22:活力を補給させてください

「あ、ああ……?」

 ギオンさんは突然の妖精の登場に困惑している。


「プリム。どうせここに残るなら、一階に下りて人間たちの相手をしてくれないか。きっと全員が妖精を見るのは初めてだろう。賑やかなお前がいれば空気も明るくなる。子どもも喜ぶはずだ」

「ええー!?」

 ルカ様に言われて、プリムは盛大な不満の声を上げた。


「人間から崇められて、ちやほやされたくないか?」

「…………。んー、まあ、ただここにいても暇だし。しゃーないわねー、優しい妖精が人間を慰問してあげるとするかー」

 プリムはふらふらと降下してルカ様の頭に乗った。


「凄いですね、まさか妖精をお連れとは……」

 シエナさんは唖然としてプリムを見た後、私を見た。


「はい。不思議な成り行きで」

「あんたが強引に同行させたんでしょーが」

 プリムのツッコミを受けながら退室し、階段を下りた途端、玄関ホールにいた子どもたちはルカ様の頭に乗っているプリムを発見して騒ぎ始めた。


「妖精! 妖精だ!! 妖精がいる!!」

「きゃーすごーい!! なんでなんでー!? なんで妖精がいるのー!?」

「さわりたーい!!」

「ちょっとルカ、なんか崇めるって言うよりもみくちゃにされてるんだけどあたし!? 話が違う!!」

「頑張れ」

 無責任な励ましを送ってから、ルカ様は私たちと一緒に外に出た。


 さっきまでと打って変わって、きゃあきゃあと子どもたちのはしゃぐ声が外にいても聞こえてくる。


 外で暗い顔をしていた人たちも興味を惹かれているようだ。


 大変だろうが、プリムには賑やかし要員として頑張ってもらおう。


「――ルカ様」

 丘を下りて二手に分かれることになり、私は足を止めてルカ様を見つめた。


 ラークと会話していたルカ様が口を閉じて私に向き直る。


 空気を読んでくれたらしくラークが歩き出す。

 それを見て、シエナさんもそっと離れてくれた。


「お手を貸してください」

 私が両手を差し出すと、ルカ様は素直に私の手に自分のそれを重ねた。


 ルカ様の手を握って魔力を解放する。

 私の両手がカッと金色の光を放ち、その光はルカ様の身体を包み込んだ。


「……これは?」

 不思議そうな顔で、ルカ様は自分の身体を見下ろしている。


「強化魔法です。一時的に身体能力を大幅に上昇させる効果があります。癒しの力と同じで、何故か自分自身には使えないんですが」

「……凄いな。膨大な神力といい、扱える魔法といい、ステラはとことん他人の益になる力を持っているんだな。まさしく聖女だ」

 感嘆するように言って、ルカ様は右手だけを離して握り込んだ。


「身体が軽くなったような実感はありますか?」

「ああ。いまなら一騎当千の力を発揮できそうな気がする」

「それは良かったです」

 遠くから切羽詰まったような叫び声が聞こえる。


 いまからルカ様は彼らに交じって戦うのだ。

 王子なのに、護衛もなく。命を賭けて。


「私はローカス村で負傷者を癒して、その合間に出来る限り瘴気を浄化します。さすがルカ様の守護聖女だと言われるくらい頑張りますから、ルカ様もディエン村ここで頑張ってくださいね。できるだけでいいんです。危ないときは無理せず逃げてください。どんな怪我でも必ず私が治しますから……だから、絶対に生きて帰ってきてください」


 本当は頑張ってほしくない。

 本当は、誰より安全なところにいてほしい。


 こみ上げる言葉を飲み下して、緩やかな風に吹かれながら、私は微笑んだ。


「また後でお会いしましょう。約束ですよ?」


「――――」

 ルカ様は口元を軽く結んだかと思うと、私をいきなり抱きしめてきた。


「!? ル、ルカ様!?」


 シエナさんがこっちを見てるんですけど!

 口を片手で覆って「あらあらまあまあ、この二人はそういう関係だったのねー」っていう顔をしているんですけど!?


 誤解が!!

 とんでもない誤解が生じようとしています!!


「少しの間、付き合ってくれ。戦闘に臨むための活力を補給したい」

 ルカ様は私の耳元で言った。


「か、活力の補給になるんですか? これが?」

「ああ」

 よくわからないが、迷いなく断言されてしまった。


「……そういうことでしたら……えい」

 思い切って彼の背中に腕を回し、ぎゅっと力を込める。


 すると、ルカ様も私を強く抱き返してきた。


 ――どうか、ルカ様が無事でいられますように。

 私は心の底から祈った。

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