第3話 ちゅぱちゅぱって何のこと?

「とりあえずこれで良し、かな」


「うう……これ、似合ってます?」


「似合ってる似合ってる。多分、これで大丈夫。ママも愁が髪を引っ張るからってこうやってたの」


「女性のようですね。照れます」


 恥ずかしそうにしているが、鏡に映った自身を見てシーマは満更でもなさそうだった。ぷちぷちと髪を引きちぎられるのが痛いだろうと、彼の髪を紐で結いでやったのだ。


 ひっぱる部分が無くなって、愁は若干面白くなさそうだったが、今はマチルダが肩に乗せる事で落ち着いてくれている。


「てゆーか、お腹空いたし喉乾いた。コーラが飲みたい」


 無理もない事だろう、こちらに来てから叫びっぱなしなのだ。頭もフル回転しているのだからお腹も空く。


「コーラ、とはなんでしょう……?まあ、そろそろ我々もお腹が空きましたね。食事にしましょうか。お口に合うかわかりませんが」


 コーラが通じ無くて驚いた。そうか、ここは私達がいた世界とは違うんだ。食べるものも違うかもしれない。どうしよう。


 さあっと青ざめていく。何故なら私は好き嫌いが多いのだ。そして、愁も。


「とりあえず、移動しましょう」


「あ、ママが変な人でもかっこいい人でも知ってる人でもついてっちゃダメって言ってた」


差し出された手を取りかけた私がそう言うと、シーマは目を丸くした。


「しっかりしたお母様の教えですね!でも今言う事ですか?!」


 華麗なツッコミを入れてきたシーマに連れられ、私達は先ほどいた建物から程近い、小さいが細工が美しい家の門の前についた。可愛らしい呼び鈴がついていたが、それを鳴らす前にドアが開いた。


「おかえりなさい、兄さま……ってあらぁ、綺麗になっちゃって」


 出てきたのは、シーマと顔がそっくりな女の人だった。腕の中には愁より小さな赤ちゃんが抱かれている。


「詳しい説明は後でするが、異世界の二人を預かることになった。この方々に食事を出してやってくれないか?」


「うふふ。あらぁ可愛らしいお客様ね。召喚成功したのね、良かった。―-私は妹のサラよ。こっちはエミリオ。よろしくね」


 私達に気付いたサラは、そう言って手を差し出してきた。自然と私はその手を取った。


「私は倫です。あれは弟の愁です。お邪魔します」


 頭を下げ、そう挨拶するとサラはニコニコと笑顔を浮かべ、家の中へと招き入れてくれた。


 この世界にも赤ん坊がいるんだなと、当たり前の事に衝撃を受ける。初めて見た異世界の赤ちゃんであるエミリオは、青い目をしていて本当に愛らしい。愁はすっきりとした可愛さがあるが、エミリオにはがっつりとした洋風な可愛さがある。


 赤ん坊を見たことで、また少し倫の心が緩んだ。 


 何を隠そう、倫は小さな子が好きだった。将来の夢は保育士かパン屋さんだ。


 家の中はウッド調の落ち着いた作りで、木製の椅子に座るよう促された倫達は素直にそれに従った。座るとキッチンの中が見えた。そこには見た事のある道具と見た事の無い道具が混在していた。果たして、出された料理を私は食べる事が出来るんだろうか。


 出された料理は残さず食べるようにとママには言われているが、果たして異世界でもその約束は守らないといけないのだろうか。

 不安に思っている倫の目の端に、ぷにぷにした何かがみえた。

「ナニコレ?!ぷにぷにしてる!愁のほっぺたみたい!」

 テンションが上がって、それを指さすと、大人たちが注目した。

「ぷにぷに……?」


「ぷにぷに……?」


「……」


「ああ、スライムですね」


「え?!ちょっと待って異世界でスライムってもしかしてもしかしなくてもガチでモンスターのスライム?!」


「リン様の故郷にもスライムがいるんですね。共通項があって嬉しいです」

 

「いるというか、存在はあるというか……アニメで見る分には可愛かったけど、いざ目の前で立体になるとそんなに可愛く無い!」


ぷるぷると揺れるスライムはクラゲのようにも、プリンのようにも見えた。


「ねえ、どうして家の中にスライムがいるの?仮にもモンスターでしょう?」


「スライムは基本的に無害ですし、悪いモンスターが来た時に先に食べられてくれたりする益モンスターなのでその辺にいますよ」

 

 それはちょっとかわいそうな気がする。


「スライムを倒して強くなるんじゃないの?」


「その辺にいるスライム倒したくらいでそうそう強くはなれませんよ。強くなるには真面目な修行が大事です」


 私達がわちゃわちゃとスライムについて語り合っていると、不思議な音が聞こえてきた。


ちゅぱちゅぱ……


 不思議に思って音のした方を振り返ると、なんとそこには目の前で揺れていたスライムを両手で掴み、ご機嫌にちゅぱっている愁の姿があったのだ。


「しゅ、愁!?」


「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ!!!!!!!」


「ちょ、これ、毒とかないよね?!」


「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱぱぱぱぱ!!!!!!!」


「愁、とりあえず一回口から離してー!」


「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅっぱー!!!!!!!」


 よだれででろでろにされているスライムも、嫌そうかと思いきや表情を読み取るに気持ちよさそうに見えた。

 ぷにぷにした触感が気持ち良いのか、愁はおしゃぶり代わりにスライムをちゅぱり続けている。


「スライムにこんな使い方があったなんて!……ねえ兄さま、私一つお商売を思いついたのですが」


「奇遇だな妹よ、お前の言わんとする事わかったぞ」


 端っこに吸い付く愁と、逆をひっぱる私を見ながらサラとシーマはスライムおしゃぶり商品化について話し合っていたのであった。


 ちなみに無口すぎて存在感が無いマチルダだけれど、ちゃんとずっといるので安心してください。

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