夏が来る



    * * *


 ジリジリとする日差しの中、ルカと一緒に登校する。


「夏はどうして毎年来るのだろう。暑いのやだなぁ……」


 日傘を差しながら、ルカが憂鬱げに呟いた。


「ルカ、日の光に弱いもんな」

「そして何より胸が汗で蒸れる。これはオカ研の皆が持つ共通の悩み。理解者が増えて私は嬉しい」

「お、おう……」


 反応しにくいことを言わないでおくれよルカ。

 ついついオカ研の皆が胸元を汗拭きシートでフキフキする場面を思い浮かべそうになって……と、いかんいかん! 部室で皆と顔を合わせづらくなってしまう。


「ま、まあ、もうすぐ夏休みなんだし、せっかくだから楽しいことを考えようぜ? なんたって、今年はオカ研の皆がいるんだからさ! きっといつもより充実した夏休みになるはずだぜ」

「……そっか、今年の夏はいつもとは違うんだよね」


 ルカは立ち止まって、空を見上げる。


「レンや、スズナや、キリカと、夏を過ごせるんだ。なんだか、不思議な気持ち。いままではダイキと一緒なら、べつに友達なんていらないと思ってたのに……私、すごく、ワクワクしてる。皆との夏休みを」


 ルカの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。

 俺もつられて嬉しい気持ちになる。まさかルカから、そんな言葉を聞けるようになるだなんて。

 レンたちの出会いは、確実にルカに良い変化を与えている。

 夏休みを通じて、ルカの世界はもっと鮮やかに広がっていくことだろう。


「オカ研の皆で旅行とか行きたいな」

「おう、いいな」

「行くなら海がいいな。海水浴とか、したことないから。スイカ割りとかもしたい」

「夏の定番だな」

「そしたら水着買わなきゃ。ダイキはどんなエッチな水着が見たい?」

「エッチなの前提!? お、俺はいいよ。せっかくのお泊まりなんだから女子たちだけで楽しんでらっしゃい」

「ぷくー。だめ。ダイキも一緒に来るの」

「んー、俺は行けるかわからないぞ? 師匠たちに『夏休みはみっちり修行つけてやる』って言われてるし」


 人食いの怪異、肉啜りを撃破したことを契機に、俺の修行は第二段階へと移った。

 対怪異の戦法を学ぶため、時間があれば師匠たちのもとへ出向くようにしている。

 相も変わらず容赦の無い四人の師匠たちに鍛えられ、傷が絶えない日々だ。

 第二段階というだけあって、毎度気を失うほどの激しい修行を……というか、ツクヨ師匠以外の三人は絶対に俺を苛めて楽しんでると思う。

 すっごいサディスティックに笑ってるもん。

 怪異に殺されるよりも先に師匠たちに引導を渡されないかな、と内心ヒヤヒヤしている俺である。


「あ……いまから夏休みの修行を想像したら悪寒が……」

「もう! そんなに怯えるくらいなら予定空けてほしい! だって……私、ダイキともちゃんと思い出作りたいもん」


 きゅっと俺の制服を袖を握ってくるルカ。

 切なげに見つめてくる赤い瞳に、思わずドキッとする。


「レンたちと一緒に遊ぶのもきっと楽しいだろうけど……やっぱり、ダイキもいないと私、寂しい……」

「ルカ……そうだな。高校生になって、初めての夏休みだもんな」


 ルカにとっても、俺にとっても、今年は原作展開が始まった特別な年だ。

 運命が大きく変わり始めたこの一年だからこそ、楽しい思い出も増やしていきたい。


「よし! じゃあ今日は部室で夏休みの予定を皆で決めようぜ!」

「ダイキ……うん、楽しみ」


 来たる夏の余暇に心を躍らせていた俺たちだったが……。


「っ!?」


 とつぜんルカは険しい顔つきになって、背後を振り返った。


「ルカ? どうしたんだ?」

「……この頃、誰かに見られている気がする」

「なに!? 新手の怪異か!?」

「わからない。気のせいなら、いいんだけど……」


 ルカいわく懺悔樹の戦いの後から、何者かの視線を頻繁に感じるらしい。

 しかし、ルカの視線の先には何もいない。

 霊力の残滓らしきものも感じ取れないそうだ。

 ルカの言う通り、気のせいなら何よりだが……。

 これが何かの前兆ではないかと、身構えずにはいられなかった。


「はぁぁぁん。この国の夏は暑いとは聞いておりましたが予想以上の暑さですわね~」


 緊迫した空気を壊すように、聞き慣れた声が後ろからする。

 この声はアイシャか?

 振り返えると、やはりそこにいたのは枯草色の長髪のシスターで……、


「ぶうううううううう!!?」


 そして彼女の格好を見て思わず噴き出してしまった。


「あら、クロノ様♪ ご機嫌麗しゅう……って、はぁぁぁぁん! ク、クロノ様ったら、そんな薄着をされて! 逞しいお体の輪郭が丸わかりではないですの! 両腕もそんな露出されて、美しい筋肉を見せびらかすだなんて! はあああああん♡ いくら暑いからって大胆すぎますわ♡ わたくしには刺激が強すぎましてよ~♡」

「いやいやいや!? アイシャだけには言われたくないぞ!?」


 こちとら学園から指定された制服だから! これが普通の格好だから!

 だがアイシャ! 君のその格好はいったい何だ!?


 暑さ対策のためか、アイシャは普段のシスター服を身につけていなかった。

 まあ、あの格好じゃさすがに暑いだろうから薄着になるのはわかるが……問題はその薄着である。

 いや、もう薄着なんてレベルじゃない。

 下はデニムのショートパンツ。太ももの付け根まで切り込まれた超短いタイプだ。

 おかげでアイシャの生足が大胆に曝されている。レンにも負けないくらいのムチムチとした太ももが目に毒すぎる。


 そして何よりも問題なのが……上は黒のチューブトップだけ! しかもお臍が見えて、肩紐がないやつ!

 おわかりいただけるだろうか?

 あの爆弾サイズのおっぱいをほぼブラジャーと同じくらいの面積しかない上着で包んでいるのである!

 そりゃもう、おっぱいの揺れが目立つこと!

 いまアイシャは俺の格好を見て「やんやん」と紅潮しながら身をくねらせているから「ばるんばるん!」とダイナミックに胸部が暴れていらっしゃる!

 暑さも手伝って、一気に鼻腔から血液の奔流が起こる。

 このシスター……スケベすぎる!


「シスターがなんて格好してるのさ……」

「あら、ルカ。だってしょうがないですわ。こうも暑くては倒れてしまいますもの。古い習わしなど気にせず、シスターもクールビズすべきですわ~」


 などと言ってアイシャはアイスキャンディーを口に咥える。

 頭の麦わら帽子といい、もはやシスターの面影はどこにもない。

 完全に外国から旅行にきた、ちょっとエッチな格好をしたお姉さんそのものである。


「あむ、ちゅううう……それにしても……れろれろ……梅雨入り前からこんなに暑いだなんて……じゅぽじゅぽ……本格的な真夏が来る日が恐ろしいですわね~……ぶじゅるるるるッ……ちゅぽん……あ♡ おいしい♡」


 あのぉ、そんなに色っぽくアイスキャンディー舐めないでもらえますか? 前屈みになって歩けなくなるから。


「ええい、そんな格好でいたらダイキが変な気持ちを起こすでしょうが。さっさとどっか行ってしまえ、この淫乱シスター」

「まあ! 相変わらず礼儀がなってない女ですわね! 少しはライバルの健康を気遣うなりしたらどうですの?」

「いっそ倒れてくれていいよ。そしてこの国の暑さに負けて帰国してしまえ」

「ぬあんですって~!?」


 ぐぬぬぬぬ、と爆乳同士を押しつけ合って睨み合うルカとアイシャ。

 まったく飽きないな、この二人も。

 こんな暑い日にまで喧嘩するんじゃないよ。頭に血がのぼって本当に倒れてしまうぞ。

 とりあえずルカの代わりに、俺が注意喚起するとしよう。

 湿度の高い日本の夏は、外人によっては本当に地獄だからな。


「まあ、慣れない土地での季節の変わり目だもんな。体調には気をつけろよアイシャ。特に熱中症」

「『ねっ、チュウしよう』と申されました!? はぁぁぁん♡ そんないきなり過ぎますわクロノ様♡ もちろん喜んで……」

「なにベタな聞き間違いしてんのさ。【 《吹っ飛べ》 《淫乱シスター》 】」

「あ~れ~!?」


 ルカの言霊によって、ぴゅーんと空の彼方へ吹っ飛んでいくアイシャ。

 すげえ。漫画みたいに飛んでいったな。

 いや、ここ漫画の世界だったわ。


「ふう、痴女は去った。ほら、学園行こうダイキ」

「容赦ないですねルカさん」

「アイシャだから大丈夫だよ」


 不思議とその言葉に納得してしまう。

 まあ、アイシャなら何とかするだろう。


 それにしても……パワーアップしたルカの霊術は相変わらず凄まじいな。

 正確にはパワーアップではなく『力が戻った』と言うべきだが。

 璃絵さんがかけた『禁呪』のひとつを解き、封じられていた霊力の総量を取り戻したルカ。

 あのアイシャですら一瞬で豆粒のように吹き飛ばせてしまうほどに、いまのルカの霊術は破格の性能となっている。

 これなら、どんな怪異が来ても怖いもの無しかも?

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