第2話 鬼のうわさ

 生まれたときはふつうよりいくぶん小さい体つきの桃太郎だったが、ばあさんのつくる料理でみるみる成長していった。貧しい暮らしで大したものが出てくるわけではなかったが、桃太郎は何でもおいしいと言ってよく食べた。特に黍団子きびだんごは好物で、腰巾着に入れていつも携帯していた。しまいには黍太郎に改名したほうがいいんじゃないかと言われたほどである。


 桃から生まれたこと以外にも、桃太郎はふつうの子と違っているところがあった。細身なわりに力持ちなことだ。水くみも薪割りも、大人より何倍もパワフルにこなした。

 特異な出自はいじめっこたちの格好の標的だったが、どんなに体格のいい子もあっというまにしっぺ返しを受け泣きながら帰ってくるので、たちまち桃太郎にケンカを売ろうなどという不届きものはいなくなった。また、桃太郎自身は元来穏やかな性格であったので、すぐにみんなから慕われるようになった。じいさんとばあさんにとっても、村人にとっても、桃太郎は頼りになる不可欠な存在になっていた。


 さて、桃太郎がよわい十五をむかえた頃のこと。隣村からやってきた裕福な地主がこんな話をした。


「近頃、鬼たちがやってきては金品を強奪していくという話をよく聞く。昨日はついに橋の向こうの村、つまりあんたがたの隣の隣の村が被害にあったそうだ」


「それは何とも物騒な話ですねえ」


 ソヨばあさんがお茶を出しながら言った。


「人事ではない。あんたがたの村だっていつ襲われるかわからんぞ」


 地主は鼻息を荒くする。


「しかしね、こんな小さな村襲ったところで大した儲けがないってことは明らかでしょう。俺が鬼だったら間違いなくこんな村ほうっておいて、よその立派なお屋敷を襲いますがね」


 五平じいさんは正座して腕を組みうんうんと自分でうなずいている。


「それがな、この鬼めらは金品だけでなく人もさらっていくということだ。しかも、十四、五の若い者ばかりをだ。どうだ、この村も無関係というわけではあるまい」


 じいさんとばあさんは顔を見合わせた。どうも雲行きがあやしくなってきた。


「そこでだ、天下無敵の剛力と名高い桃太郎どのに鬼を退治してくれないかと頼みに来た。どうだ、聞き入れてはくれまいか」


「私は反対ですよ」


 ソヨばあさんは身を乗り出す。


「どうしてそんな危険な役目をこの子が果たさなくちゃならないんですか。そちらの村の達者な殿方が行ったほうが、はるかに有望でしょうに」


「それが、橋の向こうのやつらもむろんそうしたのだが、誰ひとりとして戻ってこないそうだ」


「だったらなおのこと反対ですよ!」


「そこを何とかしてほしいのだ。聞くところによると桃太郎どのは、熊と相撲をとって圧勝したというじゃないか」


「それ、別のやつの話と混ざってないか?」とじいさん。


「おほん、もちろんタダでとは言わない。成功したあかつきにはたっぷりと礼をはずもう。娘の婿にしてやってもいいし、あんたがたもいっしょにこちらへ来て何不自由のない豊かな生活を送れるように手配しよう」


「……いやですよ、お金の話じゃなくて、私らにはこの子の安全が第一なんです」


「……そうそう、せっかく天から授かったひとり息子に、わざわざ命の危険を冒すような真似させるわけないでしょう」


 ふたりの言葉の前に妙な間があったのを、桃太郎は敏感に察知した。


「彼らはこう言っているが、君自身はどう思っているんだね? これは2人に孝行する、またとないチャンスだと思うが」


 地主はにこやかに問うた。たるんだ頬に笑いじわができた。


 桃太郎はやっと自分の意見を言う番がめぐってきたことにほっとした。


「おじいさん、おばあさん、僕は鬼退治へ行くつもりです」


「何だって!?」


「正気なのか!?」


 じいさんとばあさんは何とも複雑な表情を浮かべていた。


「地主さんの言うとおり、これは親孝行できるいい機会です。おばあさん、雨漏りせず隙間風の吹かない家に住みたいと言っていたではありませんか。おじいさんも、おばあさん以外の若い女の人の顔を見て暮らしたいといつもこぼしていたではありませんか」


 ばあさんはじろりと冷たい目でじいさんを見た。


「それに僕は、鬼というものに興味があります。どんな姿で、どんな物を食べ、どんな考えを持っているのか。里を襲ったのだって、何か言い分があるかもしれません。それを知ったうえで、いちばんいい解決方法を考えてみます」


「よくぞ言った! いやしかし、変わっちゃいるが立派な考えを持った息子さんだ。これならひとり娘の相手にも申し分ない」


 地主はひざを打って声を張り上げる。

 急な縁談話に桃太郎は慌てた。


「地主さん、その話はひとまず保留で。ほら、無事帰って来られるかわかりませんし……」


「心配しなくとも、器量はいいぞ。むろん、無理にとは言わないが」


 地主は上機嫌で笑い、ほんの気持ちといって箱入りのまんじゅうを置いていった。


 地主が帰ったあとにふたを開けてみると、まんじゅうの下に金ぴかのものが入っており、じいさんとばあさんは大騒ぎだった。ただ、桃太郎はまんじゅうが少なくてがっかりしていたが。

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