謁見(その4)
シャナン・ラナンはそのように釈明したが、リアンはどう返事してよいか分からずに、傍らのハイネマンをすがるように見やるのだった。要するに、不安に思うなと言われたところで結局は心細くて仕方がないのだ。
そんな彼女の態度をそれとなく察して、シャナンは言う。
「わたくしもそなたの母がこの離宮に任官していた時分からこの離宮に詰めておりますので、そなたの母の事は多少は存じ上げております。姫殿下のみならず王国にとって大変に厳しい情勢下、衛士としてお側に使えたギルダに、姫殿下が感じておられる友誼も分からぬではない。……しかし、そうは言っても」
「私の母が、人造人間だから、ですか……?」
「――!」
リアンの口からその言葉があまりに自然にもれたので、シャナン・ラナンは思わず息を飲んだ。
「……ハイネマンよ、正直な話、この子は本当に普通の人間なのですか?」
問われて、医師はただ首をすくめるばかりだった。
「ギルダ自身、その点は大変に憂慮しておりまして、私もこの子が幼かった頃より幾度か彼女に頼まれて、診させてもらった事があります。医者である私から見て、彼女が普通の人間と特別に違うところは見つけられませんでした」
「では、普通の人間、という事なの……?」
そのように首をかしげながら、思わずリアンをまじまじと見やる。無遠慮に顔を覗き込まれて、リアンは恥ずかしさのあまりに声を挙げた。
「そんなの、私に分かるわけないじゃないですか」
リアンがあまりに率直にそのように申し立てるので、シャナンもその場で思わず噴き出してしまった。
「それもそうね……正直、こうやって見ている分には、誰も何も言わなければ他の者が知ることは無いでしょうね」
「はい。先生が言うには、普通の人間だって」
「分かりました。ではその懸念はそこまでとしておきましょう。ですが姫殿下の前で先の者が申した通り、本来であれば離宮勤めは身元が固いことが採用の第一条件ゆえ、それなりの名のある家柄の子女ばかりお預かりしているのも事実。姫殿下のお怒りは別としても、周囲の者たちに田舎娘と侮られていじめられたりするのではないかと、私はそれが心配でならぬ」
「田舎者なのは事実なので……」
もじもじと消え入るようにそう返したリアンに代わって、ハイネマンが横から問う。
「シャナン殿、手紙を持ってきただけの私が口出しすることではありませんが、本当にリアンの事をお願いしてもよろしいのですか?」
「姫殿下が決めたことです。周りがとやかく言ったところでどうにもならぬのはそなたもよく承知しているでしょう。ことに、例の視察行の折にギルダを王都に連れ帰るという話に横槍を挟んだ私のことを、姫殿下はおそらくは今に至るまで相当根に持っておられる様子。こたびのこの娘の件も、私が何か口を挟もうものなら、御自ら口を縫い付けるゆえ覚悟するように、などと申される始末でして」
そのシャナンの言に、一体どこまでが本気の話なのかと目を白黒させるリアンであった。
「そなたもきっと苦労しますよ。覚悟なさい。……あと、姫殿下の先のお言葉、あまり真に受けぬように」
「え?」
「親戚と思え、などと申されましたが、無論のこと、お前を王家の娘として引き立てるとか、そのような話だと勘違いしてはいけませんよ」
「そ、そんな、滅相もない。もちろん、それは心得ているつもりです」
冗談をおっしゃったのだと思っていました、とこぼしたリアンに、シャナンは満足げに笑みをこぼした。
「それが分かっていれば充分。……まあ、そなたがきちんと心得ていたとして、それとは関係なくそなたが姫殿下に特別に贔屓されているとやっかむ者は出てくるでしょうね。ともあれ姫殿下ご自身があのように申し出て下さったわけですから、ご厚意には存分に甘えてもよいでしょうが、くれぐれも分はわきまえるように」
「は、はい」
そう返事をして、リアンはその場で居住まいを正した。
それが、彼女の王都での日々の始まりであった。
(次話につづく)
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