第27話 秘密会談

「で、宋灰廉の密葬の後、半月ほど経って、観ではいつもの予定通り、この宴が開催されたわけだが」

 菱陽起はその時も、しごく普通に宴に参加した。

「そのおりに、葎華のやつから相談をされたのだ。ことの次第を洗いざらいぶちまけられてな」

 それはまあ、王葎華にしてみれば、およそ自分ひとりのキャパシティを大幅に超える事態であろうから、たれぞに頼りたくなるのも無理はあるまい。

 ただ、菱陽起に相談を持ちかけたのは、王葎華の方だけで、

「観長である沈どのの方からは、とくに何も言うてくることはなかったのだ」

「そうなのですか?」

「宋灰廉の死を看取った話や、遺作をいくつも託された話だけなら、聞いたのだが」

 いずれその遺作を、この宴の席で発表したい、そしてそれを定期開帳の秘神像にしたい等の、しごく真っ当な話は、一応は聞かされはしたそうだ。

 が、

「その一方で、あの解剖模型人形についてなどは、全く一切なにも聞かされておらぬ」

 ましてや先刻のように、焔に投ずるなどという衝撃的な演出(?)についてなど、カケラも知らなかったという。

 従って、亡き巨匠・宋灰廉が、あの解剖模型人形を二十年も所持していただの、かつて琅玕から購入しただの、その種の話は観長沈氏の口からではなく、王葎華経由でしか聞いていないのだそうだ。

「はあ、では、もし王葎華どのがことの次第を打ち明けなければ、一連の事柄について、菱先生はなにも知らずにいたやもしれぬと言うことですか」

「そうなるな。ただ儂は、葎華のやつから聞いた話を、あとから沈どのに再度ただそうとは思わなんだ」

 沈どのはあの薄気味悪い模型人形について、余人からつべこべと何かを言われとうはあるまい―――と菱陽起。そもそも、亡夫にかかわる事柄のすべてを思い起こしたくはない、忘れていたいという(菱陽起の説によれば)観長沈氏であるから、老乾道がえてそっとしておこうと判断したのは、当然といえば当然ではある。第一それでなくとも、親しいとはいえ、他所の観の長である菱陽起に、観長沈氏が自分の身の回りで起こることを何でもかんでも相談せねばならぬ義務があるわけではない。

「では、観長の沈氏と、王葎華どののおふたりは、宋灰廉どのから臨終の席でお話を伺ったのち、たとえばその、女どうし腹を割ってこの件について語り合うなり、情報を共有するなり、そういうことはしておられぬのですか」

「ああ、それはしておらぬはずだな。沈どのは王仁礼の顔も見たことはないはずだしな」

「ああ、なるほど」

 王葎華の産んだ息子、王仁礼の顔を、観長沈氏が直接見る機会が過去にもしあったなら、その父親がたれであるか、わからぬはずはない。

「だから沈どのはいまでも、自分の亡夫が生前に葎華のやつと愛人関係にあり、息子まで産ませていたなどとは全く知らぬわけだな」

 菱陽起は、王葎華に相談をされたおり、

 ―――観長の沈どのにとって、亡夫の話題はタブー中のタブーである。絶対に他言無用、特に、沈どの本人の前では口が縦に裂けても言うてはならぬ。

 でなければ相談には乗ってやれぬ、と念を押したうえで、観長沈氏の亡夫、岐鋭錘殿下(=王葎華の昔の愛人、王仁礼の父)が暴力亭主であったことや、沈氏の体にはいまでも傷痕が残っていることなど、話してきかせたのだそうな。

「儂も、葎華のやつにこのことを教えて聞かせるかどうか、だいぶ迷うたのだが、知らずにうっかり口に出されても困るしな。教えておくしか仕方がないわい」

 とはいえ当の王葎華は、一連の妙な因縁に驚きはしたものの、観長沈氏の過去に関しては、それほど興味をかれたわけではなかったようだった、らしい。

「あやつの関心は兎にも角にも、息子の仁礼のことだ」

「はあ、それはまあそうでしょうな」

 なにしろこれまでは、自分の息子は、単なる父なし子でしかないと思っていたものが、突如として、

 ―――岐の皇室の血をを引く御曹司。

 という、大層もない立場であることが判明したのである。

 となれば、それは人の子の母として無関心で居られるはずもあるまい。当然の事だ。

 しかるに、彼女から相談を持ちかけられた菱陽起は、

「華公代理閣下、華緑閃どのに連絡を取り、秘密裏に葎華のやつと会談していただいたのだ」

 と、妙なことを言いだした。


 

 

 

 

 

「な、なぜそこで華公代理閣下がお出ましになるのですか」

 なにしろ、事は岐の帝室の相続問題である。華国は直接には関係ない。

「皇帝そのひととまでは申しませぬが、皇族のおもだつどなたかであるとか、岐宮廷の重鎮じゅうちんのたれぞであるとか、そういうお方が出てくるならわかりますが、一体どういう事情でわが華の国主が…」

 が、菱陽起は、

「この件に関しては、華も決して無関係ではないのだ」

 そんなことをつぶやいて、ふいと奥に目をやる。そこでは相変わらず琅玕が、むっつりと酒を食らっているばかり。

 それを見て、

「ま、詳細は後に回そうか。共どののお気持ちはわからぬでもないからな」

 と、謎のような言葉を残した。

 妙な秘密主義は、琅玕ひとりではないらしい。

 そういえば琅玕も、昨夜はかの義伯父、華公代理閣下とずいぶん色々と語り合った、なにやら隠し事をされていただの何だのと言っていたが、華公代理閣下が菱陽起の取り持ちで、少し前に王葎華と会談していたことも隠されていたのだろうか。

「ああ、それは恐らくそうであろうな。共どのの機嫌が治ったら聞いてみるがよい」

 背後を振り向くと、琅玕はあいかわらずこちらを無視、酒の肴の干魚ほしざかなをむしった指を行儀ぎょうぎわるめながら、杯にどぼどぼと酒を注いでいた。…

「その、華公代理閣下と、王葎華どのは、つまり御子息の王仁礼どのの身の振り方についてお話し合いをなされたのでございますね?」

「左様、しかし、しゅに終わった」

「不首尾とは?」

「愚かな話で、葎華のやつは今すぐにでも息子ともども、帝室の血を引く者とその生母として、豪勢な暮らしが与えられるものと思っておったようだ」

 どうやら王葎華は、やはりなんのことはない、華公代理閣下の目の前で、安直な贅沢ぜいたく願望がんぼう白地あからさまにしたらしい。

 が、王葎華のあては外れた。

 華公代理閣下は彼女に、

 ―――いまは、そなたら母子の身辺調査の最中である。それが済んで、そなたの訴えに間違いのない確証が取れ次第、しかるべき身分と相応ふさわしいあつかいを与える。

 それまでは、これまで通りの生活を送りつつ、大人しく待っているように、と告げたのだという。

 王葎華は、これを侮辱ぶじょくと取った。

 ―――こうべんを弄して、結局は自分たち母子おやこは放置されるだけではないのか。

 と激怒し、華公代理閣下や同席の老乾道がどうなだめても納得せず、椅子をてて帰ってしまったのだという。

「そういうあたりが、葎華のやつの駄目なところよ」

 王仁礼の顔さえ見れば、彼が前尖晶王家の第一王子、岐鋭錘殿下の血を引くことはたれの目にも明らか、即刻皇族認定されるに違いない―――と、母の王葎華は自信満々に、そう思っていたらしい。

「それはそれで、無理からぬ事ではあるが、しかしだからと言って万が一、間違いや偽物の可能性がないとは言い切れぬからな」

 なればこそ、当局は、身辺調査を念入りにするという手順を省くわけにはいかぬのである。

 仮に、たとえば当代皇帝あたりが鶴の一声で、

 ―――調査など不要、ちんが認める。

 と言ったとしても、本当に調査をやめるようなことはない。絶対的な権力者といえども、そこまで勝手な真似は出来ぬもので、それが政治権力というものであった。

「要するに、身辺調査などというものは、真実を突き止めることも大事だが、それ以上に周囲を納得させるために行うものだ。王仁礼の血筋が疑われておるわけではない、いますぐが無理なだけで、もう半年も待てば必ず迎えを寄越よこす、と何度言うても、葎華のやつは聞く耳を持たなんだ」

「はあ、それで華公代理閣下との秘密会談は、結局、物別れに?」

「まあそうだが、だからと言うて閣下は王母子を見捨てたわけではないぞ」

 王葎華は確かに無礼であるが、それはいわゆる、

 ―――下々の無知ゆえの分別のなさ。

「によるものであることは、華公代理閣下もようわかっておられる、いちいち腹を立てるほどうつわせまいお方ではないわい」

 と、菱陽起。

 とりあえずいまのところ、王母子はそっとしておくべし、いずれ調査終了のあかつきには予定通り、十分な庇護ひごを与えるつもりでいたのだそうだ。

「が、まさかそのまえに、王仁礼本人が火災で焼け死んでしまうとはな。まあ生存の可能性もあるわけだが」

「それは良いですが、その、わが華国国主たる華公閣下がこの件に絡んでくるのは一体なぜです」

 紫翠は、それがどうしても気になる。

 当たり前の話で、繰り返しになるが、よその国の国主が、他国の相続問題にわざわざ直接口出しをする―――などということは普通はしない。それも、未来の皇帝候補(?)の母と会談に及んだり、身辺調査をしたり、いつどのような庇護を与えるかを決めたりと、みずから陣頭じんとう指揮しきを取るレベルで深く関わるからには、よほどの理由がなければなるまい。

「ふむ。…」

 菱陽起は白髯はくぜんもてあそびながら、なにやら、様子でもうかがうような視線を遠慮がちに奥へと向けた。

 奥では琅玕が、あいかわらずひとり勝手に黙々と酒を食らっていたが、菱陽起の無言の視線を受けてさすがに手を止めた。

 そのまま、杯をぐっと干し、酒臭い息を大きくひとつ吐くと、ようやくこちらへ向き直る。

 そしておもむろに、なにやら皮肉そうな口ぶりで、語りはじめた。

「華国兵部卿たるこの俺と、未来の岐皇帝たる当代尖晶王殿下の間に、縁談が持ち上がっておるのだそうな」

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