第3話 フレイの新企画

 

 数日後、フレイの工房の呼び鈴が鳴った。

 予想通りの展開にフレイの唇はにんまりと弧を描いた。


「いらっしゃいませ。きていただけると思っておりましたわ」


 扉を開けた先には先日名刺を手渡した彼ら──振られたばかりのジョンとその友人ケビン。

 作業着ではない、普段着姿の彼らは、当初の印象よりも若々しく見えた。


「……あれから少し考えたんだ。君がおかしなことを言うからどうしても気になって」

「新手の詐欺なんじゃないかって」


 あけすけな物言いに好感が持てた。いろいろなことに興味を持つフレイでさえ、もし提案された側だとすれば詐欺を疑う。


「普通にお茶をするだけじゃダメなのかい?」


 困惑ぎみのジョンの問いかけだが、フレイは満足そうに頷いた。

 通りすがりの小娘の意見など聞き流せばいい話。興味があるからこその問いかけである。


「ええ! 私、ずっと気になってることがありまして。こんなにも”真実の愛”が溢れ、誰も疑問にも思わない世の中。どうして自ら”真実の愛”を作り出そうとしないのかしらと!」


 道角でぶつかったり同じ持ち物を持っていたり好きな食べ物が同じだったり。小さな出来事でも偶然が重なれば、それは”運命的”であり、”真実の愛”に繋がっていくのである。

 であれば、だ。


「運命的だと思わせるような出来事を人為的に用意さえすれば、”真実の愛”として受け入れられるのではないかしら! そう思わない?」


 楽しそうに目を見開いてフレイは机をバンと叩いた。

 会って二回目に話す内容ではないけれど、自分の仮説が正しいのかどうか気になって止められなかった。カレンに合うかもしれないという直感が、試すなら今だと告げている。

 フレイは試してみたかった。


「自分で”真実の愛”が作れるのなら、私の友人のカレンは、もしかしたら他の人も、もっと簡単に幸せになれるんじゃないかしら」


 そう言っていそいそと掲げたのは、ずらりと書き殴った”運命的な出来事”の一覧だ。

 落としたハンカチを拾う、別のお店で何回も出くわす、最後の一つの商品を取り合うなどどれもこれも本当に些細なもの。


 訪ねてきて早々に熱弁を聞かされ、男たちはぽかんとしていたが、その一覧を見て我に返った。

 ざっと目を通したのち、呆れたように肩をすくめた。


「もしかして、何か商売でも考えてる? 君から貰った名刺に企画なんて言葉が書いてあったけど」

「ええ!? お分かりですか」

「そりゃあ、こんなの用意されてたらさ……ここからいくつか組み合わせるのかい」

「! そうです!」

「で、僕に実験台になってもらいたい、と。そんなところかな」


 フレイを見るジョンの目は冷ややかで。

 期待に満ち溢れていた心は少し萎んでしまった。


「……駄目、でしょうか。きっとうまくいくと思うんです」

「俺は面白いんじゃないかって思うけどねえ。だってこれでもし上手くいくんなら、俺も誰かに試してみたいなーって思っちゃうしさ」


 ケビンの同意にぱあっと顔を輝かせて、二人揃ってジョンを見る。

 ジョンは変わらず冷たい顔のままだ。


「君さ、友達思いなのか商売熱心なのか知らないけど、本当に考えてる? 僕たちがおかしな人間なら、君のことも友達のことも騙そうとするかもしれない。そうなれば君だって危ないしその友達だって危険に晒すことになるってわかってる?」


 真摯な顔に、ジョンはやはりまともな人間なのだと安心した。

 本当におかしな人間であれば、騙すことを示唆しない。

 フレイの青い目は真っすぐにジョンを映した。


「……ジョン・ブレッド。三番街のパン屋の次男。パン屋を長男が継いだときに独り立ち。今は借りたアパートで一人暮らし。役所に勤め、水質管理、街路樹の手入れや清掃をしていて、月収は二十万シリーほど。趣味は公園の鯉に餌をやること。ときどきパンを作ってストレス解消をしてる。前の彼女の名前はエリーで、飲み屋街で知り合った。別れた原因はエリーには本命の男の人がいたことで、彼女にプレゼントしたものはすべて横流しされていたことに気づいたから。それでも怒らない温厚な性格。周りをよく見て、気配りができる。人の為に自分を殺せる自己犠牲の持ち主。嫌々付き合うことはしないから、好んだ人間ばかり周りにいる。人には恵まれていて、交友関係はわりと広い」


「はっ、調べたのか……ケビンが一枚嚙んでるな、これは」


 ぎろりと睨みを利かせたが、ケビンは小さく舌を出しただけだった。


「ばれちゃったかあ。いやでも面白いなあと思ってさ。俺が話したところなんて前の彼女のことくらいだぞ。他は今初めて聞いた、気持ち悪いほどにお前のこと言い表してると思うわ」


 若干引き気味な二人分の視線もフレイにとっては誉め言葉のようなもの。

 胸に手を当てて背を逸らせた。


「そりゃあ大事な友達の人生を左右するかもしれないもの。変な男には任せられない。ちゃんと調べさせてもらったし、私は問題ないと判断したの」


 それに、と続ける。


「いいのよ、別に。これでもしカレンがあなたのことを気にならなければそれはそれ。あなたがカレンのことを気に入らないっていうのなら、それもそれ。強制するものでもないし、それこそ”真実の愛”ではなかっただけの話。私はただ、”真実の愛”を見つけるお手伝いや協力をしたいだけ」


 楽しくて仕方がないように無邪気な顔でジョンを見つめて十数秒。

 大きな溜息を吐いた彼は、ゆっくりとした動作で椅子に座った。


「……とりあえず、話は聞こうじゃないか」


 フレイとケビンは顔を見合わせて互いの手を叩いて鳴らした。

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