第7話

ヴィンスとパトリシアが夫婦の様に過ごす時間も、あと少し。


婚約者であるラウルは最近、日ごと綺麗になっていくパトリシアを意識しているようだが、相変わらず女をとっかえひっかえ遊んでいた。

ただ最近では、銀髪女性が多いように見受けられるのだが。

こちらが何も言わないのを良い事に、国王も何も言ってこない。

バカ息子を諫める事もしない国王にルーナは、憤慨やるかたないといったふうに元皇女とは思えない品のない言葉を滾々と吐き出している。

そんな母の言葉に、パトリシアの心は救われていた。そして、全く根拠はないがきっと全て上手くいくと思えるのだから、不思議だ。

十八歳で学園を卒業し、二十歳で婚姻。

結婚式の半年前ともなれば今まで以上に忙しくなり、森の家にはほぼ寝る為に帰ってきている感じだ。

それでも、愛する人と一分一秒一緒にいる為に、二人は残り少ない時間を惜しむように寄り添っていた。


そして、この家で一緒に過ごす最後の日がやってきた。

その日は二人とも家に籠り、何をするにも離れる事は無かった。

食事の支度をするにも、何かを取に部屋を移動するにも・・・お手洗い以外は常にくっ付いていた。と言っても、扉の前で待っているのだが・・・

そして夜。

テラスにソファーを置き、一枚の毛布の中で身体を寄せ合い星を見上げる。

ルーナから貰ったとっておきのお酒と、一緒に作ったつまみ。たわいない話をして、静かな時間を過ごす。

幼い頃の話や家族の話。お互いに知らない事が沢山あって、時には爆笑し、時には静かに涙を流した。

頬を寄せ合い額を合わせ、触れるだけの口づけを交わす。

毛布の中では指を絡める様に手を繋ぎ、融け合うくらいに身体を寄せ合った。

月もない夜空は、降るような幾千億もの星に彩られている。そして、まるで涙の様に流れる星々。

二人は静かにそれを眺めた。


――――そして、夜が明ける。


支度を終えると二人は静かに抱きしめあった。

「ヴィンス、ありがとう。体には気を付けて」

「トリシャ、一生のお別れみたいな寂しい事は言わないで」

「そうね・・・ヴィンス、またね」

「あぁ、またな、トリシャ」


笑顔のまま二人は、それぞれの場所へと転移したのだった。




実家に戻ったパトリシアは、結婚へ向けての最後の準備を始めた。

結婚式の前日、パトリシアはアントニーとグレンからあるものを渡された。

「パティ、この薬はねたった一回の性交で妊娠できる薬だ」

「・・・・え?」

家族から性的関係の事を言われ、思わずどもってしまったパトリシアだったが、その真剣な眼差しに居ずまいを正す。

「俺はねあんなボンクラにかわいい娘を嫁がせるのは、未だに納得してないし反対だ。なのに、俺達はあまりにも無力だ」

「お父様、それは違います。私が望んだ事なのです。ですから、どうかご自分を責めないでください」

「あぁ・・・パティ・・・だからね、俺達にしかできない事でパティを助けたいと思ったんだ」

「・・・・それが、この薬ですか・・・」

「そうだ。俺の友人で薬学に詳しい奴がいてね、実験魔道具と引き換えに作ってもらった」

あぁ・・・だから、ずっと忙しそうにしていたのか・・・

「さすがに、男女を産み分ける薬は作れなかった・・・そこまでいくと神の領域になってしまうからね」

いや、一回の性交で子供ができる薬というのも十分にすごい事だろう・・・と、パトリシアは丸薬が十粒程度入っている小瓶を見つめた。

「それとこれは俺から」

と、兄のグレンが小さな香炉のようなものを置いた。

形は卵型で、大きさも卵と同じ位。

スリガラスのような外観に小さな花の模様が彫られていて、そこから中が見えた。

「これは・・・夢幻魔道具?」

「あぁ。お前の魔力を流せば速攻効果が出る様にしてある」

夢幻魔道具とは、名の通り夢を操る魔道具だ。

何故、これを渡されるのかわからないパトリシアはその精巧な作りに見とれていた。

「あの下半身脳のボンクラ王子対策だよ」

「下半身脳・・・・」

言い得て妙で思わず噴き出したパトリシアに、グレンの眼差しも少しだけ柔らかくなった。

「俺たちは、本当に最低限の接触で済ませてやりたいと思った。たった一回で子ができるのなら、それ以上接触しなくてもいいだろ?だがあいつは絶対にしつこく迫ってくるはずだ。そんな時にこれを使えばいい。夢と現実の区別がつかなくなる。夢の中でまでパティが陵辱されるのは不快だが、現実で起きるよりはいいだろうと」

その言葉にパトリシアは、思いっきりアントニーとグレンに抱き着いた。

「ありがとう!お父様、お兄様!」

あぁ・・・なんて心強い味方なのだろう。

「愛してるわ、お父様、お兄様」

「俺達も愛している。ライト伯爵家は、パティの為だったらなんでもできるよ。大切な大切な宝物だからね」

「それに、早くヴィンセントの所に帰してやりたいしな」

兄の言葉にパトリシアは目を瞬かせた。

家族にはヴィンスの事は話していた。ただ一人愛する人なのだと。

ライト家はあまり身分を重要視していなかった。だから、家を捨て平民でもあり冒険者でしかないヴィンスの事を、普通に認めてくれていた。

だが会わせた事はなかった、のだが・・・グレンの口調から、顔を合わせている事が窺えた。

「ヴィンスに会ったの?」

「いや、会いに来てくれたんだよ。彼の方からね」

「いつの間に・・・」

「それに母上とは、ギルド関係で何度か顔を合わせていたようだった」

お互いS級だから、そういった事もあるだろう。

ましてやルーナは変装していたとはいえ、パトリシアの様に変装の魔道具で別の容姿をしていたわけではない。

感の良い人間にはバレてしまうこともあった。

「ヴィンスは、なんて?」

不安そうなパトリシアにアントニーは機嫌良さそうに笑った。

「挨拶をしに来てくれたんだよ。これから一緒に暮らすことを許してほしいという事と、パティの未来を貰い受けたいと、ね」


あぁ・・・なんて愚かで愛おしい・・・


パトリシアの目が見る間に潤み、静かに雫が流れ落ちた。

そんな宣言をしてしまったら、その未来しか選択できないではないか・・・・

自分に枷を与えるような事を・・・・何て愚かな事を。

だが、同時に歓喜に打ち震える事も、また事実。


「母上も彼の人柄を知っているから、喜んでいたよ」

「そんな・・・何年かかるかもわからないのに・・・」

「ヴィンセントも、必ず戻ると言いながら最後はきっとパティが自分から離れていくはずだから、それを阻止したいのだと言っていたよ」

バレていたのか・・・・と、パトリシアは呆然とした。

確かに彼との未来は、希望の様に胸の中で輝いている。実際、望む未来に向けて準備はしているのだが、どこかで諦めもあるのは致し方ない事だと思う。

それを何度も訴えてはいたのだが、口で言っても頷いてくれない事がわかってからは、秘かにヴィンスを解放しようと心に決めていたのだ。

あの森の家にも、誰も入れないよう強力な結界を張りなおすくらい、本気で。

ヴィンスですら入れないように。

なのに、既に初めから彼は手を打っていたというのか・・・・


静かに涙を流すパトリシアに、グレンは優しく頭を撫でた。

「彼に甘えてもいいと思うぞ。あの覚悟は誰も揺るがすことはできない。パティも信じてやってくれ」

優しい兄の言葉が、どこか不安定で落ち着かなかった心を、まるで凪いだ海の様に穏やかにしてくれるのが分かった。

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