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襲撃(その1)
視察団の一行は翌朝にはすぐに村を出発していった。
本来であれば村を挙げて歓待すべき賓客であったが、ウェルデハッテが寂れた寒村であることは旅団も承知していた。目的から言えば訪問先の村々に余計な負担をかける事も良しとせず、警備の都合を理由として晩餐の席など形式的な典礼行事は一切不要とあらかじめ通達が出されていた。そもそもギルダを探すというユーライカ個人の狙いはさておき、旅団の目的はあくまで工事の視察であり、村への滞在は元来途中の宿泊のためだった。
とはいえ、そういった如何にかかわらずユーライカはギルダ達との対面後、そのまま天幕から一歩たりとも出てくる事はなかったのだが。
来た時と同様に、ユーライカの乗った馬車は近衛騎士に守られて、勇壮な隊列を組んで村を旅立っていく。村にやって来る際は人々に会釈を振りまいていたユーライカだったが、出発の朝は馬車の窓にも掛け布が降ろされたまま、中の様子は窺えなかった。
村についた時点では旅団の前方と後方をそれとなく随伴していた近衛騎士の騎馬隊は、今はユーライカの乗る馬車の直前と直後をしっかりと取り囲むようにして付き従っている。ギルダの忠告を聞き入れてか警戒は強まったようだが、一晩で兵士の数が増えるわけでもない。そのように警備のこともあってか、沿道に立ち盛大に見送るように、というような呼びかけもとくには行われなかった。それでも物見高い群衆は自然と道なりに集まってきており、馬車に近づかないように、と触れ回る兵士の声こそあったが、とくに解散を命じられる事もなく人々は手を振って貴人を見送るのだった。
そうやって旅団を見送った群衆の中にも、コッパーグロウの影は見つけられなかった。ギルダはその朝も足を引きずりながら村の往来を歩き回って、不審な見慣れない者たちがいないか彼女なりに警戒していたのだが、これという発見はなかった。
やがて旅団が村を出ていくと、群衆も思い思いに散り散りになっていく。ギルダはそのまま脚を引きずるようにして、慌てて村の高台に向かった。そこから見下ろせば、うっそうと立ち並ぶ山林の木立の中を縫うようにして伸びていく街道の道のりを、先々までずっと見通す事が出来たのだ。
山間の街道は主街道などと比べれば幅員も狭く、旅団の隊列はどうしても細く伸びたものになっていく。一列に伸びたその群れを、ギルダは高台から遠巻きに見守るばかりだった。
午前のその時間、ふだんはその高台に近づく者など誰もいなかったが、その日はギルダがいるその場所に、ふらりとアンナマリアがやってくるのだった。
「診療院に顔を見せないと思ったら、こんなところにいたのね」
「アンナマリアも見物に来たのか」
「私はどちらかというとあなたの様子を見に来たって所かしらね。こっちへ登っていったのを見たって聞いたから」
「そうか」
「……姫殿下には一緒に来るように言われたって話じゃない。どうして断ったの?」
「こんな脚で、今更姫殿下の警護が務まるとは思えぬ。コッパーグロウの事は心配だが、先の旅団の行進の様子なども見るに、護衛の兵が足りないという事もないだろう。相手がよほどの大軍勢であれば別だが、それほどにまとまった規模の部隊を森に隠すなどしてまったく人知れずに伏せておくのも難しかろう。であれば、そこに私がいてもおそらくは足手まといになるだけだ。……それだけの話だ」
「そう」
そのようにやりとりをしながらもギルダの目線は彼方の森の一点をじっと見据えたままだった。
「もうすっかり見えなくなってしまったわね」
「いや、まだここから目視出来る」
そう言われてアンナマリアも彼方を見やるが、ただ針葉樹の緑がうっそうと広がるばかりで、こればかりは常人離れしたギルダの視力を持ってしてでもないと見極められるものではなかったかも知れない。
そうやって、アンナマリアの言葉にも上の空でじっと一点を注視していたはずのギルダが、不意に身を起こした。
「何か、あったの?」
「……襲われている」
不穏な言葉がギルダの口からこぼれ出てきた。言われて、アンナマリアも彼方の森にあらためて視線をやるが、何かが起こっているのかどうかさえ判別がつかなかった。だが傍らのギルダはと言えば、その表情をみるみるうちに険しいものに変えていく。
「どうするつもり?」
「……どうすればよいだろう」
「護衛は充分と、今さっきあなたが言ったところじゃないの」
それでも、いざ襲撃の現場を目の当たりにすれば――見えていたのはギルダにだけだったが、座して何もせずというわけにはいられないのだった。
「襲撃の規模も分からず、万が一という事もある……」
そう独りごちたかと思うと、次の瞬間には高台を降りていく下り坂を、転げ落ちるのではと心配になるような勢いで足早に駆け下りていったのだった。
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