双龍繋ぐ、か細き矢

ヘツポツ斎

第1話 殊勲

  おお、称えよ。我らが血を。

  おお、称えよ。我らが友を。

  おお、称えよ。親を、郷を。

  おお、称えよ。我らが祖国を。



 耳をつんざかんばかりのはずの大合唱が、何故か遠い。暴れ回る血流は、しかし冷たく、ハーゲルの身体を縛り付ける。


「やったなハーゲル、大手柄だ!」


 駆け寄る部隊の仲間たち。その笑顔が輝いている。正義の体現がなったのだ、と疑っていないのだろう。


「あぁ、」


 何か言葉を探そうとした。出てこなかった。自分の作る笑顔は自然なものになっているだろうか。この腕の震えには勘づかれていないだろうか。この指が、弓からまるで剥がれてくれそうにないことには。


 ――この胸に渦巻く、巨大な喪失感には。



 死体に目をやる。たった今、射殺した者。屈強なる戦士、その死を衆人が大手を振って歓迎している。

 それはたちまち一部隊をあげて、馬上へとつるし上げられた。


「反乱軍の首魁フューレ・デアヴェルトは討ち果たされた! この勝利は、我々に偉大なる一歩をもたらすであろう!」


 堂々たるカリュリスの宣言。歓声が、拍手が、歌が沸く。


 指導者を失った反乱軍に、容赦なく掃討部隊が動きだす。抵抗するもの、逃げ惑うもの、まちまちだったが、もはやそこに勢いはない。

 ハーゲルの部隊にも掃討命令が下った。しかし、ハーゲルの足は動かない。


「お前はもう、これ以上手柄立てんなよ」


 冗談めいた同僚の声掛けに、曖昧な笑みで答えた。意気揚々と作戦に向かう背中たちを見送り、ようやく胸が開いた感じがした。漏らした息に、わずかに喘ぎが交じったのを気付かずにおれない。


 フューレ・デアヴェルト。あの男が最後に見せた、あの笑顔の意味を、いったい誰が理解したことだろう。あの、血なまぐさい場にはあまりにも不似合いな。あたかも新しいおもちゃに出会った子供のような。


 ハーゲルの射線に身を晒し、そう、確かにフューレは動きを止めた。その気になれば、避けられたはずの一射だった。


「こんなプレゼントも、まぁ悪くねえよな」


 聞こえるはずのないその声が、何故耳に届いたのか。

 途端に腕が固まった。矢と、眉間とが分かちがたく結ばれた、としか表現出来そうにない。そうでもなければ、あれだけの極限状況の中、ハーゲルの矢がフューレを捉えられるはずもない。


「フューレ・デアヴェルト」


 ハーゲルは呟いた。いつの間にやら弓を取り落としていたことにも気付かなかった。



 視界がにじむ。

 膝から崩れ落ちる。

 喧噪が、更に遠くなる。

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