第16話 遺跡
琅玕は、紫翠をつれて一度別邸に戻った。
なにしろまだ朝であるから、宴が始まる戌の刻までまだだいぶ時間の余裕がある。紫翠は自室で一休みをしつつ、自分と琅玕ふたり分の
観からは、宴に参加するにあたって、
―――
という条件を提示されている。
招待されるのは、それなりの階層の人間ばかりのようであるから、ただ身元を
その間、琅玕本人はといえば、宴の出席準備など紫翠に任せきり、朝食も食わず、また苑環を呼び出してなにやら指示を与えたり、どこぞに人を走らせたり、かと思うと今度は自分がどこかへ出かけていったりと実にあわただしい。
(閣下は、なにゆえ突然、玄牝観での宴などに出る気を起こしたのやら)
明確な理由があるなどと言ってはいたが、結局、観を辞したあとも、琅玕はその理由とやらを説明しない。
ここしばらく、変に突拍子もない出来事ばかりが続くせいか、紫翠も、すぐに事態のなんたるかが解明されなくても、あまり不都合を感じなくなっている。
(いまは、何がなんだか解らなくとも、いずれ解るときが来るのだろう)
大した根拠もないまま、なんとなくそんなことを思いつつ準備をととのえ、
別邸に差し向けられた目立たぬ
琅玕は、目元のみ隠す仮面をつけているが、紫翠は顔の傷痕を全て隠さねばならないので、顔面を全て
さいわい今回はそんな展開にはならなかったが、観に到着すればしたで今度は、門前でなにやら、踊り子かなにかのような
―――今宵見聞きすることは全て、他言無用にてお願い致します。
なによりも先にそれを念を押され、連れてこられたのは、本堂のだいぶ奥まったところにある、日頃は関係者以外は立ち入り禁止の札の下がった扉の前だった。
「…これは」
扉をひらくと、おのれの目を疑うような光景が広がっていた。
「な、なにゆえこの観に、このような場所があるのですか」
横に数人並んで上り下りできそうな、かなり広い石階段。それが下に向け、ずいぶんと地下深くまでのびている。
石階段の奥底には
「宴は、地下室で開かれているのですか」
そう聞いても、案内役の若坤道はなにも答えず、やはり角灯を取り出して
そのあとについて、文句も言わず自分も階段を降りていく琅玕。しかたがないので紫翠も黙ってその後に続く。
黙々と、どこまで続くかも判然とせぬ階段を降りながら、
(途中から、足音が変わったような気が…)
ふと、そんなことを思った。
「紫翠、手をのばせ」
「え?」
「俺の方じゃない、壁を触れ」
隣で、琅玕がまた妙なことを言い出す。
言われた通り、腕をのばして壁を触ってみたが、そこにあるのはざらざらとした硬い触感。指先を触れたまま、しばらく階段を降りつづけてみたが、何歩おりても指先が継ぎ目をさぐりあてることはなかった。土壁でもなく
自分たちの他にも、前や後ろには灯を持った坤道に
「途中までは、
「そ、そんな大掛かりな造りなのですか」
石段を降りながら、琅玕は、周囲を注意深く観察していたらしい。
「どうもこの道観、
「遺跡?でございますか?」
「このあたりの土地に、我々の祖先が入植してきたのが何千年前か知らないが、それより前、もし別の、先住の民族がいたとして」
「はあ」
「その先住民族がただ去ったのか、我々の祖先に攻め滅ぼされたのか知らぬが、ともかく居なくなり、その後、彼らが築いた建築物が
「それで?」
「その後に我々の祖先なり、別の民族なりが入植してきた場合、遺された建造物やら何やら、そういうものは普通、壊してしまうものだが、なんらかの理由で壊し切れなかった、あるいは意図的に壊さなかった場合というのがあるようだ」
「壊さずに、遺してどうします」
「大概は、埋めてしまうようだが」
埋めた上で、さらにその上に別の建物や施設を築いてしまう―――という例が、割によくあるらしい。
「場合によっては、先住民族の遺した建造物を流用して、そのまま住み着いてしまうパターンというのも珍しくないと聞く」
「…この遺跡も、そうだと仰るので?」
「住み着いているというのとも、また違うだろうが、どうも宴は地下遺跡のなかで催されるようだな。まさしく遺跡をいまに活用しておるわけで、まあ似たようなものだろう」
なんだかよく解らぬ琅玕の講釈を聞きつつも、紫翠は、先を行く先導の若坤道の様子を伺う。当然ながら、ふたりの会話は彼女にも聴こえているはずだが、無視するよう指示でもされているのか、それとも単に興味がないのか。とにかく、会話に関心を示す様子はなく、反応はいっさい返ってこない。
結論として、琅玕の憶測は当たった。
石階段を下り切った先には、今度は傾斜のない平坦な
その開口部には、上から
「…これは」
圧倒され、紫翠は、その場に棒立ちになった。
若坤道が帷をくって入っていった向こうは、本当に地下かと疑いたくなるような、想像以上に巨大な空間。
「
琅玕が、喉の奥で小さく
目前に広がるのは、
そちこちに無数に輝く燈明や
大伽藍のなかに天井をささえる柱は一本もなく、何やら、雪でつくったカマクラをそのまま巨大にしたような構造である。よほど巨大、かつ硬くて頑丈な岩盤を、膨大な時間をかけて根気良く掘りぬいたものか。
「一体いつごろ造られたものか、見ただけではわからねど、こうも巨大な伽藍が長期間、
だとするとこの岩盤、相当、硬い岩と見える、などと琅玕が顎をひねって
そのうえ一体どんな仕組みなのか、よほど
巨大伽藍の
楽師の姿をした坤道が各所に散らばり、思い思いの楽器を手にして
伽藍の床の中央には、客席を真ん中で分断する道路のように、向こう端からこちらまで長々と
いずれなにか
「こちらへ、おいでくださいませ」
呆然としていたところを案内の若坤道に
「こちらで、すでにお待ちでございます」
大伽藍のまわりの壁には、無数の
龕の正面には目隠しの
その
「ああどうも、お久しぶりでござる
「久しいのう共どの、いやさ、兵部卿閣下とお呼びせねばならぬのだったな。
あらためて御出世をお祝い申し上げる、と老乾道は杯をかかげた。
「なんの、面倒ですゆえ呼び方などこれまで通りで結構」
琅玕は琅玕で、勝手に側の椅子を引き寄せながら、無造作に告げる。
(どういうつながりか知らぬが、どうも顔見知りらしい)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます