彼女の役割(その4)

「……分かりました」

 涼しい表情を崩さないギルダを横目に、アンナマリアは渋々ながらに承諾の言葉を吐いたのだった。

 とはいえ、足の悪いギルダ一人を連れて、場合によっては山歩きもしなければならないのは、医師の指摘の通り心許なかった。どうしたものか、とアンナマリアは思案した末に、素直に誰かもう一人手を貸してくれる者を探す事にした。

 村に傷病兵として運び込まれてきた者たちの中には、傷が癒えたのちも帰る村を戦災で失ったなどの理由から、故郷への帰途につかずに村に身を寄せているような者も幾人かいた。アンナマリアはそんな元農民兵たちに声をかけ、ギルダの監視と力仕事の手伝いを頼まれてくれそうな者を探した。

 とは言え、話を持ち掛けてひととおりの事情を説明したところで、多くの者がギルダがあの「魔女」だと気付いた途端、一様に慌てて首を横に振る事となるのは致し方なかった。

 どうしたものか、とアンナマリアが思い悩んでいると、一人だけ豪胆なのか考えなしなのか、彼女の声がけに応じるものがあった。

 それが、元農民兵のフレデリクという男だった。

 頼りになりそうな力自慢に見える者から順に声をかけていって、ほぼ最後に残ったのが彼だったので、痩せてひょろりとした体躯は農民兵というよりは見るからに農夫そのもので、正直に言えば頼りがいがあるようには見えなかったが、それでも男手には違いない。アンナマリアの説明をどこまで真剣に聞いていたかは分からないが、こちらから説明するなり現実的な質問を返してきた。

「それは、給金は出るのかい?」

「出るわけがないでしょう。……でも、手伝ってくれるのであれば、診療院の方で食事くらいは出してもいいけど」

「飯にありつけるのか。だったらいいぜ」

 あまりの安請け合いが逆に訝しかったが、ともあれアンナマリアはそのフレデリクをギルダに引き合わせ、彼女に監視が必要である旨、それでも診療院の仕事を手伝ってもらうので、それの手伝いとしておもに力仕事をして欲しい旨を説明する。そして一行三名は、あくる日ギルダの案内で村のはずれにまで足を運んだのだった。

「……どれが薬草なの?」

「書物の図版しか見てはいないから何とも言えないが」

「戸棚にあったものはすぐに言い当ててたでしょうに」

「あれは抽斗に名前が書いてあったのだ」

 身もふたもないギルダの言葉に、こんなことで大丈夫だろうかとアンナマリアは天を仰いだ。

「この辺に生えているものが特徴が合致する。何枚か摘み取って、ハイネマン医師に見せてみよう」

 ギルダがそういうので、アンナマリアはフレデリクに斜面の茂みに足を踏み入れさせ、雑草のような植物の葉を何点か摘み取るのだった。

 そんな調子で村の周囲を何か所か回って、一行は自生している草木をいくつか採取した。葉を使ったり、茎や根が必要な場合もある。いずれも彼らだけでは判断出来ないので、いったんは診療院に全て持ち帰り、ハイネマン医師の判断を仰いだ。

 医師は医師で、自分の知識と照らし合わせ誤った種類のものがないかの選り分けに二、三ほど口を挟んだのち、このように告げた。

「一応、これらを材料にして書物の記述通りに作ってみよう。期待した通りの薬が出来るかどうか、試して見ようじゃないか」

 ハイネマン医師はそのように言ったが、経験のないアンナマリア達に簡単にできる事だとは思えなかった。だが僧院長の書き付けをギルダが読み解いていくと、やむなく必要に迫られたのか、それとも単に植物学的な興味を満たすためか、かつての僧院でも同じように自前で薬の調合を試したとの記述があり、その手順について丹念に記録を残した頁に行き当たった。

 その手記の記録を頼りにアンナマリアが物置を確かめてみると、確かに薬庫のすぐ近くに、すり潰しのための小さな石臼など道具の一揃いが収納されているのが見つかったのだった。となれば物資不足で背に腹は代えられない彼女たちにしてみれば、ギルダが解読した書きつけの内容通りに薬の調合を試してみるより他になかった。まずは傷の処置につかう軟膏の調合から。ついで熱冷ましの煎薬、腹下しの丸薬……もちろん村の周囲で自生している薬草の種類には限りがあるし、ギルダが読み解いた書物の内容を吟味するに素人の迂闊な調合では安全と言えないようなものを安易に試すわけにもいかない。

 だがそうやって付け焼き刃でも身につけた知識でもって薬を調合することは、やがて救援の物資が少しずつ村に入ってくるようになったあとも不要になったわけではなく、調合自体は細々とずっと後年まで診療院で続けられる事となるのだった。外部から調達したものも含めて、薬庫の管理の一切はやがてギルダに任される形となり、結果的にはそれが人造人間である彼女の、その村での役割という事になるのだった。



(第1章おわり 次章につづく)

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