで働き口を得られるというのは、大変名誉なことなのですよ?」

 声高に畳みかける女官の声に、リアンはすっかり恐縮して縮み上がってしまった。

 だがそれを横目に見やって、途端に血相を変えたのが当のユーライカであった。

 やめろ、と鋭い声をあげたかと思うと、おもむろに立ち上がり、そのようにリアンを叱責した女官を鋭い眼光で睨み据える。

 その形相のあまりの恐ろしさにリアンは生きた心地がしなかった。それは周囲の側目のものも同じようで――リアンにはそこまでを観察する余裕はなかったが、部屋にいた者たちは一様にユーライカの態度に騒然となっていた。

「余人がどのように言おうとも私はいっこうにかまわぬ。そなたら女官がいくら煙たがろうが、ギルダが私にとっては大事な、私が生きてきた人生の中で何物にも代えがたい一番の友であることは揺るがしがたい事実である。たとえギルダ自身が、私の事など知らぬと言ったとしてもだ。……そのギルダが、大切な一人娘をこの私に託すと言っているのだ。その氏素性を云々するなど、ギルダのみならずこの私に対する侮辱に等しい! このように腹立たしいことなど久しくなかった! そのような物言いをする者の顔などみとうない。二度と私の前に立つ事は許さぬ」

 手厳しい発言に、側仕えの女官はひれ伏さんばかりの勢いでこうべを垂れた。あまりの気迫に、横でみているリアンも生きた心地がしなかった。

 出て行け、と怒鳴られて、その女官が蒼白になりながら部屋を引き下がっていくに至って、ユーライカも初めてリアンの前である事を思い出したようで、部屋の中をじろりと見まわしてから、咳ばらいを一つした。

「そなたがそのように小さくなる必要はない。私の事は御大層な姫君ではなく、口のうるさい親戚の叔母ぐらいに思ってくれればそれでよい」

 その言葉に周囲の女官たちは無言のままに騒然とした。ただでさえ大それた事を申し出てもらっているのに、それがあの恐ろしげな激昂の直後だっただけに、当のリアンもどう返答すればよいか考えあぐねて、すっかり頭が混乱してしまった。

 そんなリアンの非礼な態度もほほえましく思えたのか、ユーライカは機嫌をひるがえしたかと思うとにこやかに笑った。

 そして後ろを振り返って、そこに控えていた別の女官に告げる。

「シャナン・ラナン。やはりこの娘の事はお前に一任する。くれぐれも、よきに計らうのだぞ?」

「……承知いたしました」

 そのように告げられたのは、それまで部屋の隅に無言で立っていた一番年長の女官だった。彼女は手短に返答を返し、深々と頭を下げた。

 ユーライカが退出したあと、リアンはハイネマンとともにそのまますぐに別室に案内された。

 あれだけの叱責のすぐあとだったせいか、シャナンも幾分ほっとした表情であった。

「普段から手厳しいお方ですが、あそこまで強いお言葉をいただいたのは久方ぶりです。……お前も相当に肝を冷やしたかも知れませんが、ふだんは理由もなく下々を叱り飛ばすような御仁ではないゆえ、日々の働きをきちんとこなしていれば不安に思う事はありません」

「はあ……」

「お前に苦言を申したあの女官――メリッサの事も悪く思わないでおくれ。あれも姫殿下のお客人の案内役を任せられてまだ日が浅い。下々の面会人が作法を心得ておらぬからと言ってその程度で気を悪くされる姫殿下ではないが、そこで何か粗相があった場合、責を問われるのは案内役のあの子ですからね。お役目をしっかりと果たさねばと、あの娘なりに気持ちが焦っていただけで、何もそなたを心底疎ましく思ってああいったわけではないと思う」

 シャナン・ラナンはそのように釈明したが、リアンはどう返事してよいか分からずに、傍らのハイネマンをすがるように見やるのだった。要するに、不安に思うなと言われたところで結局は心細くて仕方がないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る