売れ残り聖女の白かったはずの結婚〜「愛されるはずがない」と妹に馬鹿にされていたお飾り妃、年下王太子に「君だけに全てを捧げたい」と溺愛されて幸せを掴む〜

たかた ちひろ

1章

第1話 残り物令嬢、聖女認定される


思えば、残り物ばかり与えられてきた人生だった。


――リシュリル公爵家。

私はその三女として、この世に生まれた。


リシュリルは重職を歴任するほど、王家からの信頼が厚い高貴かつ由緒正しい家柄だ。

名を聞けば、貴族の中にはひざまずくような者すらいる。



その三女なのだから恵まれた出自だと他人は言うかもしれないが、その実は違う。


私の母だけは正妻ではなく妾だったため、兄弟たちの中でも、私だけは幼いころから冷遇されてきたのだ。

料理も服も部屋だって、なにもかも残り物を与えられた。


唯一、母は「あなたは誰より美しい子よ」と常々言ってくれていたが……そんな母が他界してしまってからは、令嬢として扱われることさえなくなった。


それどころかまるで使用人のように、あごで使われる日々だった。兄弟の誰もが私を下に見ていたと記憶している。


それでも結婚しさえすれば、この苦しみから抜け出せる。どんな相手に嫁ぐことになっても今よりはましだ。

そう信じて、悔しさや辛さに耐えてきたのだが……



結局、そのときが訪れることはなかった。


たぶん私のような妾の子を誰かに嫁がせるのを、父が嫌ったのだろう。


残り物ばかりを与えられて生きてきた結果、今度は私自身が残り物になったわけだ。





「28にもなって結婚もしてないご令嬢。そのような方、審判をくだすまでもないでしょう」

「神父殿。これは儀式みたいなものです。未婚の公爵令嬢には皆様、受けていただいているのです。……まぁもう、令嬢とお呼びしていい歳でもないかもしれませんが」


客間にて。

すでに待機していた私は、扉の外から不躾な話を漏れ聞いた。


喋っているのは、国から派遣された神官たちだ。



身分で言えば、貴族の方が高い。普通は誰だろうと腹を立ててしかるべき内容だが、私はといえば、そうはならない。


もう他人にこうした偏見を持たれることにも、慣れきっていた。

心ひとつ乱されない。


「ご機嫌麗しゅうございます、アンナご令嬢」


だから、外での態度と打って変わり、いっそ丁寧すぎるくらいの挨拶を受けても笑顔で応じることができた。


白の聖衣に身を包んだ初老の神官と、その補助役だろう見習い2人。


形だけは丁寧に彼らは私の座る机の前、片膝をついて一礼をする。



まどろっこしいので、私の方から早々に切り出すこととした。


まだやるべき仕事が残っている。こんな形だけの儀式に付き合っているよりは、そちらを済ませてしまいたかった。



「挨拶なら結構ですよ。毎年恒例の審判でしょう? それであれば、手早く終わらせましょう」

「えぇ、こちらもそのつもりです」


補助の見習い神官が答える。

彼にしてみれば、丁寧な受け答えをしたつもりかもしれないが、早く済ませてしまいたいという本心が透けて見えた。


でも、もう怒ったりする感情もない。

彼らだって仕事で、嫌々ここにいるのだ。


審判に必要な水晶玉を机の上に置いてもらうなど、用意を整えて貰う。


「では、アンナご令嬢。聖水をお飲みいただき、それから、こちら水晶玉に触れていただけますでしょうか」


神官に促され、私はまず水を口にした。


これも儀式の一環で、神の審判を前に穢れを祓い、身を清める意味があるのだそう。



そもそも、この審判は『聖女』様を見いだすための儀式だ。

伝承によれば、数百年に一度だけ適正のある女性が公爵家の中から現れるらしい。



聖女様は、きまって未婚とされている。

もちろんそれだけではなく、特殊な魔法を使えたり、人心掌握のすべに長けていたり、と国の窮地を救う女神のような存在とのことだ。


そのため誰もがその出現を待ち望んでいるが……


発現する年齢も決まっていなければ、現れる年もいっさい不明なのが厄介な点らしい。そのため、彼らは毎年こうして審判を下しにやってくる。



途方に暮れるほど、無駄な儀式だ。時間も、お金も、何もかも。


私はこの日が来るたびに、そんなふうに思っていた。


「さ。お飲みになりましたら、次はこちらです。真に心が清らかかつ、聖女の器があるものが触れた時のみ、反応するとされています」


自分が聖女かもしれない。

幼い頃は、そう胸躍らせたこともあったが、そんな眩しい少女は今やここにいない。



ここにいるのは、齢28の令嬢。

普通、遅くとも20前後には結婚をするのが貴族社会だから、売れ残りと揶揄されるのは仕方がない。



だからこそ今の私は、妹・メリッサが嫁いだステッラ公爵家で、5つ年下の彼女にいびられながら、使用人として馬車馬のように働いているのだ。



私は水晶に映る自分の姿を改めて見る。


後ろで一つくくりに束ねただけの毛羽だった銀色の髪、飾り気のないさっぱりした顔は化粧などもちろんしていない。


なんの気なく、ただ早く終わってほしいという理由で水晶に手を振れる。


「な、なにこれ…………」


目を、見開かされた。


私が触れた途端、白く眩い光が水晶から発されたのだ。


魔導式の間接照明みたいに、いや、それよりずっと力強い。

周囲一帯を、視界を白色で覆う。卓上に置いていた経理関係の資料がまるで見えなくなった。


手を離すと、それは徐々に治まっていく。


「…………これは」


神官は狼狽えて、隣の見習いと目を合わせる。


玄人らしい神官でもわからない現象を、若い彼が知るわけもなく、強く首を横に振っていた。


その後、二つの視線は私へと向けられる。

疑念を含んでいることは、その瞳が顰められていることで分かった。


「……イカサマなら、していませんよ。私が一番驚いていますから」


そう、言葉を紡ぐのもやっとなぐらい。

状況をよく飲み込めないのは、私も彼らと同じだ。


去年までもう三十回近く繰り返してきた、この儀式だ。

姉妹が行ったものを含めれば、もっと多く、私はこの儀式を見てきた。


だが誰も、一度きりだって、それが輝いた瞬間など見たことがない。


「あ、アンナ様……! とにかくもう一度儀式をお願い申し上げます」


神官は動揺を隠せない震え声で、私にもう一度聖水をすすめる。


そのうえで今度は少しゆっくりと水晶に触れたのだけど、やはり無垢なほど白い光がその中心から放たれる。


彼らは私には聞こえないよう、ひそひそと会話を交わしたのち、すぐに私の部屋を後にする。



あの光はなんだったのだろう。

そういえば水晶がどうなれば聖女と判定されるのか、私は知らない。



そう思っていたら、その日の夜分に聖徒教会から正式な通達があった。


『公爵令嬢、アンナ・リシュリルを聖女として認定いたします』


と。


まさか、と思った。

だが、もっと唖然とするような続きがその通達書には記されていて……


『ついては、規定により近日中に、王太子・シルヴィオとの正式な婚姻を結んでいただきます』


つい力が抜けて、通達書が手から滑り落ちて、つま先の上に乗る。もはや、それを拾い上げることさえできなくなっていた。


アンナ・リシュリル。

28歳にして、なんと王子の妃となるらしい。


もちろん、実感は皆無だ。



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