第3話


パトリシアは幼い頃から母であるルーナに連れられ、ギルドに登録をし冒険者をしていた。

ルーナから魔法と剣の手ほどきを受け、父から魔道具を与えられ十三歳で冒険者として独り立ちするまでになっていた。

ギルドにはトリシャと言う名で登録。父から貰った変身魔道具で容姿を変え、転移魔法で各地を回りながら依頼をこなし、十五歳でA級まで登りつめた。

基本パトリシアはソロで活動しており、時折何人かでパーティを組むことがあっても、その時限りだ。

若い、しかも女性でありながらソロで活動しているパトリシアは良くも悪くも目立っていた。

容姿も変えてるとはいえ、父をモデルとした容姿にしている為、顔の作りは整っている。

余談ではあるが、アントニーは研究馬鹿なため、自分の身なりは二の次でルーナがいなければきっといまだにもさいままだっただろう。

そのようになった原因が、幼い頃に幼馴染だった初恋の相手に「変な瞳の色だ」と言われ、そのショックで前髪で常に目を隠し引き籠ってしまったのだ。

だが、ルーナはその瞳を誰よりも美しいと称賛し、愛してくれる。

アントニーの瞳は、まるで朝焼けの様に透き通ったオレンジと紫色の美しいグラデーションをしている、不思議な色合いをしていた。

ライトブラウンの髪を整え顔を露わにすれば、これまで彼の容姿をバカにしていた者たちが見惚れるくらいの美丈夫に変身。

そんな愛する夫の事で、ルーナがよくパトリシアに話すのは、婚約式での事。

アントニーとルーナの婚約式には彼の目を貶した幼馴染も参加していて、憎々しげにルーナを睨んでいたという。

彼女は、アントニーと結婚するのは自分なのだと。あんな偏屈を理解できるのは自分だけなのだと周りに吹聴していたらしいのだ。

だが、彼の心を射止めたのは、帝国の美しい皇女。

散々、牽制するかのように「彼と結婚するのは私だ」と聞かされていた令嬢達から、こそこそと陰口を叩かれているのをルーナは横目で見ていた。

そしてわざとらしく、アントニーとイチャイチャし見せつけ、溜飲を下げていたのだという。

「だって、私のトニーの美しい瞳を貶して傷つけたのよ?屈辱にまみれてもらわないと、腹の虫も治まらないわよ」

その幼馴染がその後どうなったかと言うと、「アントニーは皇女に騙されたんだ。本当は私を好きなのに」と変わらすキャンキャン騒いでいるようだが、誰も相手にしていないらしい。

何十回と聞かされたその言葉に、結婚するなら両親の様に想い想われたいと子供ながらに考えていた。

だが実際は、頭と下半身が緩い王太子の婚約者に。

良くも悪くも真面目な性格のパトリシアは、一応婚約者がいるのだからとそれなりに周りには気を付けていた。

冒険者として仕事を請け負う時も、誰かと深く付き合わないようにしていたのだが・・・・

あの男の軽薄な言葉で、パトリシアは好きに生きようと決めたのだった。


それからのパトリシアの行動は早く、迷いもなかった。

神出鬼没だった冒険者トリシャは、国王と話し合いの後、自由になる時間をもぎ取りかなりの頻度でギルドに顔を出すようになった。

とにかくお金を稼ぐ為に、報酬の高い依頼を片っ端から受けていったのだ。

今現在も冒険者として稼いできたお金や、家から渡されるパトリシア分の財産。そして祖父にあたる皇帝からの個人的に譲渡された土地や金品もある為、かなりのお金持ちである事には間違いない。

だが、あって困るものではないし、将来的に自分が描いている未来に進めるのかもわからない以上、保険として財産を増やしていかねばならないと思っていた。


冒険者仲間達とは深く付き合わないパトリシアだったが、ただ一人だけ例外がいた。

ヴィンスと言う、パトリシアより五才年上のS級冒険者。

名前も恐らく本名ではないのだろうが、パトリシアとは絶妙な距離感をもって接してくれるたった一人の友人とも言える。

ほぼソロ活動のパトリシアも、手に余る案件は必ずヴィンスに声を掛けていた。

ただここ最近のパトリシアの行動は、彼女の抱えている事情など知らぬ周りからは、死に急いでいるようにさえ見えるようで、ヴィンスが常にパートナーとして付き合うようになったのだ。


あまり外見にはこだわらないパトリシアだったが、ヴィンスは母の次に美しいと会う度に思っていた。

宵闇の様な黒く艶やかな髪に、少し冷たさを感じるアイスブルーの瞳。目や鼻の形や配置・・・本当に神が一つ一つ自ら創ったのではと思うほどで、母であるルーナもそう思わせる一人だ。

その容姿とS級ランクと言う地位に惹かれる女達は、常にヴィンスに群がっていた。

このままハーレムでも築くのでは・・・いや、既に築いているのではと思っていたのだが、彼は意外にも女関係は綺麗なものだった。

そしてパトリシアを見つけると一番に駆け寄り、優先してくれる。

実兄とは全く正反対の、面倒見の良い兄の様に思っていたが、次第に別の感情も胸の奥底に芽生えてくるのが分かっていた。

あえてそれから目を背ける様に付き合っていたパトリシア。


だが、もうそんなことをしなくてもいい。

あの男は互いに自由にすればいいと言った。

だから私も好きにする。

もう、気持ちを抑える事はしない。・・・たとえそれが期間限定の付き合いだとしても。


ヴィンスに対してのパトリシアのガードが緩くなるにつれ、ヴィンスは彼女に常に寄り添うようになり、やがてバディを組むようになった。

正式にバディを組んでからの二人は急激に接近。傍から見れば、恋人や夫婦と言われてもおかしくないほど親密な間柄に他人からは見えていたのだが、二人の関係性はバディを組む前と何らかわってはいなかった。

それらすべてを鑑みてヴィンスは、パトリシアに何かしら試されているのでは・・・と、いつも思っていた。

そんなある日、パトリシアが土地と家を購入したことを偶然、ヴィンスが知る事となる。

この国からみて帝国とは正反対に位置するノウス国との国境近くに土地と家を買ったパトリシアは、依頼が終わればそこに帰っているのだと言う。

彼女は誰も招待しなかったし内緒にしていた。相棒でもあるヴィンスにでさえも。

だがそれを知ったヴィンスは、傷ついたような表情でパトリシアを問い詰めた。


「トリシャ、俺に何か言うことは無いの?」

依頼完了の報告を終え、それぞれ帰ろうとしたその時、ヴィンスがパトリシアを引き留めた。

驚きにぱちくりと目を見開くパトリシアに「可愛いじゃねぇかよ!」と心の中で叫ぶヴィンス。

気を抜けば緩みそうな表情をキュッと引き締め「大きな買い物をしたんだって?」と不機嫌そうに呟けばこれ以上大きくなるのかと言う位に目を見開き、そしてすぐに困ったように微笑んだ。

「ここではちょっと話せない事だから・・・・ついてきて」

そう言ってヴィンスと手を繋ぎなおし、人気のないところで転移した。

転移したその先は緑あふれる森の中で、視線を巡らせれば少し先に緑の屋根の可愛らしい家が建っていた。

「ヴィンスはこれが知りたかったんでしょ?」

パトリシアに手を引かれ家の中に入れば、とても落ち着いた空間が広がっていた。

玄関から入ってすぐに目につくのは、小さめのダイニングテーブルに可愛らしいデザインの椅子が二脚。奥には小さなキッチンがある。

ダイニングと仕切るかのように透かしの彫刻が美しい衝立が置かれ、その先には暖炉のある広めの部屋があり、大きな窓が解放感を演出している。

暖炉の前にはブルーグレーのソファーが置かれ、足元には鳥と蔦の模様が織られたカーペットが敷かれていた。

家具は必要最低限しか置いていなくて、他者が見れば女性の部屋にしては少し寂しい気がするかもしれない。

だが、ヴィンスにしてみれば、余計な物がない彼女らしいと言えばらしい空間で、初めて訪れたのにとても安心してしまう居心地の良い空気に、自然と頬が緩んでいくのが分かった。

好奇心丸出しの眼差しで部屋を忙しなく見渡すヴィンスに、クスッと笑いながらパトリシアはお茶をすすめた。


向に座り嬉しそうにお茶を飲むヴィンスを見つめ、パトリシアは自分を落ち着かせるように息を吐いた。

こんなに緊張するのは、初めての事。

婚約解消を申し出た時ですら、緊張などしなかった。


これからヴィンスに話すことは、自分勝手な要望。

彼が了承する確率は半分以下どころか、ゼロに等しいかもしれない。

そして、嫌われる可能性の方が高い。

嫌われたらそれで致し方がない・・・とも思うのだが、胸がギュッと痛む。

本当はヴィンスをこの家に招くつもりはなかった。あれだけ、自分の好きにするんだと意気込んでいたのに・・・・

招いてしまえば、自分の欲望が抑えきれず悲しい未来に巻き込んでしまうと、なけなしの良心が迷わせるから。

でも、招いてしまった。抑えきれなかった。


例え期間限定であっても、私はヴィンスを愛し愛されたいから・・・・


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