30:蛇はお好きですか
「陛下。この妖精はさきほどから一体何を大声で喚いているのでしょう? 困りましたな。私にはさっぱりわかりません。私がノクス王子を呪殺しようとしたなどと、とんでもない妄言です。私がノクス王子を可愛がっていたことは陛下もよくご存じのはず」
バーベイン様と良く似た顔立ちのアドルフは眉根を下げ、いかにも悲しげな顔を作ってみせた。
当然ながら嘘だ。皆を騙すための演技だ。
私はプリムを信じている。
でも、陛下たちにとってプリムは初対面の妖精。
そう簡単に信じてくれるはずもなく、全員が疑惑の眼差しで妖精を見ていた。
「ネルバ大公爵の言う通りです。ノクスは病気で伏しているのですよ。それを呪術だの何だのと、わけのわからないことを。あまつさえ私が実の弟の呪殺に手を貸したと? 何故王太子たる私がこんな酷い侮辱を受けなければならないのか。可哀想に。どうやらあの妖精はルカの呪いに侵されてしまったようです」
ギムレットは沈痛な表情で小さく首を振り、艶やかな金髪を揺らした。
「ルカ様は呪われてなど――!!」
カッとして叫ぶけれど、私の声はギムレットには届かない。
「陛下。ルカの毒が同じく頭に回った守護聖女は王宮に
「お待ちください、ルカ様に罪はありません!!」
「何を言う。ルカは守護聖女を洗脳し、神に仕える神殿騎士を誑かし、破壊活動を扇動した。これは立派な反逆罪だ。ルカには残酷な苦しみを与え、無残な死を遂げさせる他にない」
「お止めください!! 真実ルカ様は何もしていません!! 宝物庫の扉を壊し、保管されていた聖女の杖を折り、重要文化財を破壊して回ったのは私です!! 全ては私の独断です!! 本当に、一切ルカ様は関与して――」
「おお。なんということでしょう、陛下。私は恐ろしい可能性を思いつきましたぞ」
急にアドルフは身震いし、自分の身体を抱くように腕を回した。
「その可能性とは?」
ずっと黙っていたバーベイン様がアドルフを見る。
「はい。何故突然現れた妖精がノクス王子の病を呪術と結びつけるのかわからず、ずっと考えておりましたが、こう考えれば合点がいくのです。ルカ王子にはノクス王子の病状に思い当たる節がある。つまり、ルカ王子こそがノクス王子を呪殺しようとした張本人であり、私にその罪をなすりつけるために手懐けた妖精に妄言を言わせたのでは?」
「………………は?」
あまりのことに頭が真っ白になった。
こいつはいま何と言った?
ルカ様が? ノクス様を呪殺?
「マジか。こいつどんだけクソなんだよ……」
ラークもシエナも呆然としている。
「呪われた身故、ルカ王子は生まれてしばらく離宮に封じられ、他の王女や王子と比べて冷遇されていたことは周知の事実です。そのことに不満を抱き、負の感情を膨れ上がらせたルカ王子が呪術に手を出したとしても不思議ではありません。陛下や王太子ではなくノクス王子を最初に狙ったのは、いうなれば本番前の実験。効果のほどを試すつもりだったのでしょう」
「なんと。それでは、私と陛下はノクスに続いてルカに殺されるところであったのか」
「早く気づいて良かった。危ないところでしたな、王太子殿下」
いけしゃあしゃあとアドルフやギムレットは演技している。
割れた肖像画を抱く腕が震え、擦れ合った額縁が私の腕の中でカタカタ音を立てている。
激情に身体が弾け飛んでしまいそうだ。
いますぐ駆け寄って拳を二人の顔面に叩き込んでやりたい。
でも、相手は大公爵と王太子。
ルカ様の守護聖女である私が感情のままに暴力を振るったら、ますますルカ様の立場が悪くなる。
「私を犯人に仕立て上げようとしたのは最も都合が良いからでしょうな。口に出すのも憚れることですが、万が一陛下や王太子がいなくなれば序列に従い、私が玉座に座ることになります。私は陛下に忠誠を誓った身。女神の名にかけて陛下を呪ったことなど――」
「――戯言はそこまでよ嘘つき野郎」
頭上から声が降ってきた。
見上げれば、プリムはその小さな身体に異常をきたしていた。
青、赤、白、黄色、緑――まるで虹をかき混ぜたような瞳の色と同じように、全身が虹色の光を放っている。
神秘の光に包まれた妖精の姿に、私は思わず息を呑んで見入った。
最初はあれだけ威勢が良かったのに、それきりずっと黙り込んでいたのは、力を溜め込む準備をしていたからなのか。
「なんだ?」
妖精の身に起きた異変にアドルフたちが戸惑っている。
発光しているプリムは私の前に降りてきて、小さな両手を私に向かって差し伸べた。
「ステラ、協力して。村を浄化したときみたいに、思いっきり神力を放出してちょうだい。証拠が見えないからってありもしない事実をでっちあげ、この機にルカを排除しようと企む馬鹿どもに妖精王女の底力を見せつけてやるわ。具体的には、人間の目には見えない呪いをこの場の全員に見せる。多分十秒くらいしか持たないけど、十秒あれば十分でしょ?」
勝利を確信しているらしく、プリムはにやっと笑った。
「!! うん!!」
私はすぐさま屈んで、割れた肖像画を重ねて床に置いた。
立ち上がって両手を組み、神力を放出する。
小さな手が私の手に触れた。
妖精の手から何か温かい力が流れ込んできて、私の神力と混じり合い、解き放たれた光はギャラリーを真っ白に染めた。
目を焼くほどの閃光。
誰かが小さな悲鳴を上げ、私も眩しさに目を閉じた。
強烈な閃光が収まり、閉じていた目を開けると、アドルフの姿が変わっていた。
――瞳孔が切れ上がった赤い目を持つ白い蛇だ。
まるで人間の頭部を切り落として、巨大な白蛇の頭と
一目で邪悪とわかるどす黒いオーラを全身から放ち、アドルフの衣装を着て直立する白蛇が人間に交じってそこにいた。
「うわあああ!!? へへへ陛下!! 逃げましょう!!」
宰相が悲鳴を上げてバーベイン様の手を掴み、背後に展開していた騎士たちの中へ飛び込んだ。
「おおおお前たち!! 陛下をお守りしろ!!」
未知との遭遇に宰相の顔は真っ青だ。
その足は激しく震えている。
怯えて何もできずにいる者もいたけれど、何人かの騎士は果敢に剣を抜き、バーベイン様や宰相を守るべく立ちはだかった。
「……なあ、あれは何て言えばいいんだ? 蛇人間? それとも人間蛇?」
「呼び方なんてどっちでもいいですよ!! 気持ち悪い!! やだやだやだやだ生理的に無理!!」
爬虫類が苦手なシエナはラークの左腕に抱きつき、半泣きで首を振った。
「ごめん、あたし限界だわ。後は任せた」
「うん。ありがとう、プリム」
気絶した妖精を両手に持ち、私はギムレットを見た。
ギムレットの身体には蛇人間(?)ほどの変異はないけれど、その首には蛇の形をした何か黒いモノが巻き付いている。
そして、彼の父親であるバーベイン様の額と左胸にはうっすらと黒い模様が浮かんでいた。
その模様からはギムレットの首に巻きついている黒いモノと同様、生理的嫌悪を催す気配がした。
あれがバーベイン様にかけられた呪いなんだ。
「……陛下」
バーベイン様の胸を痛ましげに見つめた後、宰相は何かを促すように呼び掛けた。
「全く――なんということだ。危うく邪悪な蛇に騙され、ルカや守護聖女たちを罰するところであった。王太子が弟を呪い殺そうとするなど前代未聞の醜聞だ。愚か者が……厳罰を受けるべきはルカではなくお前ではないか」
バーベイン様は自分の胸を見下ろして重いため息をついている。
その一方で、蛇人間やギムレットが何か釈明めいた言葉をべらべら喋っているけれど誰も聞いていない。
呪術に手を染めた犯罪者であることをその身で証明しているのだから、もはや聞く価値はなかった。
「ステラ。もう事件は解決したようなもんだし、こっちは気にせずノクスのところに行け。呪いが解けたかどうか気になるだろ?」
「うん。ごめん、後はお願い」
私は大事にプリムを持ったまま走り出した。
早々に止められるかと思ったけれど、バーベイン様は騎士に捕縛命令を出すことなく、現場から走り去る私を見逃してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます