ロシェ・グラウル(その6)

「それはまあ、確かにそうだ」

 ギルダ自身、ユーライカの前でそのように所見を述べているから、同じことは彼女らのみならず、例えば護衛に当たっていた近衛騎士たちもある程度はそういう想定で行動していたかも知れない。

「であれば、一度は姫殿下を攫わせておいて、一体どこの誰が交渉に出てきたものか、様子を窺えばよかった。木っ端残党の勇み足かも知れぬし、ともすればアルヴィン殿下その人がのこのこと出てきた可能性もある。平時に王太子の即位に異を唱えるのは大ごとだが、すでに王権の移譲が終わった後で人質を取って横やりを挟むというのであれば、姫殿下の奪回という大儀もあることだし、アルヴィン殿下を騙る曲者だのなんだのと言いがかりをつけてこれを討つというのは容易に成り立ったであろう」

「……それはその通りかも知れないが、武力で奪わせて、武力で奪回するというのでは、姫殿下が確かに無事でいられるという確証もないではないか。単純にクラヴィス陛下憎し、で闇雲に命を狙っていたかも知れぬし、そのように粗雑に扱われるのは困る」

「その話をおれ一人の胸に閉まっていたのはまさにその点だな。このような企みを言い出そうものなら、所詮は礼節を知らぬ田舎剣士よとぼろくそに言われていたであろう」

「私も反対だ。姫殿下をすすんでそのような危険な目に合わせるなどと」

「だから、おれは出来れば襲撃に先んじてこの村に来たかった。お前が姫殿下の護衛であったという話は伝え聞いていたから、お前がまだこの村に残っているのであれば、その件で口裏を合わせたかったのだ」

「私と……?」

「そこまで姫殿下の身柄が心配であれば、お前が随伴として姫殿下と一緒に攫われてくれればよかったのだ。姫殿下と同じ馬車に乗り込んで、馬車ごと黙って相手に委ねるだけの話だ。お前に姫殿下の身の安全を託せるのであれば、今のような話、試してみる価値はあったとは思わんか」

 そのように語るロシェの口調は、まるで面白いいたずらを思いついた子供のようにいかにも活き活きとしていた。だが弁舌豊かに語られた彼の腹案に対し、ギルダは終始渋い表情を崩そうとしなかった。

 途中でそれに気付いて、ロシェもいったんは言葉を切る。

「……まあ、お前でなくても誰でもそういう顔にはなっただろうな。それにやっぱり、そこでアルヴィン殿下当人が出てきたら出てきたで、話が大変にこじれていたかも知れんから、そうしないのが正解だったのかも知れぬ」

 仮に王太子当人がどこかに生き残っていて、例えばそのような経緯でもってその身柄を取り押さえられたとすれば、確かにその後の処遇については異論が噴出しそうだった。国をずたずたに引き裂いた内乱において一将であったことは大きく責任を問われるところであろうが、そもそもが自身が王太子であるところに異を唱えられた側である事を思えばある意味完全にとばっちりであったとも言える。その時点で自ら身を引いて弟に王位を譲っていればよかった、というのは後になってから言えたことだろう。

 そのアルヴィン王子について言えば、このたびの襲撃には全く関与していなかった可能性ももちろんあるだろうし、今頃は身の安全を図るためにどこか遠く国外にでも逃亡していたかも知れない。その場合、極端に言えばそんな流浪の王族に他国が手を差し伸べて、王権の回復に助力する、という口実でもって王国が侵攻にさらされる可能性すらないわけでは無かったが、いずれにせよそれもこれもアルヴィン王子当人が生きていれば、という仮定の話である。さすがに死んでいて欲しいとは誰しも口が裂けても言えぬであろうが、それこそロシェが言うように末代永劫まで消息知れずに終わってくれたらそれに越したことはないというのが、やはり人々の秘めたる思いなのではなかったか。

「……それで、ロシェよ。おまえは王都に帰還して、私の事をだれかに報告するのか」

「勲章などもらっていくらか贅沢もさせてもらったが、やはりおれには根無し草の暮らし向きが合ってる気がするな。今しがたのような企みを思いついたところで、一緒に面白がってくれるものも誰もおらんし、ただ叱られて終わってしまうだけでは一体なにが楽しいものか。せっかく王都から離れられたし、随伴の者どもも今はいない。こっそり雲隠れするにはまたとない機会であろう。……ユーライカ姫殿下も、おれが王都に戻ってお前の事を迂闊にも誰かに告げ口するのではないかと、心配しておられるようだった。まあいきなり逐電したらしたで、妙な噂も立つかも知れぬがな。一応ハイネマン先生にもいとま乞いの意思は伝えた上で、この村を出て行こうと思う。おまえに討ち取られたなどとへんな噂が立つかも知れんが、そうなったときはそうなったときだ」

 王国を去ろうというロシェならあとからどのように言われようにも気にも留めないだろうが、残されるギルダにしてみれば迷惑な話ではある。とはいえこのままではコッパーグロウの一件の報告のために王都への帰参が求められる所でもあり、そんなロシェに有象無象の思惑が渦巻く王都で政治的に如才なく立ち回れ、とギルダから求める筋合いでもない。となれば、ロシェがここで表舞台から降りるというなら、あとの事は成り行きに任せるしかなかったかも知れなかった。

 一応は、ユーライカを護衛して王都へ向かった部隊のあとを追いかける、と言い残し、ロシェは村を去っていく。王国の歴史に名を残した英傑を人々が見た、それが最後であった。



(第2章おわり 次章につづく)

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