視察行(その1)

 やがてウェルデハッテを正式な使者が訪れ、王姉ユーライカ来訪の旨が告げられたのだった。

 この時使者として警護の騎士に伴われてやってきたのは、王姉殿下に随伴する女官の一人だった。年の頃はともすればハイネマンと同じか少し上、背筋をぴんと伸ばした凛とした立ち姿はギルダやアンナマリアと比べても小柄ではあったが、随伴の騎士を従えた姿は堂々としていて、人の上に立つ者の威厳が感じられた。

「わたくしはシャナン・ラナン。ユーライカ王姉殿下のお傍にお仕えしております。こたびの視察行にあたって我らも姫殿下に随伴し、身の回りのお世話をさせていただいております」

「医師のハイネマンと申します。この村には村長がおらぬゆえ、僭越ながらわたくしで代理とさせていただいております」

 シャナン・ラナンの用向きはおもにユーライカ姫の滞在にあたる段取りの確認であった。村はずれの広場を旅団が占有する事、そこに姫殿下滞在のための天幕を設営する事、その滞在の間に村の者たちの往来をどこからどこまで立ち入りを制限するなどなど……。

 無論その諸々も慎重に打ち合わせるべき事柄であったが、ハイネマンにはもう一つ、彼女に伝えねばならぬ事があった。

「恐れながら、使者の方にお伝えしたい事がございます。……おそらくは、姫殿下の御身に関わる件にて」

「それは穏やかではありませんね。一体、何事だというのです?」

「シャナン様はご存知でしょうか。かつて内戦の折、魔女、と呼ばれた者たちのことを」

「魔女」

「そのように呼ばれた者たちによって、幾多の農民兵が犠牲となりました」

「……その、魔女がどうしたのです?」

「街道の復興事業に併せましてこのウェルデハッテにも人の往来が盛んになりつつあります。元農民兵だった者が、その魔女を目撃したのだというのです」

そこまで話して聞かせたハイネマンを、シャナン・ラナンはうろんな眼差しで見返した。

 話の持ち掛け方を間違えたか、とハイネマンは内心多いに焦りを覚えたが、彼女は医師をじっと見据えたままこのように言う。

「その話、ぜひ聞かせていただきたい。先を続けなさい」

「は、はい。……見た者の話によれば、その魔女は出入りの行商人の姿に身をやつし、何かを探って歩いていた様子。何事か間諜のような働きをしていたように見受けられた、という話でございます」

「なるほど」

 シャナン・ラナンは深々と頷いてそのように相槌を打ったが、その次には冷ややかな眼差しのままに質問を返してくるのだった。

「逆に問わせていただくが、ハイネマン医師はそこで話に上った魔女とやらを、戦時にその目でじかに見た事はおありになられますか。その魔女が何者で、誰の命令で戦場にいたのか、その委細をご存知か」

「は……?」

「魔法使いクロモリが鍛えし人造人間、これが近衛騎士団に配備され、農民たちの武装蜂起への対処に当たっていたという程度の話はこの私も聞き及んでおります。彼らはその果敢な働きぶりから、民草からは魔女と恐れられたと」

「はあ」

「それらの者どもが近衛に配備された人造の兵卒だという話、私なども聞き及んでおりますから、それが今更この近辺をうろついているという話であれば、確かに内戦の折の残党のようなものかと思いもしましょう。ですがその委細を知らぬ農民がその魔女とやらを見かけたところで、村を焼きにでも来たと勘違いして騒ぎ立てるのが関の山ではないでしょうか。それが間諜を働いて、ゆくゆくは姫殿下に害をなすかもなどと、目撃した農民やハイネマン医師が何を根拠にそのように判断されたのか、その理由が逆に知りたい」

「それは……」

「魔女について言えば、あのロシェ・グラウルがかつて魔女を斬ったという噂もある。その斬られたという魔女がどこかの村で大人しく隠棲しているというまことしやかな噂もまた小耳に挟みました。その間諜だという魔女、目撃したのは本当に農夫なの?」

 そこまでの質問を受けて、どうやら用意した作り話では彼女に納得してもらうのは難しいように思えた。ハイネマンは降参だとでもいうように天を仰ぐと、救いを求めるように振り返った。

 その視線の先にあった物陰から、別の人間がシャナン・ラナンの前にうっそりと姿を現した。

 人間というか――杖をついてひょこひょこと進み出てきたのは、誰であろうギルダであった。

「ご無沙汰しております」

「ギルダ……やはり、お前だったのですね」

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