オカ研のご予定


    * * *


「それでは『第一回! オカ研、夏休み旅行!』の予定を決めていこう!」

「「「わー」」」


 いつもの面子がオカ研の部室で集まり、早速夏休みの予定を決めることとなった。

 部長のレンが音頭を取り、ホワイトボードに『行きたい場所候補!』と書く。


「思えば私たちオカ研は設立以降、毎度恐ろしい怪異との戦いばかり……暑い季節にホラーは定番だけど、私たちにそんなものは不要じゃい! というわけで夏休みは怪異のことなんて忘れて、思いきり楽しもうではないか諸君!」

「よっ! さすが部長、いいこと言うな! 怪異退治の依頼を積極的に受けてたのはお前だけど!」

「余計なことは言わんでよろしいダイくん! さあ皆、行ってみたい場所をどんどん言ってくれたまえ!」


 ホワイトボードに「海水浴」、「川辺でキャンプ」、「花火大会」と、夏の定番であるイベントが次々と書かれていく。

 うーん、どれも捨てがたいな。

 まあ、夏休みは長いのだし、全部制覇してしまえそうだがな!


「ところでスズちゃん。つかぬことをお聞きするけど、海とか山とかには……」

「ご安心ください♪ 黄瀬家のプライベートビーチや山荘はもちろん、各所に別荘がございますので、どこでもお泊まりができますよ~♪」


 黄瀬財閥の令嬢、スズナちゃんはにこやかに答える。

 やっぱり黄瀬家パネェ……文字通り日本中の至る所に別荘があるんだもん。

 どこに行くにせよ、宿の心配はなさそうだ。


「浮かれる気持ちはわかるけど、アタシたちは学生なんだから夏休みであっても、ちゃんと節度ある行動を……」

「はいはい、堅いこと言わないのキリちゃん。せっかくの夏休みなんだから、ちょっと肩の力を抜こうぜ~?」

「抜きすぎると問題行動起こす人ばっかりだから言ってるんでしょ! だいたいレンは緩みすぎよ! 夏服でも相変わらずリボンもつけずに胸元あけたりしてるし!」


 キリカは相変わらず委員長らしく生真面目な態度を貫き、ついでとばかりにレンの制服姿を注意しだす。


 レンの制服の着こなし方は、冬服と特に変わらない。

 極ミニスカートに、白いブラウスにはスクールリボンを留めず、胸の谷間が見えるくらいボタンをあけている。

 今日も開放的な谷間が目に眩しい。

 しかもルカと違ってベストを着てないので、ブラの輪郭がうっすらと見えてしまう。

 敢えて言おう。

 エッチすぎるぞレン。

 健康な男子にとってはあまりにも刺激的な制服姿だが、着ているレン自身はなんとも堂々としたものである。

 男子の目線など気にせん! 私は着たいように着る! とばかりにお洒落に対する熱意を感じる。


「べつにいいじゃん。このほうが涼しいし~」

「だからってね~。せめてアタシみたいに下にシャツくらい着なさいよ。す、透けるでしょ、いろいろと……」


 顔を紅潮させながら、キリカが言う。

 キリカは委員長らしく模範的な着こなし方だ。

 スカートは短すぎず、長すぎず、ブラウスの下側も外に出さず、ちゃんと中に仕舞っているし、リボンもきっちりと結ばれている。

 おかげでアスリート並みに整ったスタイルと、ご立派な胸部が強調されている。

 ……不思議だな。真面目に制服を着ているはずなのに、それが逆に色っぽいというのは。

 とはいえ、キリカ本人が言うようにブラウスの下にシャツを着ているためか、レンのように下着が透けて見える様子はない。

 そんなキリカを見て、レンは「ふっ」と笑う。


「甘いね、キリちゃん。お洒落に恥じらいは禁物だよ? それに私は男子たちに夢を与えているんだよ。『女子の透けブラ』というひと夏の甘い思い出のいちページを……ねえ? さっきからチラ見してるダイく~ん?」


 唐突にレンに妖艶な流し目を送られ、ビクンと肩が跳ねる。


「え? べ、べっつに見てね~し~!」


 嘘です。部室に集まった瞬間から盗み見てました。

 だって見えちゃうんだもん!

 しょうがないよなあ!? 男子としては!


「ぷくー。ダイキは透けてれば誰でもいいんだ?」

「え? いや、そういうわけじゃ……こらこら、対抗心を燃やして脱ごうとするんじゃありません」


 レンに負けじとばかりに、ベストどころかブラウスごと脱ごうとするルカを慌てて止める。


「夏服といえば、スズちゃんのその桃色のサマーカーディガンとか超かわいいよね~♪」

「ありがとうございますレンさん♪ これスズナのお気に入りなんです♪」


 スズナちゃんはブラウスの上に薄めの生地のカーディガンを着ていた。

 小柄で愛嬌の塊であるスズナちゃんにピンク色はとてもよく似合っている。


「でも夏用とはいえカーディガンとか暑くないのスズナちゃん?」

「私、冷房が苦手でして……夏でも長袖を着ないと体を冷やしてしまうのです」


 俺が尋ねるとスズナちゃんは苦笑しながら答えた。

 なんと、そうだったのか。

 部室はいま冷房でガンガン冷やしているところなので、スズナちゃんはキツいかもしれない。


「じゃあ冷房の温度上げよっか」

「いえいえ、それは皆さんに申し訳ないですし……あ、そうだ! 寒いときは、ダイキさんにくっついちゃえばいいのです! こんな風に……ぴとっ♪」

「なっ!? スズナちゃん!?」


 とつぜん肩を寄せて、俺にくっついてくるスズナちゃん!

 いい匂い! そして二の腕に当たるポヨポヨと柔らかい感触!

 いくら体が冷えやすいからってスズナちゃんったら、なんて大胆なことを!

 まあ確かに俺は人より体温高いほうだけどさ!

 スズナちゃんは上目遣いでこちらを見ながら、にこにことご機嫌に微笑む。


「えへへ♪ ダイキさんのおかげでスズナ、ぽかぽかです♪」


 かわいい♪

 俺もスズナちゃんの愛らしさで心がぽかぽかです。


「むっ……ダイキ、私も冷えてきたから抱きしめて」

「くっ。さすがスズちゃん、油断ならないね……わ、私もちょっと寒いかも~! ダイくん、くっついていい~?」

「エアコン止めればいいでしょうがこの色ボケどもが!!」


 ルカとレンまでもが俺に密着しそうになったところで、キリカがイライラした顔でエアコンを止める。

 途端、暑さが舞い戻ってきて、俺たちは「あ~」と情けない声を上げてスライムみたいにとろけた。


「いまからこの暑さが続くと思うと参るね~」

「ですね~。でも、きっと……楽しい夏になりますよね♪」

「ま、まあ……アンタたちがいるおかげで去年よりは騒々しい夏になりそうだわ」

「うん。いまから楽しみ」


 暑さにやられながらも、俺たちは仲間と過ごす夏に思いを馳せて笑い合った。

 本当に、楽しい思い出でいっぱいになる夏になるといいな。


「あ、電話だ」


 ふと、ルカのスマートフォンからコールが鳴る。


「なんだ? また機関からか?」


 せっかく盛り上がっているところなのに、またルカに依頼を出す気か?

 しかしルカは首を振る。


「違う。灰崎さんから」


 灰崎?

 なんか、どっかで聞いたような……。


「え!? 灰崎って……あの灰崎家!? 霊装鍛冶師一族の!?」


 キリカが驚いた様子で言う。

 霊装鍛冶師……そうだ、確か師匠が言っていた。

 俺が師匠から預かった霊装『双星餓狼そうせいがろう』は灰崎炎心えんしんと呼ばれる天才鍛冶師が造ったものだと。


「そういえばルカやキリちゃんの霊装ってどうやって造られてるのか気になってたけど、その灰崎さんって家の人たちが造ってるの?」

「例外はあるけど、この世の霊装のほとんどが灰崎家が生み出したものよ。というか霊装っていう道具を開発した大本ね。平安時代から存在していたと言われているわ」


 レンの疑問にキリカが答える。

 霊装──俺たちは何気なく使っているが、考えてみれば現代科学でも及ばないとんでもないテクノロジーを秘めた道具だよな。

 武器としての形態を変幻自在に変える、ルカの紅糸繰べにしぐれ

 霊力を増幅させる、キリカの神木刀。

 剣にも盾にも銃にもなる、アイシャの聖十字。

 そして相手の霊力を吸収する、俺の双星餓狼。

 あの超技術を平安時代から造りだしたなんて……とんでもない一族だな。


「はい、はい……いまオカ研の部室にいます。そうです、メールでお伝えした通り、事情を知っている人しかいないので大丈夫です。じゃあ、よろしくお願いします」


 ルカは電話を終えると、カバンの中身をゴソゴソと弄り始める。


「ごめん皆、とつぜんだけどお客さん呼んでもいいかな? 灰崎さん、いまなら時間あるみたいだから」

「呼ぶって……いまから?」


 レンが聞くと「いまから」とルカは頷いた。


「灰崎さん、あちこちで依頼受けてて多忙だから、いましか来れないみたい」

「一族揃って霊装のメンテナンスとか新規開発にかかりきりだものね……それにしても、ルカ。よく灰崎家のアポイントメントなんて取れたわね。機関のツテがあっても難しいのに」

「随分と前から申請は出してたの。ようやく取り次いでもらえたよ」

「でも、いったい何のために?」

「紅糸繰のことを調べてもらうために」


 キリカの疑問にルカが答えると、部室に緊張の色が滲んだ。


 紅糸繰は、ルカの母である璃絵さんの形見であり、白鐘家の娘が代々受け継ぐ霊装だという。

 しかし白鐘家の伝統を教えてもらってこなかったルカは、使い手でありながら紅糸繰のことをほんとど知らない。

 由来も、製造法も……そして、使も。

 白鐘家の書庫で白鐘家の歴史を調べた際、紅糸繰についての資料はなかった。

 だから、頼ることにしたのだろう。

 霊装の専門家に、己の霊装の謎を解き明かしてもらおうと。


「お客さんがいらっしゃるのなら、お茶を用意しないといけませんね」


 来客と聞いてスズナちゃんは早速アイスティーとお茶菓子の準備を始める。


「じゃあ私は校門まで迎えに行くよ。その灰崎さんって、何時に来るの?」

「迎えは必要ないよレン。直接ここに招くから」

「え?」


 首を傾げるレンの横で、ルカはカバンからゴテゴテした金属の塊を取り出す。

 それはダイヤル式の南京錠のようなものだった。


「何だそれ?」

「灰崎さんにアポイントメントを取ると、先にコレが送られてくるの。いつでも面談できるように持ち歩かないといけないから、大変だったよ」


 俺の質問にそう答えると、ルカは南京錠を持ち歩いて部室をキョロキョロと見回す。


「んーと、手頃なのは……とりあえず、これでいいかな」


 ルカは掃除用具入れの前に立つ。

 用具入れの取っ手に南京錠を触れさせると……磁石のようにピッタリとくっついた。


「えーと確かパスワードは……」


 ルカが四桁のダイヤルを回すと「カチリ」とロックが解除されたらしき音が響く。

 すると……。


 コンコン、とノックが鳴った。

 用具入れの、中から。


「ひいいいい!? 何事ぉぉぉ!?」

「ちょっと黒野!? 何ドサクサにまぎれて抱きついてんのよ!」

「そうですダイキさん! 抱きつくのならスズナにお願いします!」


 キリカとスズナちゃんに文句を言われるが、それどころではない!

 狭い用具入れの内側から何でノックが!? 完全にホラーだよ!

 トイレの花子さんならぬロッカーの花子さんか!?


「落ち着いてダイキ。別に怪異じゃないから。あっ、お待たせしました。どうぞお入りください」


 ルカが声をかけると、ギィと用具入れの扉が開く。

 そこから現れたのは……。


「どうも~白鐘さ~ん♪ このたびは灰崎ファクトリーのご利用ありがとうございま~す♪ あたし、灰崎ようって言いま~す♪ どうぞよろしく~♪」


 鍛冶師のイメージとは程遠い、革製のトランクケースを持った陽気なお姉さんだった。

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