第3話 捜査

「どうして私が死んでいるのか、まるでわからないんです」

 ガラハッドは途方に暮れた様子で皆にそう言った。目の前の大きな円卓にはひっくり返ったままの彼の死体が映し出されており、その向こう側には冷たい目をしたアリスがいる。まるで罰ゲームだ。

 一同が場所を移したのは月の庭園を葉影で覆う巨樹の根元だ。正確には南の太い根の端にある大きな硝子の円卓。そこには珍しく――たいてい僕が不在のせいだが――一十三人全員が顔を揃えていた。

「だけど、あれはおまえでしょう?」

 こうした場の議長は大抵アリスが務めることになっている。

 アリスは不機嫌な顔をした小さな女の子で、この中では最も年長の推定年齢五〇〇歳。でも、でも不機嫌なのはきっと僕らが彼女の茶会を欠席したからだ。

「ここで首を刎ねてもそう言えるのかしら」

 案の定、物騒なことを言い出した。

「それは意識が繋がっていなかったということ?」

 アリスの右隣でララ・ムーンが気遣うようにガラハッドに訊ねると、その隣のサバトラの猫がにべもなく否定した。

「あり得ない」

 ここにいる者のほとんどは幾つもエイリアスを持っている。同時に使える身体のことだ。今も彼らのエイリアスたちは、銀河のどこかにある大きなマホガニーのデスクの前で踏ん反り返っているなずだ。

「眠っている間に死んでしまったのではないかしら?」

 その隣のガラクティアは楽し気な声でそう言った。まるで木漏れ日に目を細めるような彼女は、自身がそのまま寝入ってしまいそうな顔をしている。

「ずいぶん変わった寝相だな」

 ガラハッドの右隣でイーフリートが囁いた。

「眠ったつもりはないのですが、意識を失ってそのまま」

 ガラハッドは素直にそう答えた。彼は素直で根が真面目だ。本来はこんな神々の座には相応しくないのかも知れない。

「この場所でかね」

「いいえ。フースーク、君と扉の間で待ち合わせをしていたときだ」

 ガラハッドが僕を振り返る。そうだ、僕は遅刻してその場にいなかった。時間厳守が地球領主の条件だとしたら僕はまったく相応しくない。

「それはいつのことだ」

「三時間ほど前です。彼と一緒にお茶会に呼ばれていたので」

 正確な時間はわからない。記録も残っていないはずだ。

 この庭園を管理するアムネジアは全てを忘却する。いかなる記録もこの庭園から持ち出すことはできないし、三分以上は保持できない。地球領主の存在となにげない言質が人類版図を変えてしまいかねないからだ。

 つまり、ここで起きたことは個々の記憶にのみ留められる。残念ながらアムネジアをもってしても遅刻はなかったことにできない。

「僕は待ち合わせに遅れました」

 観念して罪を名乗り出た。誰かがわざとらしく身動いだ気配がした。

「まあ、貴方まで死んでいらしたの?」

 ガラクティアの向かいからシーダが拗ねたような声で僕を責めた。彼女も今回の茶会の主催者で、この庭園には似つかわしくない無垢て貴重な存在だ。

「いえ、些事に忙殺されていたので」

「こんな姿を晒しものにして、もっと早く来られなかったの?」

 ララ・ムーンが美しい鼻梁をフンと鳴らして、ガラハッドよりもむしろ僕を責めた。円卓の真ん中に映る間抜けな死に様が気に入らないらしい。だったら、さっさと処分させればいいのに。

「それは、意識が途切れて直ぐに――でも、さっきまで入れなかったんです」

 ガラハッドが生真面目に答える。

「もしかしたら、それまで生きていたのかな」

 イーフリートの右隣でエフィモヴィクが困惑したように呟いた。幾つ身体を使っていても、庭園に入れるのは一個体だけだ。アムネジアがそれを許可しない。

「お茶会の前に通ったときは、君の死体はなかったよ?」

「いつ死んだのだ、ガラハッド」

 アリスの問いにガラハッドは首を竦めた。そのとき死んだガラハッドに意識はなかった。あるいは意識が繋がっていなかった。少なくともガラハッドはそう証言している。

 エイリアスは蛸の手足のようなものだ。はて、いつ右手を失くしたのだろうと悩むことは、そうそうないと思うのだが。

「あなた居眠りをしてゲートの向こうに転んだのね。そうして頭を打って死んでしまったに違いないわ」

 ガラクティアがはたと手を打って楽しそうに意見を披露した。

「これはまた、ずいぶん転がったな」

 エフィモヴィクの向かいでジャックが乾いた音を立てた。空の頭蓋に響くのか歯の鳴る軽く明るい音は円卓の上によく響いた。

「そもそも君の身体って転んだくらいで死んでしまうのかい?」

 ゲートの目の前に転がっていたとはいえ、寄り掛かろうとして転ぶには距離がある。もちろん地球領主の身体がそんなに脆弱であるはずもない。この身体だってそのうち息を吹き返すだろう。

「君の死体に聞いてみては?」

 デアボリカが陰気な声で言った。アリスの左隣の彼は影のように陰鬱に揺らいでいる。向かいのイーフリートは鼻を鳴らした。

「死んだ時点で記憶は一切消えるだろう。ここにいる皆も多かれ少なかれ同じ造りだ」

 生き返っても空っぽというわけだ。

「君が意識を失ったが本当だとして、死体が発見されるまで生きていた可能性もあるわけだな」

「死ぬまでは生きているでしょうよ」

 ガラハッドを疑うようなイーフリートの物言いにララ・ムーンが反発した。

「僕はてっきり接続が切れてしまったのかと」

「あり得ない」

 またサバトラの猫が口を挟んだ。アーサクインはこの世界の仕組みを作った科学者で資産家だ。最も思索に適した生物は猫だという信条心情のもと、エイリアスには猫を使っている。

「我が俯瞰次元による接続は一切の距離と時差を許容しない。断線など以ての外。ましてや意識を共有するエイリアスが切り離されるなどあり得ない」

 僕は何気にむずむずとして、つい口を挟んだ。

「ええと教授、例えばそれが起きたとして」

「黙れフースーク。この宇宙でそんなことは起き得ない。そもそも何だその身体は。桃色の烏賊では飽き足らず、今度は私への嫌味のつもりか」

「状況を整理しよう」

 イーフリートが遮った。

「君は扉の間でフースークを待っていた。そこで突然意識を失い、気が付けば広間で仰向けになって死んでいた」

 ガラハッドがおずおずと訂正する。

「私の主観では少し違います。その身体が意識を失ってから記憶の共有がありません。何が起きたかまったくわからず、扉の間にさえ入れませんでした」

 イーフリートは頷いた。

「アーサクイン博士の言う通りエイリアスの接続が途切れないならば」

「途切れない」

「彼は扉の間で意識を失い、ここに運び込まれ、そして死んだ」

 イーフリートは円卓の面々を見渡した。

「つまり、我々の中に君を殺した者がいるということだ」

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