38:蛇はお好きですか

「私を犯人に仕立て上げようとしたのは最も都合が良いからでしょうな。口に出すのも憚れることですが、万が一陛下や王太子がいなくなれば序列に従い、私が玉座に座ることになります。私は陛下に忠誠を誓った身。女神の名にかけて陛下を呪ったことなど――」


「――戯言はそこまでよ嘘つき野郎」

 頭上から声が降ってきた。


 見上げれば、プリムはその小さな身体に異常をきたしていた。


 青、赤、白、黄色、緑――まるで虹をかき混ぜたような瞳の色と同じように、全身が虹色の光を放っている。


 神秘の光に包まれた妖精の姿に、私は思わず息を呑んで見入った。


 最初はあれだけ威勢が良かったのに、それきりずっと黙り込んでいたのは、力を溜め込む準備をしていたからなのか。


「なんだ?」

 妖精の身に起きた異変にアドルフたちが戸惑っている。


 発光しているプリムは私の前に降りてきて、小さな両手を私に向かって差し伸べた。


「ステラ、協力して。村を浄化したときみたいに、思いっきり神力を放出してちょうだい。証拠が見えないからってありもしない事実をでっちあげ、この機にルカを排除しようと企む馬鹿どもに妖精王女の底力を見せつけてやるわ。具体的には、人間の目には見えない呪いをこの場の全員に見せる。多分十秒くらいしか持たないけど、十秒あれば十分でしょ?」

 勝利を確信しているらしく、プリムはにやっと笑った。


「!! うん!!」

 私はすぐさま屈んで、割れた肖像画を重ねて床に置いた。

 立ち上がって両手を組み、神力を放出する。


 小さな手が私の手に触れた。


 妖精の手から何か温かい力が流れ込んできて、私の神力と混じり合い、解き放たれた光はギャラリーを真っ白に染めた。


 目を焼くほどの閃光。


 誰かが小さな悲鳴を上げ、私も眩しさに目を閉じた。


 強烈な閃光が収まり、閉じていた目を開けると、アドルフの姿が変わっていた。


 ――瞳孔が切れ上がった赤い目を持つ白い蛇だ。


 まるで人間の頭部を切り落として、巨大な白蛇の頭とげ替えたかのよう。


 一目で邪悪とわかるどす黒いオーラを全身から放ち、アドルフの衣装を着て直立する白蛇が人間に交じってそこにいた。


「うわあああ!!? へへへ陛下!! 逃げましょう!!」


 宰相が悲鳴を上げてバーベイン様の手を掴み、背後に展開していた騎士たちの中へ飛び込んだ。


「おおおお前たち!! 陛下をお守りしろ!!」

 未知との遭遇に宰相の顔は真っ青だ。

 その足は激しく震えている。


 怯えて何もできずにいる者もいたけれど、何人かの騎士は果敢に剣を抜き、バーベイン様や宰相を守るべく立ちはだかった。


「……なあ、あれは何て言えばいいんだ? 蛇人間? それとも人間蛇?」

「呼び方なんてどっちでもいいですよ!! 気持ち悪い!! やだやだやだやだ生理的に無理!!」

 爬虫類が苦手なシエナはラークの左腕に抱きつき、半泣きで首を振った。


「ごめん、あたし限界だわ。後は任せた」

「うん。ありがとう、プリム」

 気絶した妖精を両手に持ち、私はギムレットを見た。


 ギムレットの身体には蛇人間(?)ほどの変異はないけれど、その首には蛇の形をした何か黒いモノが巻き付いている。


 そして、彼の父親であるバーベイン様の額と左胸にはうっすらと黒い模様が浮かんでいた。


 その模様からはギムレットの首に巻きついている黒いモノと同様、生理的嫌悪を催す気配がした。


 あれがバーベイン様にかけられた呪いなんだ。


「……陛下」

 バーベイン様の胸を痛ましげに見つめた後、宰相は何かを促すように呼び掛けた。


「全く――なんということだ。危うく邪悪な蛇に騙され、ルカや守護聖女たちを罰するところであった。王太子が弟を呪い殺そうとするなど前代未聞の醜聞だ。愚か者が……厳罰を受けるべきはルカではなくお前ではないか」


 バーベイン様は自分の胸を見下ろして重いため息をついている。


 その一方で、蛇人間やギムレットが何か釈明めいた言葉をべらべら喋っているけれど誰も聞いていない。


 呪術に手を染めた犯罪者であることをその身で証明しているのだから、もはや聞く価値はなかった。


「ステラ。もう事件は解決したようなもんだし、こっちは気にせずノクスのところに行け。呪いが解けたかどうか気になるだろ?」


「うん。ごめん、後はお願い」

 私は大事にプリムを持ったまま走り出した。


 早々に止められるかと思ったけれど、バーベイン様は騎士に捕縛命令を出すことなく、現場から走り去る私を見逃してくれた。

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