村の一夜(その2)

「アンナマリアがそういうなら、仕方がないな」

 そういって、ギルダも同じテーブルについた。

 物珍しそうにじろりと見るものはあったが、元よりギルダもアンナマリアもこの村では名の知れた存在であるから、今更うろんな目で見るものもいなかった。

「二人は時々こうやって一緒に酒を飲んでいるのか」

「別に一緒に来たわけじゃないのよ?」

 二人はそう言って互いに頭を振る。どのみちウェルデハッテのような寂れた村に酒や食事をふるまう店が何件も賑やかしく軒を連ねているわけでもないから、鉢合わせも致し方なかったのかも知れない。

 人間の食事を必要としないギルダだから、あまり深く事情を気に留めたことが今までなかったが、元々戦時中のウェルデハッテはハイネマンが診療院をこの村に開き、その診療院目当てで人々が集まってきていた、いわば難民の村であった。食糧などの救難物資はハイネマン医師が農民軍と交渉をして横流ししてもらっていたもので、その食糧は診療院が難民に配る形をとっていた。そういった流れから、今でも診療所で働く面々の食事は患者のものと同じく診療院でひとまとめに提供していたのだが、食材などの都合で人数分が足りない日もあるし、雑事が立て込んで食事の時間に運悪くありつけない事もある。

「くたくたになって家に帰って、一人で食事の準備をする気にもなれないし。そういうときに一人で盃を傾けても侘しいだけだし」

「それで、こういうところで食事をすることもあるのか」

「でも、いざ来てみたらこの人がいるから、面白くない事になるところだった」

「ギルダよ、助けてくれよ。せっかく酒を飲みに来たのに説教は御免だぜ」

「私だってわざわざこんなところまで来て説教なんかしたいものですか」

 そのように目を三角にして苦言を申し立てたところで、すでに説教は始まっているようにも見えた。

「そうか。二人で一緒にいるから、てっきりフレデリクがアンナマリアに下心でもあって、無理を言って連れ出したのかと思った」

「おいおい、冗談いうなよ。酒がまずくなるだろう」

「それは私の台詞でしょう。こっちから願い下げよ」

 二人同時に気色ばんだのはなんと息のあった行動か、とも思えたが、互いに好きあっているわけではなさそうなのはギルダでもなければ容易に察することが出来ただろう。

「こんなの嫁にした日にゃあ、四六時中くどくどと説教されそうで、まったく生きた心地がしねえだろうな」

 フレデリクがそのようにぼやくのを、アンナマリアは冷ややかに見ているだけだった。非難されている自覚はあったが、別に彼に対してなにか申開きが必要とも思わない。説教されるのは彼の側に問題があるのだ――口を開けばそのように反論していたであろう。

「……おれぁどうせ嫁にするなら、どっちかっていうとギルダみたいなべっぴんの方がいいな」

 だが、その次にフレデリクが何気なしに吐いた言葉に、アンナマリアは一瞬ぎょっとした表情を見せた。

 あらためて目の前に座るギルダを見やる。最初にこの村に担ぎ込まれてきた際の火傷はすっかり良くなったとは言え、最終的にうっすらと痣のようになって頬や身体に残ったままだし、そもそも脚も不自由と来ている。それでも人為的に作られた人造人間とあってかその端正な顔立ちはたしかに目を引く風貌であるとは言えた。彼女が近衛の軍服に身を包んでさっそうと勇ましく騎馬を駆る姿を想像すれば確かに衆目を集めそうな凛々しさであろうが、あくまでもそれは在りし日の姿であった。

 そもそもが、彼女が戦場の魔女だったことはこの村の元農民兵であれば誰でも知っている事実である。それが分かって言っているのだから、なんとも恐れ知らずというか、考えなしというか……。

 ともあれ、そこで名前の上がったギルダはと言えば、その態度は実に冷ややかだった。

「そうか、ならば私に似たどこかの物好きを、地の果てまで目を皿のようにして探すのだな」

「……なんだよ、つれねぇな」

「そもそも、人造人間の私がお前と配偶関係になる事に何の意味があるのだ」

 ギルダはそう言いながら、目の前に出された杯を手にした。

 琥珀色の液体をまじまじと見やるギルダに、アンナマリアが横から声をかける。

「本当に初めて?」

「一度姫殿下に勧められた事があったが、そのときは丁重にお断りさせていただいた」

 ギルダはそのように述懐すると、ひと思いに杯を傾けた。

「おいおい、そんなにいっぺんに飲むもんじゃねえよ」

 フレデリクが慌てて制止するが、すでに杯は空になったあとだった。

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