第12話

 散った光が一点に集約し、体長2メートルほどの石英のような真っ白な皮膚を持つ巨体を組み上げる。

 手脚は丸太のように太く、暴力をそのまま集約させたような筋肉をしており強烈な威圧感を放っている。

 曲ねじれた凶悪な角を生や醜悪な顔を白蛇に向ける。


「……っ!!」


 あまりの強く鋭い殺気に白蛇は背筋を凍らせ動きを止めた。

 化け物は両手にくの字に曲がった剣を持っている。

 その剣は薄暗い廊下を照らす魔力性の光を反射し、不気味な光を放っている。


「アレス、あいつを殺すにゃ!」


 レミの声をアレスは聞き取ると余裕のあるゆっくりとして動きで動き始めた。

 

 ◇


「腕が落ちたかのぅ? ヴォルペや」


 角を生やした鬼姫が紅の刃を鞘に納刀しながら狐に尋ねた。


「アホ! ……もともと……こんな……もんや!」

 

 全身に小さな切り傷を作り肩で息をするヴォルペが答える。

 深く息を吐いて呼吸を整える。

 度重なる肉体的疲労と会話により緩んだ緊張の糸。

 刹那の間視界が歪んだ。

 鬼姫はその小さな隙を見逃さなかった。

(やぁてもたっ!)

 ヴォルペの視界に鬼姫を捕らえたときにはもう刀に手が伸びている。

 鬼姫の視界で鮮血が舞って、直後生暖かい液体を浴びた。

 うめき声と共にヴォルペは倒れ、腕を鬼姫の方へ伸ばして脱力する。

 斬られた瞬間その目には強い恨みがこもっていたが、その光も消えてしまった。


「……斬った……のかのぅ」


 確かに斬ったという感触はあった、何度も行ったあの感覚を忘れるわけはない。

 確実に致命傷を与えたあの感覚。

 足元に転がってる死体となったヴォルペも本物だろう。

 だが、あまりにも——


「呆気ない……あまりにも呆気ないの」


 虚しさのこもった声でポツリと呟いた。

 直後とてつもない魔力を察知した。


(あの方角は……確かあやつのいた方面じゃな)


「妾の助けが必要そうじゃな」


 鬼姫はゆっくりと駆け出した。

 

 ◇


 剣技と呼ぶにはあまりにも荒々しかった。

 受け流すなんてことを白蛇は考えられない。

(ていうか、一撃でも受け流せば死にますよ!!)

 伏せた白蛇の上を膨大な威力の乗った剣が通過する。

 化け物が片腕で振るったはずの剣は、白蛇の剣速を遥かに凌駕し、コンクリート壁を打ち砕いた。

 白蛇は伏せた頭を頭を振り上げなんとか距離を取ろうと走り出す。

 だが化け物はそれを許さない。

 大きな体を前に倒し、床を砕いて砲弾のようにその体を加速させる。

 振り返った白蛇は反射的に両手の木刀を構えた。

 スピードに乗った巨体のまま繰り出される突き。

 その突きに乗ったエネルギーを白蛇が分散する技術も力もなかった。

 木刀を十字に重ねて力を込める。

 二刀であるメリットを捨て、今まで培ってきた技術を一切使わない、ただ数秒命を伸ばすためだけのその行為には小さな祈りが込められていた。

 木刀に剣が触れた瞬間、武器強化魔法と札で強化されたはずのそれはまるで小枝を折るかの如く軽くへし折られた。

 衝撃で後ろに飛ばされる白蛇とそれを追尾する邪悪な剣先。

 化け物の放つ剣は白蛇の胸を切り裂いた。


(後ろに飛ばされてなければ串刺しになっていましたね)


 後ろに倒れながら白蛇はそんな事を考えていた。

 尻餅をついて化け物の顔を見上げた。

 

「なんだ、敵に回すなら鬼姫の方がよっぽど怖いですね」


 緊張の抜けた白蛇は自然に呟いた。

 化け物の表情はただでさえ怒っていた表情はさらに怒りを帯びていく。

 大きく息を吸って胸を肥大させた。

 人間に例えるなら深呼吸だろうか、だが規模が違う。

 吸い出された息は大声に変わり辺りを揺らす。

 魔力を帯びたその大声は白蛇の体を破壊する。

 皮膚が焼け、眼球が蒸発し、肉が千切れる。


(ほんとに死にますね)


 出し切ったという謎の達成感と共に流れたのは幼くも頼りになる小さな少女の顔だった。

 

(走馬灯じゃ、ないんですね)


 直後、化け物の咆哮は大きな爆音と共に止んだ。

 外から助走をつけた勢いも殺さずにコンクリートの壁を粉々に切り裂き、飛び蹴りを繰り出せる鬼。

 化け物の顔を歪ませながら、音速で廊下を飛んでいく。


「弱いものいじめが嫌いでのぅ」


 再生しつつある耳でその音を捕らえた。


(ああ……その声は)


 憧れであり師匠であり、一番の友である人生で一番聞いた人の声。

 

(こうも、あなたの声は落ち着くものなんですね)


「すまんの、遊んでおったら遅れた」


 それだけをぼろぼろの白蛇に言うと、アレスの方を睨んだ。

 

「ほれ、来んか!」


 その声は今までで聞いたこともないほど怒りが込められていた。

 怒鳴り声と共に額から角を生やした。

 その声を聞いてなのかは不明だが、化け物も鬼姫の方を睨み返した。

 化け物は全身の筋肉を使い、全速力で鬼姫に突撃する。

 その突撃は空気の壁を突き破り、瞬時に迫った。

 迫り来る化け物に対し、鬼姫は微動だに動かない。

 加速する中、刃を大きく振り上げ高速で振り下ろす。

 次の瞬間、鬼姫に顔を掴まれた化け物は地面に叩きつけられた。

 純粋な腕力のみに頼って強引に地面に叩きつける強引な技である。


「破ァアッ!」


 ビリビリと空気が震え化け物の顔に亀裂が走る。

 

「ガァアアアアアア」


 自らの命の危機を感じたのか化け物は暴れ始める。


「静かにせんか!」


 2度目の衝撃により、頭がゴムボールのように弾け飛んだ。

 頭が弾けたことにより体を維持できなくなった化け物はみるみるうちに膨大な魔力にかわり、風に流されていく。


「良い術式じゃな」


 鬼姫はポツリと呟いた。

 直後金属音のような音と共に鬼姫の前で閃光が弾けた。

 気だるそうに発射点を見た。

 レミが足を震わせ、ブレない銃口を鬼姫の方へ向けている。

 鬼姫はニヤリと笑うとレミの方へ跳んだ。

 高速の一足飛びはレミの放つ弾丸よりもずっと速く迫る。

 レミには瞬間移動のよう鬼姫が目の前に現れたかのような錯覚をもたらす。


(ニャッッ!?)


 目を見開き驚きの表情が露わになる。

 その勢いを足に乗せ、足に乗せたスピードを利用して高速で抜刀する。

 だが、その刃は空を斬った。

 わずかな時間の中、レミは体を後ろに逸らし致命傷となりうる一撃を紙一重でかわしたのだ。


「嫌いじゃないのぅ」


 そう言うと再び鬼姫はレミの視界から消えた。

 

(後ろかにゃッ)


 本能的にそう察知し、振り返ろうとしたその時レミの意識は消えた。

 鬼姫の繰り出した鋭い手刀。

 その手刀はレミの首すじに当たり脳震盪とともに意識を昏倒させた。


「危なかったのぅ、お主よ」


 壁にもたれかかる白蛇に向かって遠目からこえをかけた。


「鬼姫があと3分遅かったら僕死んでましたよ」


 動けるまでに再生した自分の体を使い、鬼姫の元へ歩きながら返した。


「妾の絶妙なタイミングじゃな」


 鬼姫はカカカと笑い飛ばした。


「そういえば、あの狐の方……ヴォルペさんでしたっけ? はどうしたんですか?」

「殺した」


 淡白としたその言い方だった。


「……そうですか」

「まぁ、戦いとはそう言うもんじゃ」

「命の取り合いですからね」


 二人の間にわずかな沈黙が流れた。


「どうする、こやつのことじゃが?」

「殺しちゃうんですか!?」


 白蛇は驚きつつも訪ねた。


「決めかねておってのぅ、顔を見られたわけじゃし、なるべく殺した方がいいんじゃろうが」

「死人に口なしってことですか?」

「うむ、ただこやつまだまだ強くなりそうじゃ、今殺すには少々惜しい」


 二人が悩んでいると、男の声が響いた。


「こいつは貰ってくで」


 そう言って、高速でレミを抱き抱え、廊下を走り抜ける。


「ヴォォルペェ!! 貴様!!」


 鬼姫が怒鳴りながら刀に手を抜いた。


「おおっ! こっわいなぁ」


 冗談の混じった声で楽しそうにヴォルペは叫ぶ。

 

「待たんか!」


 鬼姫は叫びつつ、右腕を大きく振りかぶり、強く地面を踏みしめる。

 複数の関節を利用することで、最大限まで刀を加速させる。

 最も加速の乗ったタイミングで手を離し、槍のように投擲する。


「残念やったな」


 ヴォルペに触れるその瞬間、分身が刃を防いだ。

 その分身は刀を貫き速度をゼロにする。

 分身は煙となって消えた。

 

「ほなまたな、お土産置いてくわ」

 

 窓から身を乗り出しながらそう言う、8体の分身を作り上げてビルから飛び降りた。


「またんか!」


 鬼姫は声を上げるが、ヴォルペは視界から消えた。


「お主、あのバカの魔力は覚えておるな、魔力を追うんじゃ」


 鬼姫は刀を持っているかのようにいつも通り構えつつ、白蛇に命令を送る。


「わかりました」

「妾はこの雑魚どもを切り刻むとする」


 そう言うと、先程投げたはずの刀は光の粒へと変わり、鬼姫の元へ戻る。

 戻ってきた粒はまた刀へと姿を戻した。

 目を閉じて、今もなお高速で移動する魔力を追う。

 魔力の位置は、ほぼ直線で動いていることから恐らくは屋根を飛んで渡っているのだろう。

 無数の金属同士がぶつかる音の中白蛇はそう推測する。


(曲がった、左ですね)


 魔力を追尾しながら、より精度を上げる。

 ヴォルペの放つ魔力の移動がと一度止まる。


(一歩下がった……と言うことは扉でしょうか? っ!?)


 突如、反応が消えた。

 どれだけ、集中し探知の精度を上げても魔力のかけらすらも見つからない。


「鬼姫! 反応が……反応が消えちゃいました!?」

「なに!」


 鬼姫は飛びかかる最後のヴォルペの分身を切り払う。

 後ろに飛び退き、宙を舞っているヴォルペを袈裟斬りで切り下ろす。

 斬られた分身は後ろに倒れ白い煙へと変わる。


「お主、反応が消えたと言ったかの?」

「ええ、どれだけ探っても魔力を掴めなくなったんです」

「ほう……」


 鬼姫は顎に手を当てて少しの間、何かを考える仕草を取ると、また口を開いた。


「お主よ、魔力が消失した場所を覚えておるか?」

「はい」

「ならば、そこに向かうぞ」

「わかりました」



 大通りをまっすぐ5分ほど進み、そこから左に折れて、さらに先は右に左に曲がりすぎて覚えていない。

 何度か行き止まりにぶつかって戻ったりと、迷路のような道を20分ほど鬼姫と白蛇は進んだ。


「やっと着きました、ここです」


 ペンキが所々剥がれた赤い扉。

 元々は綺麗な赤色をしていたのだろうが、砂漠の強い日差しによってくすんでしまっていた。

 そんな扉があるのは裏路地にあるが、とこか溶け込めていない。

 下手なコラージュ写真のようなどこか浮いた様な強い違和感がそこにはあった。


「開けますよ」


 多少の怪我でも再生能力と相殺できる、白蛇が奇襲を警戒してドアノブに手をかける。

 

「ああ、気をつけるんじゃよ」

 

 鬼姫は刀をいつでも抜刀できるようにと構えている。

 白蛇は鬼姫の目を見て小さく頷くと、扉を開け放った。


「あれ?」


 誇りとカビと機械油の混ざったような香りとともに、錆びた機械やペンチなどの工具類、壁一面に吊るされた何かの設計図達。

 小さな工房の様な部屋だった。

 10年以上は放置されたその作業場は、それ以上でもそれ以下でもなくふつうの作業場だった。


「呆気ないですね、部屋の中に入ってからも魔力を探ってますが……特に反応はありません」

「そうか、鬼の眼の透視を使っておるが妾の方も特に変わったものはなさそうじゃ」


 二人は警戒しながら、部屋をまじまじと見渡した。


「『扉渡し』か、やられたのぅ」

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