コッパーグロウ(その2)

 不意に人の気配を察知して、ギルダは振り返る。道の脇の茂みの中から、そこに身を潜めていた一人の女が進み出てきて、ギルダに呼びかけてきたのだった。

「シルヴァ。お前はシルヴァだな?」

「……コッパーグロウか」

 ひとたびはギルダに背を向け立ち去ろうとしたその女、果たしてそれは確かにギルダの知り人であった。……いや、正確にいえば人と呼んでいいものかどうか。かつて魔法使いクロモリがギルダと時を同じくして造りあげた数体の人造人間のうちの一体――それが今、彼女の目の前にいるコッパーグロウであった。

 その名の通り赤銅色とも呼べるような、燃えるような赤毛が印象的であった。ギルダと同じく若い女性の姿をしていたが、身長は頭半分ほども彼女の方が長身で、肩幅も広く上背もがっしりとしている。対するギルダの場合は剣を振るえばその細腕のどこにそのような力が、という印象だったが、彼女は見るからに体格に恵まれ、優れた身体能力を有しているように見受けられた。商い人の恰好などをしたところで、その眼光の鋭さといい、武人然とした佇まいは隠しようがなかった。

 お互いに人造人間同士である。再会を好ましく思い大げさに喜び合う事はなかった。ただ想定外の遭遇に、注意深くお互いを見合わせるのだった。

「コッパーグロウ、お前も無事いくさを生き延びることが出来たか。なぜこのような場所に?」

「お前こそ、ここで何をしているのだ」

 両者はそのように言い合って、お互いの姿格好をまじまじと観察した。

「シルヴァよ、その足はどうした」

「腕はどうにか再生したが、足は無理だった。……お前こそ、まさかとは思うが一人で商いをしているのか?」

 村はずれで人影などは無かったが、コッパーグロウと呼ばれた人造人間は慎重に周囲を見回し、声を潜める。

「シルヴァ。お前は今、誰の下で動いているのだ?」

「誰、とは。……そもそもその名前で呼ばれるのは本当に久しぶりだ。今の私には姫殿下より賜った、ギルダという名前がある」

「姫殿下」

 ギルダの言葉に、コッパーグロウはいくらか険を含んだ表情を見せる。

「そうか、かつてユーライカ王女殿下の護衛の任に当たっていたというのはお前であったか。では、その姫殿下の命でこの村にやってきたということか?」

 コッパーグロウは鋭い口調で、そのように質問を投げかけてきた。

「なぜそう思う。私はいくさが終わってからこちら、一度も王都には戻っていない。だから姫殿下にもお会いしていない」

「それでは筋が通らぬ。誰の判断でお前は行動しているのだ」

「誰、とは……」

 ギルダは返答に詰まった。

 ロシェに敗れ谷川に滑落し一命をとりとめて以来、成り行きに任せるままに今こうやって村の診療院に働き口を得たギルダだったが、確かにそのように暮らせと誰かに命令されたわけではなかったから、コッパーグロウのその質問には回答のしようがなかった。

 同時に、その問いかけがギルダの脳裏に一つの疑問を生んだ。

「では、コッパーグロウ。おまえがこの村に来たのは誰かの命令という事か? その誰かというのが商いの元締めというわけでもないのだろうな……?」

 ギルダが口にした問いかけに、コッパーグロウは露骨に警戒の態度を示した。

 彼女ら人造人間は元をただせば兵士だ。そんなコッパーグロウに誰かが何かを命じたとして、平和に商って日銭を稼いでこい、という指示だとは考えづらかった。

 コッパーグロウはそれ以上何かを応えることも、問いかけてくる事もなかった。ギルダをひとにらみすると、そのまま踵を返し、無言でギルダの前を去っていった。

 村を出ていく彼女を追うべきか? そして商い人に身をやつしたその来訪の目的を強く問いただすべきか?

 ギルダはそうしなかった。ただ去り行くコッパーグロウを見送るばかりだったのは、そのように彼女を追及しろという誰の命令があったわけでもなかったからだが、だからと言って彼女をそのままいずこかへと去るに任せるのが正解だったのかどうか……その疑問がいつまでもぬぐえないのだった。

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