第2話 フレイの日常

 

「フレイ聞いてよー。ボブに彼女がいるんだってー」


 友人カレンの告白に、フレイはあからさまに溜息を零した。


「……またなの? だから恋愛なんて馬鹿げてるっていうのよ」


 長い付き合いだが、カレンの惚れっぽさにはいつも呆れ返る。

 ちょっと優しくされただの、すごいイケメンだの、街角でぶつかって知り合ったなど理由は様々だが、毎回捨てられて終わるのだ。

 カレンの魅力が足りないのかもしれない。

 けれど、だ。


「カレンも学びなさいよ。いい加減」


 ちょっとときめけば口にする”真実の愛”。

 物語でも演劇でも吟遊詩人も人形劇も、世の中はまさしく“真実の愛”ブームで、耳にしない日はないほど。


 カレンに限らず、人々は“真実の愛”に踊らされていた。


「何言ってるの! そんなこと言うのフレイだけだからね! もっとみんな気軽に恋愛するべきだし本当の“真実の愛”を見つけるべきなのよ!」

「いやいや“真実”にさらに“本当”をつけてどうすんのよ。“本当”だから“真実”なんでしょ」

「ふふ、フレイってば、頭が固い固い。もっと気軽にさあ」


 振られたばかりのくせに顔はにこやか。

 おそらく振られることに慣れてしまっているのだ。


「はあ。いつも言うけどね。そんな何の保証もされない恋愛なんてもの、私は一切信じられないから。惚れた振られた、で新しい“真実の愛”? ほんと、何してるのかまったくわからないわ」

「えー。フレイってば勿体無いのよ。せっかく可愛い顔してるのに」


 そう言われることも多いが、興味がないのだから仕方ない。


「いつも言っているでしょう、私が信じるのはお金よ、お金」


 手のひらを組んで目をキラキラと輝かせた。

 フレイには恋多き女カレンがずっとそばにいて、自分の両親は借金が原因で不仲である。そして物心がついてからずっと真実とは程遠い“真実の愛”に世の中は躍起になっている。


 一度疑心暗鬼になってしまえば、恋愛に前向きになれるはずもなかった。


「まあね。無いよりはあったほうがいいとは私も思うけど。でもそこには何より愛がなくっちゃ。そりゃあフレイは商売が好きなのは知ってるし、ちゃんと成果も出してて凄いとは思ってるけど、信じるのがお金だけっていうのは極端なんだってば」

「お金は裏切らないからね」


 愛を信じない。代わりにとお金を信じることにした。

 お金に困らなければ両親は不仲にならなかっただろうし、お金さえあればありとあらゆるものが買える。できることが増える。

 だから、幸せはお金で買える、というのがフレイの言い分だ。


「なんだっけ? 今やってるお仕事って」

「んー、今は本屋さんで働かせてもらいながら、箒の販売とアクセサリーの販売……あとは最近、葉巻もちょっと興味ある」

「働きすぎでしょ」

「ううん、企画メインだから。私が作るのは最初だけ」


 知識はお金になる。

 だから、知識を得られる本は好きだし、そこで得られた知識を進んで披露した。


 細い木の枝を集めて結んだだけの箒をよくしなる植物を編み込んで作ったり。

 綺麗な石に紐を通すだけだったネックレスに飾り紐を使ってみたり。

 今あるものに少しだけアレンジを加える。


 初めは物珍しさで買ってくれた人もその良さに気づき、継続的に購入してくれる。他の人にも勧めてくれる。そして、たくさんの人に喜んでもらえた対価として、お金をもらう。

 イカサマもやましさもない。

 自分の行動によってお金をもらうのだ。


「楽しそうで何よりだけどさ。もうちょっと自分の幸せを考えたら」

「考えてるわよ。私の幸せはお金を手に入れること。お金を受け取ったときの満ち足りた気持ちは他の何にも替えられないわ。ああっと、そろそろ行かなくちゃ」

「忙しいのね」

「また声かけてよ。いつでも話は聞くわ」

「フレイのその姿勢は大好きよ。どんな話も聞いてくれるもの。もちろん何かアイディアが浮かぶかもっていう下心があるのは知ってるけど」


 カレンが頬を膨らませたので、フレイは小さく舌を出した。


「ふふ、ごめんってば。恋愛は信じられないけど、友情は信じてるからね! 愛してるわ! じゃあね」


 サンドイッチ代をテーブルに置いて、店を出た。

 家へと向かいながら考えるのはカレンのことだ。


(カレンって結構フラフラしてるところがあるから、私は十歳くらい年上の彼がいいと思うのよねえ。なぜかいつも年下か同い年くらいだけど)


 全てを受け止めてくれるような包容力のある人間。甘やかしてくれて他には見向きもしなくなるような──。


 何気なく見渡しながら早足で歩く。

 男も女も多くの人とすれ違った。しかしこの中に“真実の愛”があるとは到底思えなかった。

 そんな中、通りすがりに聞こえた男の声に思わず立ち止まる。


「まーた、お前振られたんだって? 変な女に引っかかりすぎなんだって」


 つい先ほど聞いたばかりのような話題だったからだ。

 仕事の合間なのだろうか、作業着を着た男二人が木陰に寄り掛かり話している。

 どこにでも似たような話は転がっているものである。

 少し興味が湧いて、こっそりと立ち聞きすることにした。さも待ち合わせを装って、じりじりと近づく。


「僕は変だとは思ってなかったんだよ。というか今もそんなに変だったとは思ってない」

「おい! いいように使われただけだろう? そんなだから厄介な女しか寄ってこないんだ、見透かされてんだよお前」


 振られた男は気の良い感じ。自分よりは十くらいは年上だろうか。

 職持ち、顔は普通で背は高く、騙された女に怒らないほどに優しい。振られたばかりで彼女はおらず、窘めてくれる友人はいる。


(恋は盲目……なのかしら。この人も。……カレンと合いそうね)


 ぱっと顔を輝かせた。フレイが考えるカレンに合いそうな人物像に近かったからだ。

 思ったら即行動、のフレイは営業用の顔を張り付けて男二人へと話しかけた。


「あのー、少しよろしいですか? 今の話、少し聞こえてしまって。大変でしたねえ」


 当然のことながら話に割り込んできた見知らぬ女には警戒心を示した。


「はあ……何か?」

「いえいえいえ、似たような話を今聞いたばかりだったものですから気になってしまって。ちなみに、その別れた彼女さんとはよりを戻したいとお考えなんでしょうか」


 ずかずかとプライベートに土足で踏み込んでいくスタイルだが、清潔感ある身なりと綺麗な顔立ちによって与える嫌悪感は薄まっていた。


「ああ! お嬢さんもそれ、気になった? こいつお人好し過ぎて、振られた相手には二度と会わないんだって。幸せの邪魔したら駄目なんだとかなんとか言ってよぉ」

「そうなんですか! それはますます……」


 都合が良い。


 そう思ったものの笑顔は崩さず、フレイは小さく首を傾げた。


「他にお付き合いを考える方は?」

「振られたばっかりのこいつにそんな甲斐性はないよー」


 友人がぺらぺらとしゃべってくれる。

 小娘だからと舐められているのか、振られた友を元気付けたいのか。

 後者であって欲しいところだが、それを判断するだけの情報は今は無い。


「ちょっとご相談なんですけど、実は私の友人も振られたばかりで……良ければ今度一緒にお茶でもいかがですか?」


 完璧に、お誘いである。

 女から誘うことはあまりしないこの世の中で、男二人は戸惑ったように目を瞬いた。


「え?」

「ああ! こちら私の名刺です。あやしい者ではありません。ちょっと友人が心配なだけのただの商売人でして」

「うわ、お嬢さん、自分で商売してんの」

「……珍しいな。こんなに若い、しかも女性が、っとと」


 失言したと思ったのか、振られた方の男が自分の口をぱっと押さえた。


「いえいえー、よく言われます。慣れていますので特に気になさらず」


 むしろ気にしてくれるほうが珍しい。

 女のくせに、と罵られることも少なくないのだ。


「もし今の話、少しでも気になりましたらぜひ遊びにいらしてくださいね。私の工房の場所は名刺に書いてありますので。私も友人に少しでも元気になってほしいと思っているんですよ。……なんだか話が合いそうですし」


 最後に男たちの作業着を一瞥して、フレイは人好きのする笑顔を浮かべつつ立ち去ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る