視察行(その2)

「ご無沙汰しております」

「ギルダ……やはり、お前だったのですね」

 もう一人が突然姿を見せて随伴の騎士たちは一瞬色めき立ったが、シャナンが軽く手をあげて制止する。

 突然のギルダの出現にシャナン・ラナンの方にはやはり軽い驚きはあったし、決して平穏な邂逅とは言えない、得も言われぬ緊張感があるのも確かではあったが、そのように相対した両者の様子を見やれば、お互いをよく見知った間柄であるのは確かなようだった。

「医師には私から頼み込んで回りくどい作り話をわざわざしていただいた。私がこの村にいることが露見しないようにと、知恵を絞っていただいたのだ」

そのように述べたギルダの横から、ハイネマンが言い訳がましくも補足の言を重ねる。

「ギルダには今この診療院にて看護士の仕事と薬房の管理を任せております。患者がそのギルダを見て、魔女だと騒ぎになったことが一度ならずありましたので、もう一人の人造人間についても同じく戦場で目撃したものもあろうかと思いまして、このような筋書きを思い立ちました。使者の方を騙すつもりではなかったのです。どうか、何とぞ平にご容赦を」

 そのように頭を下げるハイネマン医師を見やって、シャナン・ラナンはため息をついた。

「顔をお上げなさい。むしろギルダの方が貴殿にご迷惑をおかけしているようで、私の方が申し訳ない気持ちです。それに、確かにギルダの存在が露見すれば大きかれ小さかれ、何かしら騒動にはなりましょう。なのでそなたらがそのように憂慮するのも分からなくはない。……私もなるべく、人造人間のそういった話はユーライカ姫殿下のお耳には入れたくない」

 シャナン・ラナンは我知らず小さく首を横に振りながら、そのように言うのだった。

 そんな彼女に、ギルダが問う。

「姫殿下はご健勝でいらっしゃるか。お身体もお強くはないのに、そのように長旅などして大丈夫なのかと、御身を案じていた」

「民草を救済し、いくさで荒れた国土を立て直そうと精いっぱいご尽力しておられるのです。……その姫殿下の身柄を、わざわざ狙うものがある、というのですね?」

「私と同じ人造人間の一人で、名をコッパーグロウという。二言三言言葉を交わしたが、私のようにいくさが終わって、兵士ではない別の生き方を見つけたわけではなかったようだった。明らかに誰かの命を受けて、目的があって身分を隠しているようであった」

 その話を聞いて、女官長は渋い顔を見せた。

「……その話、あらかじめ知っていれば姫殿下に視察をおやめになるよう進言出来たかもしれぬのに」

 シャナン・ラナンはそういうと、改めてギルダを見やった。頬に残る火傷のあとと、失われた右脚、そして手にした杖をみやり、ため息をついた。

「その様子ではお前も色々と苦労したようね。……もう軍の士官とも言えないのに、なお姫殿下の身を案じてくれるのは見上げた心がけです。そもそもがそなたの勘違いであれば、それに越した事はないのだけれど」

「私もそう思う。しかし人造人間が潜んでいたのは事実であるし、それが近隣で何かをしようと企んでいるという話なら、いずれにせよ警戒は必要かと思われる」

「……そうね。いずれにせよ、そなたが会ったというその人造人間の件は承知いたしました。ですが、姫殿下の当地への訪問は恐らく予定通り、それを曲げることはかなわぬでしょうね。この村に立ち寄りたいというのは、姫殿下ご自身のご意向なので」

「何故?」

「お前ですよ、ギルダ。姫殿下はお前を探しているのです」


     *     *     *


 やがて、ついにユーライカ王姉殿下が村を訪れる日がやってきたのだった。

 先ぶれの兵士がまずやってきて、姫殿下一行の到来を告げる。先にシャナン・ラナンら滞在の準備に来ていた者たちがあったから、村人たちもそこはすでに心得ていた。先ぶれの兵士はユーライカの一団が通る道を示すと、必要上に姫殿下の馬車に近づく事はならぬ、だが沿道に立ち盛大に出迎えよ、とともすれば相反しそうな事を告げるのであった。

 村の者たちはお互いに声を掛け合い目抜き通りに集まってくる。そうやって群衆が人垣を作っていく様子を、ギルダは診療院の戸口からじっと眺めていた。

 彼女は頭の中で、先触れの兵士が示した馬車の進路を幾度かなぞる。その間にも、集まってくる人垣の中に求める人物がいないかどうかを目で追うのだった。

 やがて村はずれの道の向こうから勇ましい騎馬が蹄の音も高らかに村に駆け込んでくる。軍装をまとった近衛騎士数名が先達に立ち、続けて豪奢なつくりの四頭立ての馬車が目抜き通りへと滑り込んでくるのだった。

 その馬車の姿を見て人々は沸き立った。馬車の胴体に刻印された紋章をみやればそれが王族のものであるのは、分かる者にはすぐに分かることだった。そのような貴人がこの寂れた村を訪れる事自体がほとんど無い事であり、王家への忠誠の深い浅いにかかわらず、物珍しい成り行きに誰もが心沸き立つのであった。

 曲者が身柄を狙っている、という報はもたらされているはずだったが、それを警戒しているのかいないのか、馬車の窓から身を乗り出すようにして群衆に手を振る一人の貴婦人の姿があった。

 ユーライカ王姉殿下その人であった。

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