「くに」を離れて
今 こうして此処に来ると
少し 「くに」が淋しくなる
一人暮らしは自分で決めたのに
独りでの生活には慣れていなかった
ただいま。
出迎えはない
おかえり。
誰にも返せない言葉
行ってきます。
見送りはなく
いってらっしゃい。
言うこともできない
おはよう。
いただきます。
ごちそうさま。
おやすみ。
どれもただの独り言
挨拶なのに相手がいない
はぁ。と吐く溜息も
静寂の中で木霊する
静けさをなくすために
テレビをつけて
独り笑う
面白くて
笑いながら
思わず声が出る
話す相手はいないのに
自分独り 話し続ける
少しして 我に還る
淋しくなって
人恋しくなって
受話器を取る
もしもし と
出る相手は
やたら自分の心配をして
嫌になって受話器を置く
天邪鬼だと
自嘲して
また溜息が出る
おはよう。も
おやすみ。も
行ってきます。も
いってらっしゃい。も
ただいま。も
おかえり。も
いただきます。も
ごちそうさま。も
ごめんなさい。も
ありがとう。も
いつもいつも 気づけないけれど
本当にそれは 大切な言葉で
面倒くさくても イラついても
本当はそれは ありがたい幸せ
今「くに」を離れて分かること
ようやく この身に沁みること
家族との暮らし
聞き慣れた声や音
普通という名の特別な日々
幸せを構成するのに大切なこと
全てが「くに」にあったもの
もう一度 受話器を取る
いつまでも「くに」にいることは
いつまでも「くに」にあることは
悲しいけれど 叶わないから
もしもし と
出る相手は
やたら自分の心配をする
今度は笑って
安心して、大丈夫。
僕なら上手くやってるよ。
素直になって話し出す。
僅かに「くに」を近くに感じて。
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