幽霊環町
吹野こうさ
プロローグ
プロローグ -1-
大地が空を殺した。だから海は大地を殺した。
「貴方たちのトリックは、私には丸見えなんです」
立ち入り禁止の無人ビルの中。どこからか隙間風が吹く捨てられた部屋で、探偵助手の
犯人の
「やめてくれない? 適当な嘘でっち上げて、誰でもいいから捕まえて、それで事件解決? 探偵も警察も無能すぎ」
威勢はいいが、海が犯人なのは明らかだ。探偵の由衣も警察の
被害者は
由衣は海の隣に座り、優しい口調で説き伏せる。
「嘘じゃないのは、君が一番理解しているだろう?
「! っだから何よ? 大地に恨みがあるから殺したって言うの?」
「動機は結果の過程だよ。複雑な心の機微は本人にしか分かり得ない。私に分かったのは、君が空さんと何をしたのか」
由衣が空の名前を出した途端、海はわなわなと震え出した。怒りか焦りか、悲しみか……海の目は瞬く間に涙ぐんで充血する。
「……何、言ってんの? 空は……」
「そうよ、空ちゃんは自殺して……亡くなってる」
春は非難の目で由衣を見つめた。
「空ちゃんは確かに大地君にいじめられてたわ。自殺の原因だって大地君だと思う。でも、私言いましたよね? ここで幽霊を見たって。怨念のこもった瞳で、私を睨みつけた幽霊の足元で、大地君が死んでたって。大地君は幽霊に殺されたんじゃないんですか?」
由衣は春のヒステリックな叫びすら包み込む、陽だまりの微笑みで鷹揚に頷いた。この場にとって異質な笑みは、逆に春をしかめっ面にさせる。
「春さんの証言は嘘ではないと思っているよ。でも一つ、勘違いがあるんだ。そうだね、最初から敷衍して説明しようか」
それから由衣は立ち上がると、春に座るように促した。
「大地君は空さんをいじめていた。空さんはそれを苦に自殺してしまった。その場所がこの部屋だ。あそこの欠けて尖った梁のところで首を括った。――あぁ、ごめんね、あまり思い出したくないよね」
海は否定せず俯いている。春はその背を撫で、由衣に続きを促した。
「ここまでが中学生の時の話だね。卒業間近の二月の事件だった。その後、大地君はさしたる咎めもなく卒業し、君たちとは別の高校へ進学する。空さんが幽霊として現れたのはいつぐらいの話かな?」
由衣が海に尋ねるが、海は黙りこくったまま返事をしない。紬はそっと由衣に耳打ちした。
「十一月です」
「うん、十一月か。海さんは空さんと再会し、大地君の殺害計画を立てる。そして実行したんだね」
春は由衣に噛み付く。
「そんな、馬鹿げた話で海ちゃんを逮捕しないでください!」
「春さんも霊感あるのにどうして否定するんですか?」
間髪入れずに紬が詰問すると、春はうっと顎を引いて紬を見遣る。
「幽霊が見えるのなら、分かりますよね? 未練を残して亡くなった人たちがこの世に干渉しようとする。それが幽霊です」
「で、でも、私、空ちゃんの幽霊なんて見てません」
「見てるんですよ。知らないうちに」
「紬君、あまり言い詰めるものではないよ」
由衣は人差し指を唇に当てて紬を黙らせる。
「さて、順を追って事件当日の話をしようか。大地君は自力で殺害現場までやってきた。誰にも見られていないし、誰にも話していない。それはなぜか? 知られたくなかったからだね。大地君は空さんを死なせてしまった自覚があった。だから、幽霊として現れた空さんに遭遇して、まずこの場所に来たんだろう。確かに死んだんだって自分の目で確認するために。あの梁を見て、この場所の既視感で安心するために」
由衣はそこで言葉を区切ると、春の理解が追いつくのを待つ。
あの梁の擦れた跡。今となっては事件の残滓でしかないが、やはり見ると思い浮かべてしまう。ロープがきしんで、足が浮いて。一人きりの薄暗い部屋で、苦しみから逃れようと死を選ぶ彼女の痛み。紬には想像を絶する孤独だ。
「それこそが二人の狙いだった。そして空さんは再び大地君の目の前に現れる。驚いた大地君の全神経は空さんへ向かうね。海さんは隠れていたのかな。気付かれないように後ろからロープで大地君の首を絞めた。だから非力な海さん一人で殺害ができたし、防御創も首を引っ搔いた跡しかなかった」
「で、でも私が見たのは……」
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