終わりの始まり

福田牛涎

終焉と黎明

2243年3月29日 


私は今、行きつけの喫茶店の角に置かれているテレビを見ながら友達を待っている。


「第36回火星移住プロジェクトも、本日も含め後3日を残すのみとなりましたね」

「そうですね。相川さんはどうされるんですか?」

「勿論、私も最終日に参加しますよ。能面さんも行かれるんでしょう?」

もち論々ろんろんですよ。もう準備もとっくに済ませてます」

「それ三百年か前の言葉ですよね?もう死語も死語、古代死語ですよ。あはははは」

「いやいや、今、火星では流行ってるらしいですよ。これ」

「絶対嘘でしょ」

「はい、嘘です。済みませんでした」

「ははは。はい、それは兎も角、今日も第36回火星移住プロジェクトの詳細をお知らせいたします」


テレビでは、1週間ほど前からプロジェクトの最終日予告を兼ねて本計画に対する意義を説明をしている。


「それにしても遅いなぁ」


約束の時間は既に10分過ぎている。

彼女が遅刻するのは今に始まったことでは無いのだが、だからといって私も遅れてくる気はない。

なんて律儀な私と思いながらも、約束の時間を過ぎてからは右足を上下小刻みに揺らしており、実に体は正直者であった。


「おっまたせー!」と、威勢のいい声と共に待ち人はやって来た。


「おっそーいっ!」と、私は即座に非難の声を上げる。


「いやぁ。髪が上手く整わなくてさぁ」と、何時もの言い訳をしてきたので「だったら20分くらい早めに仕度したら良いでしょ」と何時もの正論を述べた。


「まぁ、今日のところは珈琲一杯で許してあげる。あ、生クリームも付けてね」


「えー、私も懐事情カツカツなんだよぉ。バイトの収入もそんなにないし」


「3回に1度要求しているだけマシだと思ってよね。そもそも遅刻してこなければいいだけだし」


「はいはい、わかりましたよー。以後きーおーつーけーまーすー」と、彼女は唇をアヒル口のように尖らせながら渋々承諾した。


彼女は、注文を聞きに来た店員さんに、先ほど要求したものと自分の飲み物を伝える。

店員さんが去った後、彼女は私に話しかけてきた。


「ねぇねぇ、聞いたぁ?」


「何を?」


「マスターがさぁ、とうとう愛の木の実を実らせたって話」


「知ってる知ってる。妹のリョクから聞いたよ」


「いやぁ、良いよねぇ。決死の愛の逃避行から、最後には結ばれるんだからさぁ」と、彼女は口元に絡めた両手を持っていき、少し上を向いて神にお祈りをするように言った。


「本当、まさか成功するとは思ってなかったよ。正直なところ」と、スマートフォンを操作しながらの私の感想に「だよねー」と彼女は返してきた。


「あ、来た」との私の言葉に「え?なになにー」と、彼女は両手の掌をテーブルの上に乗せ、身を乗り出した。

「妹から送られて来た写真」と、私は、スマートフォンに表示されている画像を彼女に見せると「うわぁ、綺麗。うげ、あいつも写ってる。しかも正装してるし」と感想を述べた。

そりゃ、そういう場なんだから正装もするでしょ。

そう思いながら、彼女に見えるように向けていたスマートフォンを手元に戻し、スリープモードにするとポケットの中に入れた。


「あとで画像送ってねー。あいつは言わなきゃ絶対送ってこないだろうし」と、彼女は苦虫を噛んだかのような顔をしながら言う。


「いや、普通に言ったら良いじゃん。愛の実が実った、だっけ?それの連絡くれたの爨儀さんぎさんなんでしょ?」


「愛の木の実ねー」

「いや、まぁそうなんだけどさ。娘のゆんゆんと一緒にマスターに付いていったきりずっと音沙汰無しで、漸く連絡寄越したかと思ったら、その話でさー」

「それも【朗報:遂に結ばれる】っていう何時の時代だよとツッコミを入れたくなる題名と共に、千字もの長々とした長文送って来てさー」

「しかも、私に対する労りとか無いの。酷くない?」


最後の言葉が一番重要なんだろうな。


「まぁ、でも、そう思うなら雲雲ゆんゆん爨儀さんぎさんの所に行ったらいいじゃない。そうすれば、何時でも話せるでしょ」


「うーん、まだいいかな。緑子はどうすんの?」


「私もまだ行かない…かな」


「あー、彼が居るもんねー」と、彼女は右の掌を口元に宛がうと若気にやけた顔をした。


「うーん、どうかな。あの人、今度のプロジェクトで行ってしまうし」と、私はテレビの方を向く。


「そなの?ふーん」と、プロジェクトに興味の無い彼女の素っ気ない返事が返って来た。


「でさー、今日どこ行く?行くところ決めてないなら、行きたいところあるんだよねー」


「いいよ。特に今日は何も無いし、奢ってもらったから好きなところで」と、彼女に答える。


「じゃあさー」と、彼女は話し出したが、行先はもう既に3回見ている映画だった。

「何回見ても良いものは良いんだよー」と彼女は言うが、3回も見れば内容覚えてしまうし飽きる、と私は思う。

しかし、好きなところで良いと言った手前、私は彼女に付き合うことにした。

ああ、なんて良い子なんだろう私。


「ええ話やったなぁ」と涙をうるうるとさせながら彼女は言う。

確かにいい話ではあるけれど4回目ともなれば、そこまでにはならない。

1年経って見るとかなら話は別だろうけど。

そんな彼女と、再び喫茶店(と言っても別のお店)でお茶をしながら映画の話を延々としたあと解散となり、今は一人で河川敷の道を歩いている。

空は既に朱色に染まり、川の中央にはキラキラと光が道のように広がっており、それらを創り出している主を背にして。


「ふぅ…」と、少しアンニュイな気分で朱色に染まった空を見上げる。


彼女との時間が楽しかった分、一人になった時の何かよく分からない喪失感。

そんなものを感じていた。

周囲に人が全くいない分、余計にそう感じるのかも知れない。

少し前なら、この時間でもジョギングをする人もそれなりに居たし、犬の散歩をする人もいたし、子供たちが河川敷で遊ぶ声も聞こえていた。

しかし、今聞こえるのは、舗装されていない砂利道を歩く私の足音と、自分の巣へと戻ろうとしているのだろう鳥の鳴き声だけであった。

全ては、火星移住プロジェクトにより、今では人口が激減した事が原因である。


始まってから今年で36回目。私の国では毎年10月頃から募集をかけて、3月31日の年度末に火星に向けて全国一斉に飛び立つのだ。

外国では既に終わっている国もあるが、私の国は3月末が年度末であるため、同様の国もその日に一斉に飛び立つ。

そして、今回が計画の最終で次は行われるかどうかすら未定なのである。

また、移住した人達と、そうでない人達では同じ国籍を持っていても、それぞれの星で徴収した税で国家運営を行っていくため、人口が多ければ多いほど、若い人が多ければ多いほど有利となる。

そう、もう地球には殆ど人が居なくなってしまっているのだ。


「ふぅ…」ともう一度ため息を吐いた時、ポケットに入れていたスマートフォンが振動した感触があったので取り出してみると、彼からメッセージが届いていた。

中身を読むと、端的に明日会いたいという内容であった。

私は承諾のメッセージを送り返すと、何個かの絵文字が送られて来た。嬉しいのだろう。

スマートフォンをスリープモードモードにして再びポケットの中に入れると、暗くなり始めた河川敷の道を小走りに家へと向かう。


家に着いた頃には、すっかりと日が暮れていたので、家に入ると、まずは手探りで部屋の照明スイッチを探す。


「…あった」


スイッチを入れると、部屋が明るく照らされ一気に視界が広がる。

部屋のテーブルの上に置いているリモコンの電源ボタンを押しテレビを点け、同様に暖房も入れた。

次に部屋の奥、台所へと向かい冷蔵庫を開けた時、買い物をして帰ってくれば良かったと後悔するのだった。


「明日、買い物しよっと」


そう思いながら、冷蔵庫にあったうどんの袋を取り出し、電子レンジで少し温めた後、鍋でインスタントのうどんスープと共に煮込めば完成。

薬味の葱も無い、正に素うどん。

湯呑に温かいお茶を入れて、使い古しの割り箸をお盆に乗せれば完成。

それを部屋のテーブルに置き、座り、いただきますと言おうとした瞬間「いけない忘れてた」と、玄関の下駄箱へと足を向ける。

下駄箱の上にあるのは、お爺ちゃんの写真。


「お爺ちゃん、ただいま」


そう言うと、再び部屋に戻って今度こそいただきますをして、またやっている火星移住プロジェクトの番組を見ながら食べた。

食器を洗って乾燥機に入れた後、歯を磨き、お風呂を沸かしながら入ってすっきりとした後は布団の中。

寝転がりながらスマートフォンに入れているお爺ちゃんが大好きだったMMORPGメガカオス・オンラインを起動した。


「あ、接続人数18人もいる」


そう思いながら、サーバーに接続して1時間ほど遊んだ。


「今日はこんなもんかな。結局誰にも会わなかったけど」

「本当に18人居たのだろうか」


そう思いながらスマートフォンの電源をスリープモードにして、枕元の先にある棚の充電器の上にそれを置いた。

部屋の電気は既に消しているので、このままお休み。


(うんうん、そうなんだ)

(えー、どうしようかな)

(まぁ、気が向いたらね)

(うん、じゃあ)


朝、雀の鳴き声で目が覚める。


「うーん、今何時ぃ」と、スマートフォンに手を伸ばし時間を見る。


「あー、もう7時か。仕方ない起きるか」


起きてまずは洗面所で顔を洗い、台所で冷凍庫から取り出した食パンに冷蔵庫から取り出したマーガリンを塗ってオーブントースターに入れて待つ事3分。

その間に珈琲を入れることも忘れない。

オーブントースターがチンと言っても30秒ほど待ってから開ける。

お爺ちゃんがいつもやっていた事の真似。

理由を一度だけ訊いたことがあるけど「何となく」らしい。


「うーん、良い匂い」


焼けたパンをお皿に載せて、温かい珈琲と共にお盆に載せて完成。

部屋に持っていきテーブルの上に置くと、テレビのリモコンの電源ボタンを押す。


(また、これかぁ)


そう思いながらも見るものも無いので、それを見ながら朝食を済ませた。

後片付けも終わった後で、今日は彼と約束しているのを思い出し「何時だったっけ」と、寝室で充電していたスマートフォンを持ち上げ確認をする。


「10時…か。えっと、今が7時50分だから、あと2時間ちょっとか」


約束の場所は歩いて15分程度のところなので1時間は遊べる、と思いスマートフォンからメガカオス・オンラインを立ち上げて遊んだ。


(えっ?いやいや、ないない)

(うん、もう、それはないよ)

(うんうん、じゃあ)


約束の時間の30分前に、お爺ちゃんに「行ってきます」と言って家を出て、約束の場所へと向かう。

予定どおり15分程度で到着すると、近くの街灯に背をもたせかけスマートフォンからネットに接続して時間を潰す。


「待った?」という声と共に彼はやって来て、それに対し「大して待ってないよ」と返答をする。

それから、昨日彼女と一緒に行った喫茶店に入りお茶。

喫茶店に置いているテレビでは、相も変わらず同じ内容の放送が行われていた。

ただ違うのは、日数だけであった。

彼はテレビの放送を見て「緑子は行かないのかい?」と訊いてくるが「うん、行かないよ」と返答した。

「そう…」と彼は悲しそうな顔をするので「まだ、残っている【人】も居るし、きっとまたやるよ」と言った。

「そうだね。その時は言って、迎えに行くから」という彼の言葉に「うん」と返答した。


「ねぇ、行きたいところあるんだけど、良いかな?」と私は彼に提案する。


「どこに行きたいの?」と訊いて来たので「映画館」と答え、昨日彼女と一緒に行った映画館へと向かう。


映画の内容は、端的に恋愛物である。

もう少し説明すると、主人公が自分の輝かしい未来を捨ててでも愛する女性の為に生きる、というものだ。

ありきたりな内容ではあるが、私は好きだ。

もっとも、この作品は見飽きた感があるけれど。

彼は初めて見たようで「とても良かった」と言った。

「そう?それならいいけど」と私は言って「じゃあ、お昼にしよっか」と、別の喫茶店に入り昼食を摂った。

その後は、洋服を見たり試着したりして過ごし、最後に食料品店で買い物をした。

彼は「持つよ」と言ってくれたけど「へーきへーき。自分で買ったものだし」と両手一杯に荷物を持つ。

帰りは、河川敷の道を通って帰ることにした。


「高校時代、ここからよく一緒に帰ったよね」


「そうだねぇ」


「あの頃は、夕方でも子供たちが良く遊んでいたよね」


「そうだねぇ」


「また何時か一緒に帰りたいね」


「そうだねぇ」


「ねぇ、今からでも遅くないよ。一緒に行こうよ」と、彼は誘ってきた。


「ごめんね」


彼は、今にも泣きそうな顔をしていた。

彼は、最初に会った頃から本当に感情豊かで裏表が無く、とても明るく、そして優しい人だった。

私は、そんな彼が大好きだった。

だから、断った。


それから、朱色に染まる河川敷を無言のまま二人で歩き、家の前で分かれた。

家に入ると、お爺ちゃんに「ただいま」と言って、部屋へと移動。

まだ夕日の明かりで部屋を見渡すことが出来たので、直ぐに電気を点けるのに困ることは無かった。

台所に入ったところで「よいしょっと」という掛け声と共に荷物を下ろし、食材を冷蔵庫に入れていく。


「これで1週間は買い物に行かなくても良いぞ」と、鼻息を鳴らしながらドヤ顔をする。


そして、本日は本格的なカレーライス…のつもりであったが、もう調理する気力が無いのでレトルトのカレーライスにする。

それと、水、スプーンと一緒にお盆に載せ、部屋でテレビを見ながら食べた。

何時ものように片付け、歯を磨き、お風呂に入り、布団に潜り込む。

そして、スマートフォンで例のゲームを遊んだ後、就寝。


(うん、いったよ)

(あはは、そりゃそうだよ)

(だって、うん、そうそう)

(わかった)

(じゃあねぇ)


何時ものように、雀の鳴き声で目が覚める。

適当に朝食を済ませた後、身支度を整える。


「鞄よーし、財布よーし、財布の中身もよーし、鍵持ったよーし」と指差し確認をする。

「じゃあ、お爺ちゃん、いってきまーす」


そう言って家を出て、彼女との待ち合わせ場所へ向かって歩き出す。

その道中、彼の家の前を通ると、丁度空港へ向かう途上だったようで、彼と彼の父母が車に乗り込むところだった。


「おはよう」と声を掛けると「あぁ、おはよう」と高揚の全くない無表情な顔での挨拶が返って来た。

「じゃあ、僕は行くから」と車に乗り込もうとしたところで動作を止め「君も今ならまだ間に合うから、用意して向かうと良い」と言って、止めていた動作を再び再開し車に乗り込む。

程なく車は走り出して、私はそれを見送った後、待ち合わせの場所へと向かった。


街灯の前に立ちながらスマートフォンを操作していると、珍しく時間内に彼女はやって来た。


「やっほー」


「はっやーい」


「なんでだよ。早いならいいじゃーん」と、彼女は昨日同様アヒル口をしながら非難するものの笑顔であった。


早速、彼女と何時もの喫茶店に行き珈琲を飲みながら小一時間ほど雑談をした後。


「今日は何処いこっか」と、私は言った後で直ぐに「でも、映画は駄目だかんね」と釘を刺す。


「あはは、流石に5回目は無いでしょ」という彼女。いや、私昨日5回目見たんだけど、と心の中で思った。


「今日はねぇ、ここにサイコロがあります!」と、右の掌に載せた賽子を見せて「とぉ!」という掛け声と共に、それをテーブルに放り投げた。


それ程強く投げているわけでは無いため、賽子は程なくその動きを止めた。


「1! 1が出ましたー!」と、彼女は無駄な高揚感と共に、ごそごそとポケットから一枚の紙を取り出す。


「えっと、1は水族館です!」


「うぇ、水族館って、ここからだと電車で1時間は掛かるよ」と、自分で書いておきながら落ち込んでいた。だったら、書かなきゃ良いのに。


「まぁ、いいじゃない。たまには」という私の言葉に「そぉ?んじゃ行こっか」と、笑顔になった彼女。


そして、私達は駅に向かって歩き出す。


駅に到着すると電車が出発したばかりで、次に来るのは15分後という事もあり、待合室でテレビを見ながら電車を待つことにした。


「第36回火星移住プロジェクト、とうとう本日が出発日です」

「もう間もなく、最後の宇宙船が出発致します」


「あ、ちょうど出発するところなんだぁ」と彼女の言葉に「そうみたい」と答える。


「能面さん、もう間もなくですね」

「そうですね。やっと来たかぁ、という感じですよ」

「そういう相川さんの今のお気持ちはどのような感じです?」

もち論々ろんろん、やっとこの時が来たかぁ、という感じですよ」

「それ、私が2日前にやった時に、相川さんが古代死語って笑ったやつじゃないですか」

「いやぁ、使ってみたくなったもので」

「あははは、それだけアゲアゲって事ですね」

「あはははははは」と、事前に用意された観客の笑い声と共に、二人は大笑い。


そして、最後の宇宙船が出発し終わると、司会の相川さんはこう言った。


皆さん、おめでとうございます。

本日、第36回火星移住プロジェクトは、つつが無く終了致しました。

これにより、全てのは宇宙へと旅立ちました。


新しい時代の始まりです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終わりの始まり 福田牛涎 @san_mulen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ