村の一夜(その3)
「おいおい、そんなにいっぺんに飲むもんじゃねえよ」
フレデリクが慌てて制止するが、すでに杯は空になったあとだった。
そもそもギルダについて誰しもが面食らうのが、彼女が一切の食事を必要としない、という点だった。しかも、ではどうやって生き物として肉体が活動するためのエネルギーを得ているのかがよく分からない。口からものを入れれば何らかの形で体内に取り込まれてはいるようだが、そもそもが必要のない行為なのだ。
それらの仕組みについては例えばハイネマンあたりは医師としても大いに興味を惹かれるところであったようだが、詳しく見ていけばその研究だけで彼は一生を捧げることになったかも知れない。それについては一種霊的というか、魔導の技が働いているようだ、という見識に至ったところで、そこから先は自分の専門ではない、とハイネマンはそれ以上未練を持たぬ事に決めたのだった。
そんなギルダだから、食べろと言われれば何も口に出来ないわけではない。だが料理や飲み物の味わいがそれぞれに異なるのは情報として把握出来ても、それを娯楽として楽しむには至らない。
そもそもが必要のないものだとはいえ――それでも今この場で摂取したアルコールが、自身の意識を酩酊へと導いていくのが、ギルダには分かった。
傍目にもその表情の変化は見て取れた。フレデリクもアンナマリアも、そんなギルダの反応を興味深く確かめるのだった。
その反応は普通の人間と代わりはないように見受けられた。普段は鉄面皮のギルダが目を白黒させているのがフレデリクにしてみれば面白かったようで、さあ飲め、と次の一杯を勧めるのだった。
アンナマリアにしても人造人間であるギルダが人間と同じように酒に酔うのは意外だった。……いや、人間と同じように酔っていると言えるのかどうかはこの場の数杯で判断は出来なかったが、それこそ水のように飲み下して何の影響もないものだと予測していただけに、この反応は確かに興味深くはあった。
だが興味深いと言っていられたのも最初の二、三杯までで、フレデリクが勧める端から次々に杯を空けていく様子を見ると、さすがにこれはまずいのではないかと思えてくる。
「フレデリク、そのくらいにしておきなさいな」
アンナマリアがたしなめるのも聞かずに面白がってさらにギルダの杯になみなみと強い酒を注ぐフレデリクに、いい加減にしなさい、とぴしゃりと言い放ち、彼女はギルダの腕を取って無理やりに店をあとにしたのだった。
「大丈夫、まっすぐに歩ける?」
「大丈夫だ、問題ない」
ギルダはそういうが、世の多くの酔っ払いはその質問には決まってそのように答えるものだ。千鳥足、とまではいかないまでも杖をつくその足取りは普段よりもおぼつかない調子で、さすがの戦場の魔女もこれでは形無しであった。宿舎まで送ったところで、ギルダは戸口でぞんざいに手を振ったかと思うと、そのまま満足に挨拶の言葉もなくぴしゃりと木戸を閉ざしてしまったのだった。
アンナマリアはその閉ざされた戸板の前で、しばしどうしたものかと立ち尽くしてしまった。
そこまでの道すがら、それこそまっすぐに歩けないようであれば自分の家に泊まらせるなどして様子を見た方がいいかとも思ったし、彼女を部屋に一人置き去りにしていっていいものかどうか悩ましくはあったが、必要以上に世話を焼いても仕方がない。取り敢えずはアンナマリアもその場を後にして一人帰宅したのだった。
それでも、深酒が祟って朝起きられないなどということもあるのでは、と思い、念のため翌朝診療所へ行く前にギルダの宿舎に立ち寄ったアンナマリアだった。
が、しかし、彼女が戸口を叩こうとしたその瞬間に、扉はばんと勢いよく押し開かれた。アンナマリアがびっくりして一歩身を引くと、そこから慌てて駆け出してくる人影と鉢合わせになった。
「……フレデリク!?」
出会いがしらに顔を見合わせて、アンナマリアは驚いて大げさな声を出してしまった。
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