08:国王様へのお願い

「はい……そうです」

 気恥ずかしさに頬を赤く染めながら私は認めた。


「陛下、アンベリスの多くの兵士が『戦場の天使』に助けられたと聞きます。ここはひとつ、彼女に褒美を与えるのはいかがでしょう」

 ノクス様は私に向かって片目を瞑った。


 反応したいけれど、バーベイン様の前でそれは不可能なので、ノクス様と話す機会があれば全力で感謝を述べることを心に誓った。


「そうだな。望むものはあるか?」

 バーベイン様に訊かれた私は胸中で飛び跳ねて喜んだ。


 しかし、その喜びを表に出すわけにはいかず、恭しく頭を下げる。


「ありがとうございます陛下。叶うならば私に戸籍を与えてくださいませんか。私はこのままアンベリスに残り、ルカ様に恩返しがしたいのです。国民の一人として迎えてくださるならば、私は誠心誠意、アンベリスのために尽くすことをお約束します」


「私からもお願い致します。ステラは致命傷を負った私を蘇生させるほどの稀有な神力の持ち主です。聡明な陛下なら、ステラがどれほど得難く貴重な人材かはご理解いただけますでしょう」

 私の隣でルカ様も頭を下げた。


「陛下。私もルカの意見に賛成です。エメルナ皇国に戻ればステラは殺されるでしょう。何しろ三日前、ステラを崖から突き落としたのはエメルナ皇国の元・序列第二位の巫女ローザ・ブレアなのですから」


 考え込んでいる様子のバーベイン様に、ノクス様がそう言った。


『元』巫女と言ったのは、今頃ローザは巫女を辞めて皇宮にいるはずだからだ。


「ブレアだと? エメルナ皇国の中枢を担う大貴族ではないか。詳しく話してみよ」

 驚き声を上げてから、宰相は真剣な面持ちで私を見た。


「はい。順を追ってお話し致します。いまから三か月前、私が勤めていた神殿に魔物との戦闘で瀕死となった皇太子様が運び込まれてきました。 不運にも巫女姫様と序列第一位の巫女は不在で、期待を寄せられたローザ様は皇太子様の深すぎる怪我を癒せませんでした。そこで僭越ながら私が皇太子様を癒したのですが、その手柄はローザ様に横取りされました」


 罪悪感もなく私は言った。

 殺されかけた以上、口外しないというローザとの約束を守る義理はない。


「真実を話されたくなかったのでしょう。ローザ様は親密な友人の仮面を被って私の言動を監視し、ときには代行として働かせることもありました」


 自分より強い神力を持つ下民を利用しない手はないからね。


 ええ、ローザ様が喜んでくださるならと、いいように利用されまくりましたとも。


「皇太子様が怪我を負われた事件から三か月後、ローザ様は皇太子妃になることが決まりました。ローザ様の代行として働いていた私は用済みになり、また、秘密を暴露しかねない脅威となったので、後腐れのないように崖から突き落とされたのです」


「なんと……」

「いや、信じるのはまだ早い。陛下の同情を引くための嘘かもしれませんぞ」

 臣下たちの間に動揺の波が広がっている。


 表情からして、過去私が助けた騎士たちは私の言葉を素直に信じてくれているみたいだけど、バーベイン様やギムレット様、宰相は疑っているようだ。


「皇太子の婚約者となったブレア家の娘の不祥事ですか……それが真ならば一大事ですが……」

 宰相は難しい顔をして白い髭の生えた顎に手を当てた。


「ステラよ。そなたの言葉が真実である証拠はあるのか?」


 ――やっぱり、そう来るよね。


 わかってはいたけれど、出せる証拠なんてない。


「……ありません」


 手のひらを握りしめて答えると、バーベイン様は失望したような顔をした。


「……やはり信用ならない……」

「……そもそも本当にあの娘は『戦場の天使』なのか?」


 大臣たちがヒソヒソ囁いている。


「騙されているのでは……」

「第三王子が連れてきた娘だぞ……あの娘も呪われて……」


 呪いとかなんとか言っている意味はよくわからないけれど、この空気は――良くない兆候だ。


「余に根拠のない妄言を申したと?」

 バーベイン様は氷点下の眼差しで私を突き刺した。


「いいえ、誓って真実です! 嘘ではありません!!」


「陛下」

 必死に訴える私の隣で、ルカ様が静かに口を開いた。


「私が保障致します。ステラは妄言を言うような娘ではありません。信じられぬと言うなら私の命を賭けましょう」


「――え」

 私は愕然とルカ様を見つめた。


「何を言い出すんですか!?」

「いいから。俺を信じろ」

 ルカ様はバーベイン様を見つめたまま小声で囁いた。


「命を賭けるか。ステラの話が虚偽だった場合、余はお前の首を刎ねるぞ。二言はない」


 バーベイン様がルカ様を見下ろす目は冷酷そのものだ。


「はい」

 震え上がるほど恐ろしい発言にもルカ様は動じない。


「どうかステラに戸籍を与えてください。ステラはアンベリスの益になります。必ず」


 我が子に対する情けなど欠片も持ち合わせていないかのような王の瞳を、ルカ様は臆さずまっすぐに見返して言った。


 場が静まり返る。


 痛いほどの静寂の中、バーベイン様は不意に小さく吐息した。


「良かろう。ステラに戸籍を与える」

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