23:夜の果樹園にて

 一週間後、皆が寝静まった夜。

 私はルカ様を伴ってディエン村の北西に広がる果樹園にいた。


 地面に置いた角灯ランタンが果樹園の悲惨な現状を照らし出している。


 果樹園の樹木は瘴気のせいで元の色を失い、不気味な黒に染まっていた。

 全ての木々が異常なまでにやせ細り、朽ち果てている。


 地面に落ちた果実は潰れて腐り、強烈な異臭を放っていた。


 鼻がもげそうになるけれど、それは私の隣に立っているルカ様も同じだ。


 ルカ様が顔色一つ変えず、嘔吐しそうな異臭に耐えているのに私が逃げ出すわけにはいかない。

 だから、ぐっと我慢して目を閉じ、胸の前で両手を組んで祈る。


 ――女神様、どうか私に傷ついた大地を癒す力をお与えください。


 目を閉じていても、瞼の裏の明るさで辺りに光が満ちたのがわかる。


 ルカ様の目には私の身体を起点として球状に神力――透明感を持った神秘的な金色の光が広がっていくように見えているだろう。


 金色の光はクラウディアが人間にもたらした奇跡の光。

 万物を浄化し、癒し、悪しき魔物を遠ざける結界の役割すらも持っている。


 ただひたすら祈り、全力で神力を放出し……数十秒後。


 脱力感や疲労感に苛まれつつ目を開くと、果樹園は一変していた。


 私の目の前では瑞々しい紅白リンゴが鈴なりに垂れ下がっている。


 他の枝にも丸々と太った二色のリンゴがなり、その重みで太い枝が弧を描く程だった。


 どこを見ても、リンゴ、リンゴ、リンゴ。


 鼻がもげるような異臭はすっかり消え去り、代わりに甘酸っぱいリンゴの香りが私の鼻孔を満たしていた。


「美味しそう……」

 角灯ランタンの光を浴びて煌めくリンゴを見て、つい正直な感想が口から洩れる。

 しかし食べるわけにはいかない。

 このリンゴは村の大事な生産物で、収入源だ。


 でも、この村のリンゴは国一番の美味しさって聞いたなあ……朝になったらリンゴパイを作ってもらえないか、宿の主人に頼んでみよう。


「いつ見てもお前の力は凄いな。この世の地獄のような光景が、天上の楽園に変わったぞ」

 自分の視界を遮るようにしなる枝を掴み、その先になった立派なリンゴを見つめてルカ様は赤い目を細めた。


「朝起きて村人が大騒ぎする姿が目に浮かぶ。もはや聖女を越えて女神だな。二つの村を覆う瘴気を祓ったばかりか、腐り果てた大地まで癒しているのだから。お前の手によって癒された大地は瘴気に侵される以前よりも実り豊かだと、村人たちが感激していたぞ」


「ふふ。感激と言えば、聞いてくださいルカ様。カーラおばあちゃんが昨日、ご近所さんと一緒に自分の畑を耕してたんですよ!」


 カーラおばあちゃんはアルバートさんの話に出てきた『絶望のあまり首を括ろうした者』だ。


 カーラおばあちゃんは魔物に最愛の旦那様を殺され、瘴気によって種もみや畑まで失い、生きる気力すらも失っていた。


 でも、私が再生させた旦那様との思い出が詰まった畑を見て、再び生きる意欲を取り戻してくれた。


 私が誰かの力になれた――その事実がとても嬉しい。


「良かったな」

 夜風を受けた枝葉が擦れ合ってささやかな音楽を奏でる中、ルカ様は微笑んだ。


「はい。今回の一件で残念ながら十二人の尊い命が犠牲となってしまいましたが、ルカ様が『伝言珠』を通して王宮に救援要請をしてくださったおかげで、ちょうど近くまで遠征に出ていた第三騎士団も応援に来てくださいました。第三騎士団と神殿騎士と自警団の皆さん。全員の奮戦によって魔物の掃討が完了したいまこそ私の出番です。魔物に襲われる心配がないなら浄化し放題ですからね。ディエン村の畑を浄化するにはあと数日、ローカス村も含めるとあと七日、というところでしょうか。大変ですが、私は気合十分です! まだまだ頑張りますよ!」


 両手をぐっと握ってみせる。

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