魔法の国の宇宙戦隊 ~カレーソルジャーと宇宙大公~

西玉

第1話 プロローグ 異世界への旅立ち

 3人の戦士たちが、大顎男爵を採掘場に追い詰めていた。良質の砂利を産出する、赤い山肌の一角のことだ。

 戦士たちは、宇宙戦隊カレーソルジャーの面々だ。オニオンソルジャーこと剛山豪、キャロットソルジャーこと里村宏美、ポテトソルジャーこと室町賢二の3人である。


 カレーソルジャーはまだ3人組の宇宙戦隊である。宇宙戦隊とは、宇宙を支配しようとする宇宙大公と戦うための舞台である。宇宙を飛び回れるというわけではない。


 カレーの具としては、ビーフもササミもあるため、まだ隊員の補充は行われる予定だ。

 宇宙大公の支配下に置かれる使者は、いずれも爵位をもって呼ばれる。


 大顎男爵は、巨大な顎をもった爬虫類のような頭部をした大男である。体も大きく立派な体格で、男爵の名にふさわしく、きちっとしたスーツを着ている。もちろん、どんなに立派なスーツを着こなそうと、首から上が爬虫類なので、紳士には見えない。


「こちら剛山、目標を見失った。そっちはどうだ?」


 オフロード仕様を想像させる宇宙戦隊マークの小型バイクを駆り、精悍な顔つきをした剛山豪が左腕に語りかけていた。ソルジャーブレスレットである。通信機、転送装置、変身装置を兼ねる、宇宙戦隊の必需品だ。


 宇宙戦隊はいずれも戦闘スーツへの変身を可能とする。宇宙戦隊カレーソルジャーを名乗るのは変身後と決められているため、変身前であることを表すために、剛山は本名を名乗った。


 変身時間には限界がある。追いつめ、とどめを刺す自信がないかぎり、安易には変身できないのだ。

 剛山豪をはじめとする3人の戦士は、恐るべき容貌をした宇宙貴族にたいして、生身で戦闘を行い、採掘場にまで追い込んだのだ。


『こちら里村、残念だけど、見失ったわ』


 仲間の一人、宇宙戦隊カレーソルジャーのうち、キャロットソルジャーこと里村から返信があった。状況判断と行動力に優れた女性で、どんな力を持っているのか、対峙するまでわからない宇宙貴族の怪人たちを相手にかるのに、ふさわしい力を持っている。


 オフロード仕様のバイクは剛山の私物であり、里村はグレイビーボートカーで探しているはずだ。

 採掘場でも縦横に動けるオフロードカーだが、機動力ではバイクには及ばない。

 ただし、宇宙戦隊本部からの正式な支給品であるため周囲を探るための危機などは充実しているはずだ。


「衛星からの情報もないか?」

『残念だけど、見当たらないわね。衛星からと言っても、宇宙貴族が特殊な電磁波でも出していない限り、結局は肉眼で探すしかないわ。最新機器だからって、言うほど便利でもないのよ』


 剛山は、機械は苦手である。エンジンのついたものなら大抵運転できるが、コンピューターのような者は不得手だった。衛星からの情報提供ていうのが、どれほどの効果があるか、剛山自身はまったく理解していない。

 バイクにまたがったまま、なるべく採掘場全体が見渡せる位置に立ち、剛山はもう一人の仲間を呼び出した。


「室町、応答しろ。そっちはどうだ? 異変はないか?」

『室町だ。ご同様。何も見当たらない』


 剛山は舌打ちした。室町は、宇宙戦隊カレーソルジャーのうち、ポテトソルジャーを勤める男だ。他人の意見に流される傾向があるが、周囲に気遣いができる空気の読める男だ。


 室町はソーサーと呼ばれる円盤型の乗り物を駆使する男だ。条件次第で宙に浮ける優れた乗り物だが、細かい制動が難しいため、あまり出番は多くない。宇宙戦隊が世界に先駆けて実現させた、空飛ぶ円盤である。


 現在のところ、高度は2メートルが限度である上に移動速度が出ないため、車の方がはるかに便利だということが問題だが、全く使わないというわけにもいかない。科学の進歩のためには、実験が必要なのだ。

 

 この三人が、宇宙戦隊カレーソルジャーの誇る、全戦力である。広大な宇宙空間で、地球を守るための任務についた、正義を守る宇宙の戦士である。


「手がかりなしだと? これだけ見晴らしのいい場所で、隠れるところなど、そうはないはずだが」

『仕方ないでしょ。私たちにばっかり文句言わないで、自分で見つけなさいよ』


 里村は気の強い女である。剛山に対しても遠慮はない。剛山は独り言のつもりだったが、高性能のソルジャーブレスレットが勝手に声を送ってくれたらしい。


「俺が遊んでいると言うつもりか!」


 剛山も短気なのだ。


『そんなこと言っていないでしょ。騒いでいないで、早く探しなさいよ!』

『痴話げんかは後にしてくれ』


 室町が割り込んできた。勝手に会話を拾っているということは、当然室町にも筒抜けだったのだろう。


「誰が痴話げんかだ!」『室町くん! 覚えておきなさいよ!』


 剛山と里村が同時に怒鳴ったので、共鳴してブレスレットの通信機能に雑音が入った。


『……このまま、予定通りに?』

『ああ。特異点はお前のいる場所だ』

『了解』


 里村は通信を終えたつもりなのだろうが、実際にはつながったままだ。

 『特異点』とは、地球上に存在する不安定な空間である。

 神隠しや異世界転移といった現象が起きるのは、かならず特異点である。それ以外の場所では、統計上生じたことがない。


 宇宙をさまよい地球を狙う、宇宙戦隊がせん滅するべき敵も、その特異点を利用して地球から別の空間に移動する。

 剛山たち宇宙戦隊カレーソルジャーは敵を追いつめた結果、この採石場に追いつめた。採石場に追いつめたのは、少々派手に暴れても被害が生じないことに加えて、万が一見失っても特異点が近くにあるからである。


 現在のところ、宇宙戦隊が特異点を利用することはできない。技術的に、その方法が確立されていないのだ。

 特異点のある場所に追いつめるのは、宇宙戦隊が利用するためではない。追いつめられた敵が逃げるためには、特異点を利用するしかないのだ。見失っても、待ち構えていれば勝手に現れる。そのための特異点待ちである。


 もちろん、特異点だけで待っていても意味はない。戦力を特異点に集中してしまえば、それ以外の場所から逃げてしまうのだ。だから、周囲から追いつめる役と、特異点で待ち構える役が必要だ。


 今回は、追いつめるのは剛山と室町、待ち構えるのは里村である。

 戦闘においては剛山が最強と考えられているが、最強の者を待ち伏せ役にするわけにはいかない。特異点以外から逃げようとする可能性が高まるからである。


 室町と里村が場合によって配置を変える。今回が、たまたま里村の番だったというだけだ。


 採石場全体が見渡せる小高い足場で、剛山はバイクを跨いだまま、顔中で渋面を作り、赤剥けた山肌を晒す、足元の地面に目を落とした。


「うーむ……」


 わからない。探して見つからない。その相手は、自ら隠れようとしている。考えて隠れ場所がわかるはずがない。

 剛山は、この採石場に住んでいるわけではないのだ。


 腕を組み、思案に暮れた。

 そのときだ。左腕が鳴った。見る。通信だ。仲間の一人、室町からだった。


「どうした?」

『発見』


 一言で途絶えた。


「里村! 聞いたか!」

『ええ。すぐに行くわ』


 その答えを待たず、剛山はバイクに飛び乗っていた。

 目の前の小高い丘を越えた辺りで、室町の反応が止まっている。

宇宙戦隊の装備品が故障するなどということはありえない。室町は敵をただ発見したのではない。交戦中なのだ。


 室町の反応を示すマーキングのすぐ近くまで来た。目の前に、小高い岩場があった。

 目の前の岩場の向こうに、室町がいる。そのはずだ。


 バイクで丘を駆け上った。アクセルは緩めない。丘を登り切り、バイクごと宙に舞った。

 剛山が見たものは、血にまみれ、ゴミのように放り投げられた、同僚の姿だった。


「室町!」


 お気に入りのバイクが不自然な形で地面に落ちるのも構わず、剛山はバイクを乗り捨てて地面に飛び降りていた。

 室町の描く放物線軌道を辿り、厚い胸板で受け止めた。

 剛山の体格と比べると、平均的な室町が小柄に見える。そのまま抱きかかえ、室町の首筋に指先を当てた。


「室町、大丈夫か?」


 聞きながら、視線は油断無く周囲に配った。


「……あ……ああ……」

「奴はどこだ?」

「気をつけろ。土の中だ」


 苦しそうだ。


「すまんな。手当てをしている余裕は無さそうだ」

「当然だ。頼むぞ」

「任せておけ」


 視線は前方の地面に据えたまま、室町を下に寝かせた。

 その時、背後の丘を飛び越えてきたのは、仲間の一人里村だった。

 仲間内の紅一点であり、両足にジェット噴射つきのローラースケートを履いている。もちろん、宇宙戦隊仕様だ。


「室町君は?」


 言ってから、悲鳴にも似た声が上がった。室町に気づいたのだ。


「見てやってくれ。大顎男爵が近くにいる」


 剛山は里村に視線すら向けなかった。見るまでもなく、背後で里村が緊張するのがわかった。


「どこにいるの?」

「あそこだ」


 真っ直ぐ、前方を指差した。

 そこだけ、土の質感が柔らかいのが、見ただけでもわかる。最近、掘り起こしたばかりのように、水分を含んで湿って見える。


「土の中に潜っているらしい」

「どうするの?」

「生身のまま近づけば、室町の二の舞だ」

「三十分しか変身していられないわよ」

「わかっている。じゅうぶんだ」


 駆け寄った里村に重傷の男を預け、剛山は一歩進み出た。

 左の手の平に、右手の拳をぶつける。


「染色!」


 声高らかに叫んだ。

『染色』とは、宇宙戦士カレーソルジャー、変身の合言葉である。その意味は、カレーの具がルーの色に染まることを意味している。


 重心を右へずらし、倒れる寸前で右足に体重をかける。右の拳はそのままに、左の手の平を一杯に開いたまま、大きく水平に円を描く。目線は左手を追う。歌舞伎の見得を切る形に似ている。


 左足を撥ね上げ、全体重を右足一本で引き上げる。両腕を同時に内回しに旋回、右上方と左下方でぴたりと止める。左足は折り畳む。太股がほぼ胸についたままである。

 左足が地面を打ちつける。そのまま重心を左に移し、両腕を反時計回りに回転させ、一周半したところで止まる。右足は伸びきり、左の膝がほぼ直角に折れる。体制を崩さず、左の手の平と、右の拳を再び打ち鳴らす。


 右足のつま先が地面を蹴り、左足を軸に外回転、二回転の後、始めの姿勢に戻る。

 ソルジャー達の全身にはマイクロチップが埋め込まれており、全工程を三秒以内に行うことで、カレーソルジャー本部に伝達され、電磁波に乗った変身装備が転送されてくるのだ。


 これは、万が一にもソルジャーの力を悪用されないための、必要な儀式なのである。

 はた目には瞬く間に、剛山の体が輝くボディースーツに覆われる。


 カレーソルジャーの中でもオニオン(玉ねぎ)である剛山は、銀色に透き通るようなボディーを、飴色に包み込んだ外装をしている。


「オニオンソルジャー、気をつけて」

「わかっている」


 外部スピーカーつきであり、声は変身前より明瞭だった。ちから拳を振り上げて見せ、地面を蹴った。

 崩れた地面の前に立つ。


「出て来い、大顎男爵! 宇宙の平和を守るため、このオニオンソルジャーが相手になる!」


 一々ポーズを決めながら宣言する。正義の味方として、必要な心構えなのだ。

 反応は無い。


「貴様も、宇宙貴族の端くれなら、堂々と勝負しろ! 出てこないつもりなら、こちらから行くぞ! 喰らえ、ラッキョウブラスター」


 『ラッキョウブラスター』と『フクジンブレード』は、カレーソルジャーの標準装備である。これは変身前でも身につけているが、ソルジャーとしての変身後、威力は一・五倍に跳ね上がる。ラッキョウブラスターは文字通り、ラッキョウの形をした銃だ。先端の細くなった部分から、ラッキョウ汁にも似た、濁ったビームが吐き出される。

 威力は絶大だ。赤い地面が爆発するように吹き飛ばされる。


「おのれソルジャーめぇ!」


 一際大きく土を噴出し、異様に大きくせり出した、ワニに似た頭部を持つ男が飛び出した。

 頭部が異様に肥大していることを除けば、体は人間だ。

 銀色に輝く長いローブが、いかにも貴族っぽい。


「宇宙の平和を乱す者よ。このオニオンソルジャーが成敗してくれる!」

「面白い。この宇宙貴族たる我に、貴様のような下っ端ソルジャー一人で何ができるというのだ」

「喰らえ! ラッキョウブラスター!」


 濁った光線がほとばしる。大顎男爵が消えた。


「左よ!」


 里村の声が背後で上がる。


「捕捉している」


 落ち着いた声で返す。しかし、左脇に飛び込まれていた。

 巨大な顎が、ソルジャーの脇腹を挟む。鳴ったのは、盛大な金属音だった。


「か、硬いーっ!」


 自慢の顎を抑え、男爵が仰け反る。超鋼アルミの装甲は、とても硬いのだ。


「フクジンブレード!」


 オニオンソルジャーの右手に、真っ赤に輝く光の剣が出現した。

 ソルジャーがそれを手にしたとき、理論上斬れないものは存在しない。絶え間なく、虫が羽ばたくような音を発していた。

 斬りつける。


「ぎゃあ!」

「ちっ」


 舌打ちしたのは、切り裂いたのが皮一枚だと知ったからだ。


「おのれぇ、このままでは済まさん。宇宙貴族の力、思い知らせてくれる」


 敵の口上を聞くつもりは、オニオンソルジャーにはなかった。

 軽く地面を蹴る。ただそれだけの動作で、たいして足を動かしてもいないのに、凄まじい勢いで距離が詰まった。

 深紅のブレードを縦に切り下ろす。


 手ごたえなく、空を薙いだ。空振りしたはずはない。目の前の大顎男爵は、半分になっているのだ。ただ、手ごたえだけがなかったのだ。


「ふはははははっ……」


 左右に、男爵の影が増えた。


「くっ、分身か」


 さらに、増える。


『ふはははははっ……』


 四方から哄笑が上がる。


「オニオンソルジャー!」


 里村の声が聞こえる。


「問題ない。任せろ」

「うん」


 心配そうな声を出した里村だが、素直にうなずいた。美しい友情だ。

ブレードの光りを消し、オニオンソルジャーは、柄だけになった剣を腰のホルスターに納めた。


「来るなら来い!」

「おもしろい。では受けてみるがいい。『飛び牙の舞』を」


 正面からだった。突然、牙つきの顎だけが飛んできた。

身を捻ってかわす。右肩を掠めた。

 牙の一本が、超鋼アルミを食い破り、反動であらぬ方に跳ね返る。


「つっ」


 右肩を押さえ、標的となる面積を少なくするために、ソルジャーがうずくまる。

 背後から、牙が迫る。前に跳び、地面に転がる。

 脇腹を抉られた。

 大顎男爵の哄笑が続く。その姿は、さらに数を増してゆく。


「オニオンソルジャー! しっかりして、幻覚よ!」

「なに!」


 はた目から見ている里村には、オニオンソルジャーが一人で転がっているように見えたのだろう。

 冷静に考えれば、超鋼アルミの装甲が、牙などに破られるはずがない。


「おのれ!」


 いきり立つオニオンソルジャーは、大地を踏みしめ、脇を固く締める。

 正面から、牙が迫った。

 逃げない。胸で、受けた。

 牙が、体にめり込む。


「オニオンソルジャー!」


 貫通した。ただ真っ直ぐ飛んできた白い牙に、体を噛み破られた。


「ふははははっ、他愛ないものよ。なにが宇宙戦隊か。なにがカレーソルジャーか」


 無数にまで分裂していた影が、一つに戻る。

 里村の目には、始めから一人だったのかもしれない。

 だが、幻覚とはとても思えない。オニオンソルジャーが、膝から崩れた。


「さて、つぎはそこの女だな」


 腕に抱いていた血だらけの室町を横たえ、里村が立ち上がる。その目が大きく見開かれた。


「いいぞ。いい顔だ。恐怖に引きつる女の顔ほど、よいものはない」

「くずが」


 淡々とした口調と声は、大顎男爵は背中で聞いた。オニオンソルジャーは、大顎男爵の目の前に倒れているのだ。


「貴様!」

「オニオンソルジャー!」


 大きな顎が振り向いた。飴色の輝く偉丈夫、オニオンソルジャーがポーズを決めた。

 慌てて、大顎男爵が首を戻す大顎男爵。元の場所には、やはり同じ姿の人型が倒れている。


「俺を誰だと思っている。秘技『玉ねぎの皮剥け』だ。里村、お前まで驚くことはないだろう」


 言い返そうとした同僚を手で制す。その手を、男爵に向けた。


「『オニオン汁、乱れ咲き』」


 ベテランの主婦ですら涙するという、強力な玉ねぎの飛沫だ。それが、大顎男爵の全身を包み込んだ。


「ぐあぁぁ!」


 目を抑え、仰け反る。


「『フクジンブレード』!」


 縦に切り裂いた。


「ぎぁああああっ!」


 目を瞑り、天を仰ぎ、大顎男爵が両腕を広げ、その姿勢で、固まった。白い煙が立ち込める。


「変化するわ!」

「バカな! 地球上では、変化できないはずだ」


 その時だ。天空にわかに掻き曇り、禍々しい大音声が降り注いだ。


『超サロンに、引きずり込んでくれる』


 『超サロン』とは、宇宙貴族に力を与える、社交場にも似た異相空間である。


「宇宙大公、やはり見ていたか」


 黒く渦を巻く空を見上げ、オニオンソルジャーが怒声を発した。不安げに立ち竦む里村を振り返り、地面を蹴った。仲間である里村の側にいたる。


「えっ? どうする気?」

「里村は、室町を安全な場所に運べ。急いで手当てしないと、深刻なことになる」


 室町は、既に意識を失っている。それが、大量に出血した結果だとすれば、命が危ない。


「でも、私一人では運べないわ」

「変身しろ。ポテトソルジャーになるんだ。室町を逃がす時間ぐらい、俺が稼ぐ」


 その背後で、硬直したままの大顎男爵が、空から降り注ぐ黒い霧に包まれていた。


「ちょっと、どういうこと。まさか、一人で戦う気? 超サロンでは、ソルジャーの力は十分の九にまで削がれてしまうのよ。逆に、宇宙貴族は五パーセントも力を得る。しかも、変化しているのよ」


 数字にすると、それほど違いはなさそうだが、命をかけて戦っている当人達にしては、非常に大きなハンデとなる。


「ほかに方法は無い。わかっているだろう。室町の今の状態では、とても変身はできない。庇いながらでは、三人とも犬死するだけだ。それなら、俺だけでも思い切り戦ったほうが、まだ勝機はある。頼む」


「死ぬ気なんじゃないでしょうね」

「そんなつもりは全くない。信じろ」

「……信じるわよ」

「感謝する」


 負傷した室町を肩に担ぎ、里村の腰に手を回し、そのまま小脇に抱える形で移動する。小さな丘を二つ越え、降ろした。


「後は頼むぞ」

「ええ。オニオンソルジャー……」


 立ち上がり、きびすを返しかけ、首だけで振り向き直す。


「どうした?」

「……気をつけて」


 里村は、黒髪を首の後ろで束ねた、活発でありながら優しい女性だった。

 敵に対しては果敢に立ち向かい、変身してはポテトソルジャーとして、信頼のおける仲間だった。


 その態度に違和感を覚えたのは、普段の態度とのギャップだ。言及はせず、ただうなずいたのみで返した。

 地面を蹴立て、大顎男爵と超サロン空間へ戻る。見失うはずは無い。その一角だけ、黒い渦が滴り落ちるように大地に伸びていたから。


「待っていたぞオニオンソルジャー」

「あまり待たせたのでなければいいが」


 オニオンソルジャーは、自ら『超サロン』空間に飛び込んでいた。下手に逃げ回り、折角逃がした里村と室町が巻き込まれるのを恐れたのである。


「我々宇宙貴族は心が広い。それくらい、貴様の死で許してやろう」


 超サロンは、その名の通り貴族の社交場だ。

 広々とした空間に、禍々しい紋様が渦巻いているが、なぜか格調の高さを意識させる。例えていえば、ベルサイユ宮鏡の間にいるかのような錯覚を、侵入者に起こさせるのだ。


「死ぬのは、お前一人で十分だろう。俺の葬式まで心配して貰っては、貴族の財政も傾いてしまうぞ」


 大顎男爵の姿は見えない。

 輝く飴色の姿をしたオニオンソルジャーは、広い空間にうずくまり、五感に神経を集中させていた。


一見すると手ぶらだが、出力を切り、柄だけとなった『フクジンブレード』を手で包んでいる。

 近寄れば斬りつけ、離れていけば『ラッキョウブラスター』で追い討ちをかける、鉄壁の布陣だ。


「どうした? 大顎男爵、どこに隠れている。宇宙貴族ともあろうものが、恐れをなしたわけではあるまい」

「ふはははははっ。貴様こそ、焦っているのであろう。宇宙戦隊の変身時間は三十分。一度解除すると、二十四時間は変身できない。そろそろ時間ではないのか」


 声だけがした。かなりの大声だが、あちこちで反響しているらしく、位置を特定することができない。


「ばれていたか。やむをえん。秘技!」


 技の名前まで言うと、やることがばれるので口に出さなかった。はた目には、輝く姿が消えた。そこにいるのは、ただの、精悍な若者だった。


「くっ、時間か」


 無念そうに床を殴る。白い大理石を思わせる、美しい床石だった。


「ふははははっ」


 巨大な姿が、至近に現れた。始めから、すぐ側に立っていたのだ。

 象よりも巨大な体であり、その、半分以上が頭部であり、その最たるものが、顎である。

 衣服は破け、どっしりとしてはいるが、ずん胴の肥大した体と短い手足は、洗練されたとは言い難い。


 変化した以上、戻ることはできない。『大顎』は、もはや男爵でも宇宙貴族でもいられない。

 ただ、ソルジャーに対する復讐心のみで戦っている。


 咄嗟に振り向く剛山豪だが、その体が、下あごにすくい取られた。上あごが振り下ろされる。


「仕留めたぞ、オニオンソルジャー。人間に戻ったいま、ゆっくり噛み砕いてくれる。滴る血の味が……なんだ、この味は……苦い!」


 顔をゆがめる。完全に爬虫類となった顔をゆがめても、表情は変わらない。その目が、大きく見開かれた。

 巨大化したワニ顔の鼻先に、輝く姿が立っていたからだ。


「貴様! なぜ……」

「秘技『玉ねぎ芯残し』だ。実体があり、動きも喋りもするが、俺本体ではない。お前の影分身より、はるかに高度な技よ」

「ま、待て」

「『ラッキョウブラスター』!」


 この距離では、逃げられるはずが無い。濁った光線が眉間に命中し、爆発する。

 オニオンソルジャーは巨大な鼻面を蹴りつけ、後背に飛んだ。優雅に空中で一回転し、床に下りる。


「宇宙大公! お救いを!」


 ワニ顔が叫ぶ。オニオンソルジャーに、敵に対する情けはない。


「見苦しいぞ! 『フクジンブレード』!」


 懐に飛び込み、顎の下、がら空きの胴体に接近する。

 左下から、切り上げた。

 だが、その手ごたえは動物の肉のものではなかった。腕に、淀んだ空気がまとわりついた。そのように感じたのだ。


『よもや、超サロンですら破れるとはな。大顎よ、どこへなりと消えるがいい』

「ひぃいいいっ」


 どこからか響く、不気味な声は、自らの部下を見捨てたことを意味している。だが、結果として『宇宙大公』は大顎男爵を助けたのだ。


『フクジンブレード』は空を薙ぎ、巨大なワニと人間の中間のような姿は、ただ黒いわだかまりへと変じた。

「後……五分もあるまい」


 変身時間である。

 オニオンソルジャーは、ブレードを斬り上げた姿勢のまま固まっていた。状況は理解している。思案していたのだ。この後、取るべき行動を。

 このまま、じっとしていても、地上に戻れるだろうが……。


「こちらオニオンソルジャー、里村、聞こえるか」

『ええ。室町君は本部に運んだわ。私は、ポテトソルジャーよ』

「そうか。すまん。ポテトソルジャー」

『いいえ。それより、大顎男爵はどうしたの? オニオンソルジャーは無事?』


 右手は、相変らず高く掲げている。そのまま、左腕の宇宙戦隊ブレスレットに語りかけているのだ。右腕は、単純に降ろすのを忘れていたのだ。


「ああ。だか、『宇宙大公』に邪魔をされた。深手を負わせたはずだが、奴め、どこかの空間に転移させられた」

『そう。仕方ないわね』

「ああ。俺は、奴を追う。このまま野放しにしておいては、また、別の空間で悪さをするだけだからな」


『……ちょっと、オニオンソルジャー、正気なの? 超サロンを介して別の空間に飛ぶなんて、帰って来られる保証なんてないのよ』

「わかっている。だが、このままにはできん」

『バカ!』


 通信が、一方的に切られた。


「なぜ、泣く?」


 ようやく右腕を降ろした。オニオンソルジャーとしては、宇宙を守る正義の味方として、当然の判断のつもりだった。

 里村の言葉の意味がわからない。だが、オニオンソルジャーは迷わなかった。変異した大顎男爵を飲み込んだ、黒い塊に飛び込んだのだ。


 大顎男爵とオニオンソルジャーを飲み込み、宇宙大公の操る黒い塊りは、急速にしぼんだ。両者を、『魔法の国』に送り込んで。

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