第2話・かつての仲間

《光の勇者たち》から追放された俺は、【カマブーズ】という街を訪れていた。


「全く、あいつら……自分の実力も知らずに……」


 アークだけではなく、他のパーティーメンバーの様子を見るに、どうやら俺の追放は前々から決まっていたことらしい。


 あいつらが俺のことを疎んじていたのは、なんとなく気が付いていたが……まさか予告もなしに、追放を言い渡されるものとは思っていなかった。


「さあて、これからどうするかな」


 装備品や所持金、そして冒険者ライセンスは全てアークたちに没収されてしまった。

 生活していくためには、最低限の金は必要となる。


 しかし俺は冒険者の仕事しかやってこなかった。

 冒険者という仕事に辟易としているものの、今更他の仕事が出来る気もしない。


 やがて俺は武器屋の前で足を止める。


「しばらくは一人ソロでやっていくにしても……武器も取り上げられてしまったんだったな。武器を新調しなければ」


 だが、金はない。


 どうしたものかと、店先に並んでいる剣を眺めながら考えていると……。



「ノア?」



 不意に女性の声が聞こえた。

 反射的にそちらに視線を向けると、そこには見知った顔があった。


「フィオナ」

「やっぱりノアよね!? わー、ノアだー!」


 彼女は俺を見るなり顔に喜色を浮かべて、こちらに駆け寄ってくる。


「久しぶりね、ノア! やったー! ノアだ、ノアだ!」


 彼女は何度も「ノア」と呼んで、俺に抱きついた。


「……フィオナ、ちょっと暑苦しい。しかもみんなが見ている前だぞ」

「あっ、ごめん!」


 俺が言うと、フィオナはすぐに離れた。


「で、でもっ! 久しぶりに会ったんだから、仕方ないじゃない! それにしても……今までどこに行ってたのよ! すっごく探したんだからっ!」


 一転。

 ぷんぷんっと頬を膨らませて、フィオナは俺にそう問いかけた。


 フィオナ。

 銀色の長い髪に、恐ろしいくらいに整った顔立ち。

 俺が《光の勇者たち》に所属する前に入っていた冒険者パーティー時代の、元仲間だ。


 しかし逃げるように俺がそこを脱退してから、フィオナとは会わなかったが……まさかこんな形で再会するとは。


「適当にやってたさ。そっちはどうだ?」

「どうだ……って! 他人事みたいに言うわね。あんたが抜けてから、私たち《極光オーロラフォース》は実質みたいなものよ!」


 とフィオナの声が周囲に響き渡る。



 ──そうなのだ。

《光の勇者たち》に所属するより前。

 俺は《極光オーロラフォース》というパーティーの一員だったのだ。



《極光》はこの世界で唯一S級に認定された冒険者パーティーである。

 そこにいる四人は全員S級冒険者──おっと、違ったな。昔は四人ではあったが、今の俺はS級ではない。正しくは三人だ。

 しかしそこにいるメンバーの全てが『最強』というのは疑いの余地がなく、《極光》はどんなに困難な依頼でも達成してきた。


 依頼達成率100%。

 そんな『最強』の一角が、目の前のフィオナであった。


「……さすがに《極光》の現状は聞き及んでいたがな。どうしてそんなことに?」

「だって、ノアがいなくなるんだもん! ライラもメリッサも自分勝手だから、『ノアがいないなら、一緒にやる意味はない』と言って、どっかに行っちゃうしっ! だから私はあなたを探して……って! 恨みつらみを言う前に……今まであんた、どこにいたのよ!?」

「違う冒険者パーティーに所属していたんだ。《光の勇者たち》っていうパーティーは知らないか?」

「あー、なんかA級パーティーにそんな名前があった気がするわね。でも、あんま大したことなさそうだったから、特に注目もしてなかったわ。あんた、そこにいるの?」

「ああ。だが、追放されてしまってな」

「……は?」


 フィオナが目を丸くする。


「どうしてあんたが追放されるのよ」

「実力不足……だそうだ」

「実力不足ぅ? あんたが? はっ! 笑わせるわね。最強パーティーと言われた《極光》の中で、だったあんたが? 《光の勇者たち》はなにを考えてんのよ!」


 俺の答えに、フィオナは声を荒らげる。


 こうしている間にも、周りの人たちは俺たちを見てコソコソと話をし始めた。



「おい……あのお方って、絶刀ぜっとうの魔導士フィオナ様だよな?」

「世界にほとんどいないと言われている、S級冒険者……! 俺、初めて見た」

「美人だよなあ。俺、声かけてみようか」

「やめておけ。彼女は男嫌いで有名だ。フィオナ様だとは知らずにナンパした男が、彼女に血祭りに上げられた話は有名だろ?」

「あれはただの噂なんじゃないか? というか、だとしたらフィオナ様と喋っている男は何者だよ。ぼーっとしてて、なんかパッとしないが……」



 ……というような内容だ。


 それはフィオナの耳にも届いたのか、彼女はかっと目を見開く。


「ちょ、ちょっと! 血祭りに上げたって人聞きが悪い。軽〜く、お仕置きしてあげただけじゃない。それにノアをパッとしないって誰が言ったの!? 血祭……じゃなかった、お仕置きを……」

「おいおい、やめろ」


 剣をとしているフィオナの肩を掴んで、彼女の凶行を止める。


「あんなものに耳を傾けるな。お前はちょっとは余裕を持て」

「むーっ、ノアが言うなら我慢する」


 そう口では言うものの、フィオナは釈然としない様子である。


「話を戻すわね。《光の勇者たち》から追放されたと言ってたわね? ということは、今は一人ってことよね」

「ああ」

「だったら……言うわ」


 そう言って、フィオナはさっと手を差し出す。


「お願い、ノア。私たち《極光オーロラフォース》に戻ってきて。《極光》にはあんたの力が必要なのよ! 私はもう一度、《極光》にかつての輝きを取り戻したいの!」

「…………」


 差し出された手を見て、俺は一頻り考える。


《光の勇者たち》とは違って、《極光》は居心地の良いパーティーだった。

 そんな《極光》をいきなり抜けたのは、ただの俺の我儘だ。


 フィオナたちとはしばらく顔を合わせたくなかったので、全ての情報を抹消して……だ。

 そのせいでS級冒険者ライセンスもなくして、F級からのスタートになってしまったがな。


 だが、俺はを境に全力で戦うことをやめた。

 こんな現状で果たして、俺は彼女の隣にいる資格はあるのだろうか?


 どうしようかと思考を働かせていると……。



「てめえら! オレの前に立つんじゃねえ!」



 突如、乱暴な声が聞こえた。


 フィオナと同時、そちらに顔を向けると……そこでは顔以外全身、鎧に身を包んだ男が暴れ回っており、周囲の人間に乱暴を働いていた。

 目の焦点はどこを向いているか分からず、口からは涎が出ているのがはっきりと分かるのに、それを正そうともしない。


でもやってるのかしら」


 フィオナの目線がきつくなる。


「王都で流行っているらしいな。最近は治安が悪い」

「どうしよっか。放置するわけにもいかないし、私があの男にしようかしら」


 とフィオナが俺の顔を覗き込んで、にやぁと笑う。


「お前は手加減が苦手だろうが。こんなところで絶刀ぜっとうを振るったら、周囲に被害が出る」


 ゆえにフィオナは市街戦が苦手だ。

 そうも言っていられない状況なら別だが、《極光オーロラフォース》ではこういう時、他のメンバーが担当していた。


「他に冒険者もいないみたいだしな。俺が対処する──おっさん。この剣、借りてもいいか?」


 俺は店の外に並んでいる、なんの変哲もない剣を刺して、武器屋の主人に訊ねた。


「べ、別にいいが……その剣は、店の中でも一際ボロい剣だぞ? もっと良い剣なら、店の中にもあるが」

「選んでいる暇はない。それに……いくらボロくても問題ない」

「ちょ、ちょっと待て!」


 武器屋の主人が止めるのも聞かず、俺は暴れている男に向かって駆け出していた。


「あんなオンボロな剣でどうするつもりなんだ!? あの暴れている男はC級冒険者。しかもあの鎧はミスリル製で、あんなオンボロ剣で斬れっこないのに!」

「大丈夫よ、ノアは剣を選ばない。それに……」


 後ろから、フィオナと武器屋の主人が話している声が聞こえた。


黒滅ノアは誰にも負けないわ」

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