第35話・責任の取り方

 ──こうして《影の英雄団》との戦いは終わった。


 落ち着いてからフィオナとライラ、メリッサにも聞いたが、彼女たちも三体の悪魔に見事勝利。

 俺も悪魔を取り込んだイルザをことにより、事件を解決に導いた。

 まだ近くにいた《影の英雄団》の残党も捕らえることも出来た。もっとも、全員ではなさそうだったが、なんにせよ頭首リーダーであるイルザがやられたのだ。《影の英雄団》はこのまま、自然消滅していくだろう。


 俺たちは街【カマブーズ】まで戻ってきて、ギルドに今回の顛末を説明した。

《影の英雄団》を消滅させた上に、四体の悪魔も処理したのだ。俺たちは盛大にギルドに迎え入れられることとなった。


 心残りだったのは、悪魔が完全に消滅してしまったかどうか分からないことだ。


 一度説明した通り、悪魔は現世で死ぬと魔界に帰る仕組みとなっている。

 イルザの中にいた悪魔はともかく、残り三体の悪魔については、フィオナたち三人も完全消滅を確認したわけではない。


 もし、もう一度あの悪魔たちを召喚させてしまう人間が現れれば、またもや人間と悪魔の戦争が起こるだろうが……それについてはあまり心配していない。


 なにせ、俺たち四人が揃ったのだ。

 今回のような惨劇を二度と起こらせる気はない。



 ◆ ◆



「……ってことだな。今はギルドも忙しくてそこまで手が回らないと思うが、の治療が終わり次第、裁判が始まるだろう。そこでお前は司法の手によって裁かれる」


 病室。

 俺は窓際の椅子に座って、ベッドで横になっている一人の少女に語りかける。


 彼女は体中、管のようなもので繋がれて、そこから血液や栄養を送り込まれている。

 なんでも最新式の魔導具らしい。

 全く……俺がちょっと《極光》を離れているうちに、こんなものまで開発されているとはな。


 これがあれば、治癒士も商売上がったりかもしれないが……それも良いかもしれない。

 治癒魔法の才能がなくても、この魔導具さえあれば誰でも瀕死の患者を治療することが出来るというわけだから。


「…………」


 当初、彼女は視線を前に向けたまま、口を開こうとはしなかった。


 しかし声に一定の調子を保ったまま、


「……どうして私を助けた」


 と俺に問いかけた。


「助けた? なにを勘違いしている。お前にはまだ、色々と聞きたいことがあったからだ。あそこでお前を殺す必然性が低い。そうだろ? ──イルザ」


 答えるが、彼女──イルザは俺を一瞥すらしてくれない。


「まあ、そういうことにしてやろう。だが、貴様がまだ人を殺せないという事実には変わりない。人を殺すのが怖いか?」

「うーん、どうだろうな。ただ……今回はお前を救える手段があった」


 それが黒滅だった。


 黒滅の元である光魔法は万能な魔法。

 イルザの内部にいる悪魔だけを消滅し、彼女を殺さないことも可能であった。

 もっとも──これは自信を持って言えることなのだが──そんなことが出来るのは、現状俺くらいだろうがな。


「それに俺の黒滅は、まだ人を救うには力が足りないみたいだ。お前を無傷のまま救うというわけにもいかなかった」


 ゆえに現在のイルザは管で繋がれ、魔導具によって生かされているような状態となっているのだ。


「だが、しばらく頑張れば治療も終わるだろう。前と同じように動けるようになるのは、難しいかもしれないが……少なくとも、日常生活を送る上では支障がないレベルにまでは戻る」

「ふんっ、治癒魔導具というのも大したことがないな」

「贅沢を言うなよ。お前は《影の英雄団》を率いて魔物を売買し、悪魔を召喚して現世に地獄を形成しようとした大悪党なのだから」

「私はただ、貴様と戦うのにふさわしい力を得たかっただけだ。それ以上の大層なことは考えておらんよ」

「悪魔は人ではぎょせられない。お前がそう言おうとも、俺たちがいなければあの悪魔たちは好き放題暴れていただろう」


 悪魔とまともに戦えるのは現状、俺を含め《極光》の四人だけだろう。


 フィオナとライラ、メリッサも二年前は悪魔に敗北を喫してしまった。

 もっとも、隠していた本気の片鱗を出したり、この二年間で爪を研いでいたり、二年前はある事情で本気が出せなかったり──という理由もあり、今回は勝利を収めた。


 俺たちはまだまだ成長していけると実感した事件でもあった。


「……私は黒滅に憧れた」


 不意にイルザが手を伸ばす。


 それは太陽という光を手を伸ばし、希望を掴もうとしているようにも見えた。


「貴様の黒滅の光はだ。人の人生を壊す」

「自覚はあるよ」

「他の《極光》の女たちも、そんな黒滅に光に魅入ってしまった人間の一人だろう。それほど、黒滅は罪深い」


 そうだ。


 我が強い彼女たちが、たった一つののために同じ道を進める理由。

 それは黒滅の光が道標となっているからだ。


 どんなに曲がりくねった道であろうとも、黒滅の光を目指して彼女たちは歩き続ける。


 だから。


「責任を取らなくちゃならない」


 そう言って、俺は椅子から立ち上がる。


「長居してすまなかったな。また来る」

「また来る……か。面白いことを言う。余興ついでに、もう一つだけ聞かせてもらおうか。その責任とはどういうことだ?」

「彼女たちの人生を、俺が背負うことだ」


 二年前、俺は彼女たちの前から逃げてしまった。


 しかしもう迷わない。

 なにがあっても、俺は彼女たちと共にある。


 これが俺なりの責任の取り方だ。


「くっくっく、今までで一番面白い。まさか一人だけでは飽き足らず、三人とも貴様のにするとはな」

「はあ? なにを言って──」

「人生を背負うとはそういうことだろう? あの者たちが戦い続けて、いつの間にか婚期を逃したらどうするつもりだ」


 そ、そんなこと、考えもしなかったな……。


 なにせあの三人は、百人男がいたら全員が認めるほどの美少女。

 その気になれば男なんて選び放題の立場だろうから。


「だ、だが、彼女たちの意思の問題もあるだろう? 一緒に冒険者パーティーを続けていくだけならともかく、俺なんかと結婚しても嬉しくないだろう?」

「黒滅と結婚出来るなど、女として最高に誉れなことだぞ? そうだ。私も立候補させてもらおうか。貴様のお嫁さん候補にな」

「勘弁してくれ……」


 と溜め息を吐く。


 こうして傷だらけの状態でも、イルザはその美貌を隠しきれていない。

 俺なんかと出会っていなければ、こんなことにはならなかっただろう……とつくづく思う。


「こ、今度こそお別れだ。今度、会う時にはもう少し元気になって──」


 慌てて病室から出ていこうとした時であった。


「黒滅っ!」


 イルザが俺の名前を呼び、清々しい声でこう叫んだ。


「私は必ず、また剣を取ってみせる! そして今度は私だけの力で貴様と戦おう。そうなった時、貴様はもう一度私と戦ってくれるか?」

「当たり前だ。何度でもかかってくるといい」


 俺がそう即答すると、イルザの表情が柔らかくなった。

 これが本来の彼女の姿なんだろう。

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