第14話 来訪者:売れない小説家――①


「いらっしゃいませぇ~。異世界カフェにようこそぉ!」

「……」


 カウンターの中でにっこりと笑うシラユキに、ウィルはなんとも言えない表情で眉間に皺を寄せた。


「……なに……、何だって?」

「異世界カフェにようこそ!」

「異世界……カフェ……」


 ウィルは言葉の意味を反芻していた。

 館の一室。

 カフェ室、と呼ばれているこの空間は、基本的にシラユキの趣味で成り立っている。

 もともとは館にやってきた人間――迷い込むか、自由に行き来するかどうかに関わらず――に対してお茶やコーヒーを出す、というところが出発点だったらしい。それがシラユキの趣味によってだんだんとカフェ風になっていった。館には別に食堂が存在しているものの、シラユキがほぼここにいるせいで、住人の食事にもこちらが活用されている。

 だが、ここが異世界かと言われると少し違う。

 ここはむしろ、その異世界の外にある所だ。異界の狭間、どこでもない場所。それはなによりシラユキが一番良くわかっている、はずなのだが。


「どうかしら。こう言うと喜ぶ人がいるって言われたのだわよ」

「誰だそんな頭の悪……、珍妙な入れ知恵をした奴は」


 こういうときはたいてい双子の片割れ……のはずだが、その片割れとてそんなことを言うはずがない。

 ということは、誰でもない第三者――。


「私よ!」


 テーブルの方から声が飛んできた。

 ボブカットに眼鏡をかけた女だった。

 見た目は三十歳前後、クリーム色のアランニットのセーターに、深い青のジーンズ姿の女である。


「お前、チョコバナナ!」


 女を見たウィルが叫んだ。

 

「違うぞウィル、メロンパンみてーな名前じゃなかったか?」


 ひょこ、とウィルの後ろから、双子の片割れことカナリアが顔を出す。


「どっちも違うわ。チョコメロンサンドよ!」


 女の応酬。


「いい加減に私の名前を覚えなさいよ!」

「インパクトはあるが覚えにくい。それに、本名じゃないだろそれは」


 この女の本名である「坂本菜子」の方がまだ覚えやすい。

 そしてその名前からわかる通り、この館の住人ではない。このカフェ室の客である。

 要は――異世界からの客だ。


「うちのカフェ担当に妙な事を吹き込むんじゃない。何しに来たんだ」

「ネタをもらいにきました」

「お、おう……」


 急に真面目な敬語になる菜子へ、ウィルはなんとも言えない顔をしてみせた。

 坂本菜子。自称「売れない作家」である。自称どころか、最初に出した小説が漫画やアニメ化も果たしたというれっきとした作家である――その後がパッとしない、というだけで。

 チョコメロンサンドという珍妙なペンネームは、「たまたまネットにあげた小説だったから、名前はどうでも良かった」とかいう理由でそうなった、らしい。

 たびたびここへ来ては話のネタをゆすりに来る、ウィルいわく迷惑客のひとりである。

 

「そんな毎度毎度、面白い話とか無いぞ」


 あってたまるか、というのが本音だ。

 

「この間、猫がウィルのマントの中で迷子になってた話とかするか?」

「なにそれ?」

「マントの中に入り込んじゃった黒猫ちゃんが、出られなくなって鳴いてた時のことよねぇ」

「そんな猫あるあるを聞きたいわけじゃないのよ!」


 実際、猫あるあるかと言われるとそうでもない。

 なにしろその黒猫は――どこにでもいて、どこにもいない猫だ。

 ゆえに、ウィルが気付かないままマントを羽織った結果、マントの中で「どこにでもいてどこにもいない」状態になった黒猫は出口を見失い、出られなくなった。外して広げてやるまで、マントから悲しげな声を上げ続けていた。


「何かもっと面白い話とかないの? この男が各地で現地妻を作りまくってるとかない?」

「人聞きの悪い事を言うな!?」


 名誉毀損にもほどがある。

 

「現地妻ってなぁに?」

「現地妻ってなんだ?」

「いい、双子ちゃんたち。現地妻っていうのはね……」

「双子どもに余計な言葉を教えるんじゃない!」


 油断も隙もない。


「それより、俺達と鉢合わせした時の話はどうなんだ。とりあえずそれで茶を濁せ」


 これ以上余計なことを喋られる前に、ウィルは先手を打った。

 

「って言われてもね~……」 

「ウィル君とカナちゃんに会った時のことよね。そういえば、しっかり聞いた事なかったのだわ。何かダメなの?」

「別にダメではないけど」


 菜子は首を傾げる。


「あのときは、そう……確か……私が引っ越しを終えた直後のこと……」


 ウィルは、結局語るのかよ、ともう少しで言いそうになるのをこらえた。

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