闇夜の追撃

マックス一郎

序章

第1話 序章・出会い

ザクセン公国内の森(現在のドイツ連邦共和国・ザクセン州)

1233年11月某日 午前10時頃



ヘルムートは寂れて村に着いた。

傭兵になってから6年が経ち、25歳にして、結構な資産を蓄えることができた。

今回この辺境に来たのはここの村長が依頼の手紙を出したからだった。

50歳ぐらいの老人が彼に近づいてきた。


「ヘルムート殿?」


「はい、ヘルムートです。村長さんかな?」


「お待ちしておりました。良かった、本当に良かった。」


老人はヘルムートを招いて、うす暗い宿へ案内した。


ヘルムートは正直、今回の依頼であまり稼ぎを期待していなかった。

手紙の内容に惹かれて、はるばる公国首都のドレスデン市から来た。

その手紙に書かれていたのは夜になるとある邪鬼が村を訪れ、病をばらまき、

死者を出し、埋葬されたはずの死者たちが今度、邪鬼と一緒にまた村を訪れるとあった。

2人は宿に入り、宿主がテーブルを用意し、ヘルムートの荷物を2階の部屋に運んで行った。


用意されたテーブルにヘルムートと老人は座った。


「手紙に書かれていることは本当なのか?」


ヘルムートは老人に質問した。


「はい、ヘルムート殿。本当です。既で12人が死んでいる。そのうちの1人は私の息子でした。」


「それは残念です、村長。」


「死んだはずのあの子が1週間前に戻ってきて、妻と話した。妻は一昨日亡くなり、昨日埋葬した。」


「これはまた大変でした、村長。」


「今度は私の番になるのではないかと不安です。ここの宿主のミヒャエルや他の村有力者も不安を感じて、熊や狼を簡単に片づけた評判のあんたに依頼の手紙を出しました。」


「確かに辺境の村に被害を与えた害獣を駆除したことがあるけどこれは害獣とは違う。」


「山賊や異教徒も軽く始末したことがあると聞いた。」


「山賊はたまたま休んでいた宿を襲ったから。異教徒は戦争だったので。」


「邪鬼を殺してほしいのです。このままでは村が滅びる。」


「いつからその邪鬼が現れたのか?」


「2か月前です、ヘルムート殿。彼が現れる前、ロマ人の集団がここの近辺に住み着いた。」


「ロマ人か?その邪鬼はロマ人が連れてきたと思っているのか?」


「断言はできないが、その可能性は高い。我々はロマ人をすぐ力づくで追い出したから。」


「殺したのか?」


「村総出で追い出した。5~6人を殺したと思う。」


「なるほど。それでその邪鬼は彼らの報復と思っているのか?」


「はい。ロマ人たちがいると冬用で蓄えた作物が盗まれる、家畜も食い殺される。」


「その人たちがやった証でもあったのか?」


「その人たちしかいなかったから。ヘルムート殿、村を助けてほしい。」


「呼ばれてきたので、約束は守る。半分は前払いで今もらう。」


「はい。ありがとうございます。今払います。」


老人はテーブルに金貨20枚と銀貨30枚を置いた。


「残りの半分は邪鬼を滅ぼしてから支払います。」


「異論ない。」


「今夜からかかってほしいのです。」


「もともとそのつもり、ドレスデン市で次の依頼が待っているので。」


ヘルムートは報酬を袋に入れながら、村長に答えた。



同日 夜22時頃


ヘルムートは村の真ん中にある小さな広場に立っていた。

話を聞いた後、部屋で仮眠を取り、夕方に起きて準備した。

11月にして1月並みの寒い夜だった。雪も少し降っていた。

大きなたいまつで回りを照らし、甲冑で体をまとい、短剣とロングソードで武装していた。

ヘルムートには戦いの才能があった。

11歳で初めて、母親と自分の命を守るため、戦い、襲ってきた異教徒たちを惨殺した。

母親は彼が16歳の時に病にかかり、亡くなった。


父親は彼より長兄を選び、ヘルムートに対してほぼ無関心だった。

ヘルムートは19歳の時、父親の許可を得ずに傭兵となり、ザクセン公国へ移り住んだ。


村人たちは窓を閉め、扉に鍵をかけて、家の中に隠れていた。

北風の音以外、全て不気味な静けさだった。

その時だった、村の入り口から近づいてくる足音が聞こえた。

足音だけではなく、笑い声も聞こえてきた。数人の子どもと大人の笑い声だった。

ヘルムートは入り口方面を見た。

5人の子どもと7人の大人が素早く近づいてきていた。


「そこで止まれ!」


ヘルムートは叫んだ。


集団は止まることなく、ヘルムートを無視し、家の扉と窓を叩き始めた。


「お父さん、お母さん、開けてよ。」


「俺だぞ、お前の夫だ!扉を開けろ!」


「あなた、開けて、私だよ。」


叩く音はだんだんと大きくなり、声も変化していた。


「薄汚い殺人者ども、今すぐ開けろ!!」


全員扉を叩きながら叫んでいた。


ヘルムートは持っていた大きなたいまつで集団の顔を見た。皆色白な肌と白い目、そして一番の特徴は大きな犬歯だった。


たいまつを近づけると彼らは逃げていった。


「なんてこと!」


ヘルムートは以前、戦場で聞いたことがあった。時々死者が生者の血を飲みにくること。


迷信や誇張された話だと思った、先の集団を見るまでは。


彼らは急に消えた、体が霧になったかのように。


広場に戻ろうとした時、いきなり右肩を掴まれ、後ろへ飛ばされた。


ふらふらしながら地面から立ち上がり、投げた人を見た。

12~13歳の男の子だった。


男の子は牙を出して、ヘルムートを威嚇した。

その次の瞬間、その子が消えて、目の前に現れた。

ヘルムートは焦ったが、素早くそいつの首をロングソードで切った。

首を切られた男の子は燃えだして、灰となった。


また後ろから肩を引っ張られ、飛ばされた。

今度は中年女性だった。


「よくも、我が子を!!」


ヘルムートは短剣を素早く取り出して、女性の胸、心臓辺りに刺した。

女性が先の子ども同様、燃えだして、灰となった。


残りの10名が次々とヘルムートに襲いかかった。

ヘルムートはロングソードで応戦し、更に2人の大人の男性を滅ぼした。


短剣で7歳ぐらいの女の子を額に刺し、彼女が燃えて、灰になるところを見た。

地獄にいると思った。


こんなことになるとは正直驚いていた。

依頼を受けた以上、完了せねばと思っていた。


集団は彼を攻撃するのを止めた。

ヘルムートは頭を上げて、村の入り口に目をやった。


1人の男性、貴族風の40代の男性がゆっくりと歩いてきていた。

ヘルムートは構えた。

男性は赤い目でヘルムートを見て、話し出した。


「何故この村を守る?」


「依頼を受けたから。」


「彼らの罪を知っているか?」


「聞いた。でも依頼とそれは別だ。」


「人間(ウォーム)の戦士よ、彼らは我が一族の者、罪なき者たちを殺した。」


「ロマ人のことか?」


「そうだ。そのロマ人の一団は私を崇め、敬を払い、血を捧げ、平和に暮らしていた。」


「村人の話とは随分違う。」


「ロマ人の一団は毎年この近辺を訪れ、冬を過ごすんだ。平和にね。村人のほとんどは彼らの金、食べ物などを奪い、女性を犯し、無慈悲に全員を殺した。」


「それは聞いてないな。5人と聞いたけど。」


「24人だった。それで私は良心が残っていた村人たちを転化させ、我が眷族にしたのだ。彼らは罪を償いたいといい、私が受け入れた。」


「ならばあなたの言い分はわかる気がする。」


その時は閉まっていたはずの複数の家の窓から銀の矢じりの付いた矢が一斉に放たれた。

男は一瞬消えて、矢をすべてかわした。


「死ね!!邪鬼め!!ヘルムート殿、あんたも一緒にね。」


村長の声だった。


「お前の話は嘘だったのか?村長?」


ヘルムートは怒鳴った。


「妻と子どもにはうんざりしていた、良心など抜かしておいて、その12人は自分たちからその邪鬼に下った。私はお金が欲しかった、ロマ人と旅人のね。」


半分笑いながら村長が話した。


「騙したのか?」


「あんたは若いから選んだよ。安かったし、殺せばまた別の傭兵を呼べる。お金かけずに。」


ヘルムートは怒りに満ちて、ものすごい速さで村長のいる家まで走り、本人が窓に隠れる寸前、胸辺りを刺した。


しかし、窓に届くまで数十の矢に刺されて、虫の息となった。


村長は死亡していた。


他の村人がまた自分たちの家に隠れたがヘルムートがたいまつを村長の家に投げたため、火事となり、瞬く間に村全体に広まった。


燃える家から逃げ出した殺人者たち、転化した自分の親族に噛まれ、転化し、噛んだ彼らと違い、奴隷となった。


虫の息だったヘルムートは男に向けて話した。


「悪いな、復讐の邪魔して。あなたの眷族も殺したし。」


「知らなかったのだ。私や眷族たちはあなたを恨んでない。勇敢な人間(ウォーム)の戦士よ、我が眷族にならないか?」


「なりたいね。あなたと気が合いそう。」


「ならばなるが良い。名前を教えてくれないか?」


「ヘルムート・ブランケンブルクだ。」


血が口からあふれ出して、ヘルムートは意識を失いはじめた。


「ならばこれからあなたはヘルムート・フォン・ブランケンブルク。私はノスフェラトゥ、あなたの主(マスター)となる者。」


男はヘルムートの首辺りを大きな牙で噛んだ。

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