奇妙な洋食店【後編】
「……どうする、レン?」
「とりあえず、出された料理は食べきっちゃおう。正直不安だけど、お残しが許されない以上、このお皿を片付けないと、たぶん帰してくれない」
レンの言葉に従い、俺たちは急いで料理を食べきった。
完食すると、急いで厨房に向けて声をかける。
「あの、すみません!」
「はい~。何か御用でしょうか~?」
「その……デザートは結構です! もうお腹いっぱいなので。でもお代はちゃんと払いますから、精算のほうを……」
「は?」
「ひっ!?」
暖簾から、料理長の顔がヌルリと出てくる。
「……どうして、そんなことおっしゃるんですかぁ~? オーナーが選んだ特別なデザートをこれからお出しするのに~。とってもおいしいのに~」
料理長は泣いていた。
目玉がいまにも飛び出しそうなほどに瞼を見開き、号泣していた。
「食べてくださいよ~! ダメなんですよ~!? オーナーが選んだ特別なメニューなんですから~! 最後まで食べないといけないんですよ~!!」
料理長は俺の服を掴み、縋りついてくる。
「食べて! 食べてよぉ! お金……お金いらないから! むしろ払うから! こっちが払うよ! だから全部食べて~~!」
「は、離せ!」
恐怖のあまり思わず料理長を突き飛ばしてしまう。
「……デザートぉ……きっとぉ……見れば食べたくなりますよね~!?」
「ひっ!?」
料理長はニマァと笑いながら四つん這いのまま厨房に入っていく。
「オーナ~!! 待っていてください~! あなた様の選んだメニューは必ずあの人たちに食べきってもらいますからね~! オーナー、オーナー! 私のオーナー~!!」
正気じゃない!
明らかにここは異常だ!
「ルカ! レン! 逃げるぞ!」
「う、うん!」
レンは真っ先に出入り口に向かいドアを開けようとする。しかし……。
「あ、開かない! どうして!?」
「くっ!」
閉じ込められたのか?
マジで料理を完食するまで俺たちを帰さないつもりか?
ガタガタ! ガタガタガタ!
揺れている。また神棚が揺れている。
まるで店から出ようとする俺たちに怒るように。
「ルカ! 何か感じないのか!? この店にはいったい何がいる!?」
明らかにコレは何かの怪異による仕業だ!
ルカは空腹で弱っていたから怪異の気配を感じ取れなかったのだろうが、料理を食べたいまなら感じ取れるはずだ。
「ルカ! なあ、ルカってば! ……え?」
返事が一向にないルカのほうを見ると……彼女は衣服を脱ぎ捨て生まれたままの姿になっていた。その瞳は、どこか虚ろであった。
「ル、ルカ? 何やってるんだ!?」
「……イカナキャ、ワタシ……」
「え?」
「最後ノ……食ベテ……行カナクチャ……」
神棚が激しく揺れる。
まるで歓喜に震えるように。
そんな……頼りになるルカが……おかしくなってしまった。
何なんだ? ここにいるのは、何なんだ!?
ルカすらおかしくする怪異ってコトなのか!?
ガシッと腕を掴まれる。
「ひっ!?」
「お待たせしました~~! デザートの時間ですよおおおおおおおお!!!」
スイーツが載ったお盆を持って、料理長の女性がやって来た。
「あなたにはああああああ!! このチョコレートケーキをおおおおお!!!」
「がぼっ!?」
ケーキを無理やり口にねじ込まれる。
「そちらのお客さんにはあああああ! チーズケーキをおおおおおお!!」
「きゃああああ!!」
チーズケーキを手に、料理長はレンに飛びかかる。
「そして最後に、そちらのあなたにはショートケーキをおおおお! どうぞお召し上がりくださあああああああいい!!」
テーブルに置かれたひとつのショートケーキ。
それに向かって、ルカはフラフラと歩く。
……いけない。
ルカ、そのケーキを食べてはいけない。
どうしてか、わからない。
だが直感的に思った。
ルカがあのケーキを食べた瞬間、何かが起こると。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 百人目! これで百人目ですよオーナー!!! あなたのお望み通り、これで百人です! ご安心ください! 私の料理でしっかりおいしく仕上げましたから! きっとご満足いくはずです! どうぞ心ゆくまでお召し上がりください! 貴方様の供物をおおおおおおおお!!!」
料理長は店の中央でルンルンと踊りを始める。
心から嬉しそうに。このときを待ちわびていたように。
「貴方様のルールは絶対! 私は忠実に守り抜きました! これでこの店は安泰! 永遠に安泰なんだああああああ!!!」
料理長が何を言っているのか、まったくわからない。
だがハッキリしているのは……俺たちは、この料理長の女性に利用された。何らかの目的のために。
「今日は素晴らしい日です! 最後の最後にオーナーが好む肉を用意できた! 上質な肉! 栄養たっぷりの肉! ああっ、明日は素晴らしき日が待っていることでしょうううう!」
「……その上質な肉って、ルカのこと?」
「そうですとも! あの水を飲んで唯一体が疼いた! それこそオーナーに捧げる相応しい肉の証! 最後のショートケーキを食べれば調理は完了です!」
「そう……よくわからないけれど、要はルカにそのショートケーキを食べさせなければいいんだね?」
「……は?」
いつのまにか、レンは全裸のルカを押しとどめていた。
そして、ルカの代わりにショートケーキを口にした。
「な……何やってるんだテメエええええ!!!?」
「はい、ルカのケーキ、私が食べちゃいました。これ、オーナーのルールを破ったってコトでいいんだよね?」
「あ……ああ、あああああああ!!?」
レンの言葉に、料理長は顔面を蒼白にする。
この世の終わりとばかりに。
「ひええええええ!! お許しくださいオーナー! お許しくださああああああいい!!」
料理長は神棚の前に跪き、土下座をした。
許しを請うように。
「すぐに! すぐに別の供物を見つけて参りますから! あの銀髪の娘よりも上質な肉を! ああ、ですからどうかオーナーお許しを! 貴方様のためにここまで尽くしてきたではないですか!? あと、あと少しだったのに! いや、いや……イギャアアアアアアア!!!?」
料理長の体に異変が起こる。
体中の血管が浮き出し、肉が膨張を始める。
「オボオオオォォ……イ、イヤダァ……供物ニ、ナルノハ、イヤ……ダァァア……」
肉塊と化した料理長は、まるで液体のように溶けて、そのまま神棚へと吸い込まれていった。
神棚がガタガタと激しく揺れ、そして……。
……グチャグチャ! ガブリッ……じゅぞぞぞぞぞ……げええええっぷ!
品のない咀嚼音とゲップの音を最後に、神棚は崩壊して消えた。
* * *
「……かすかに気配の残滓が残っています。この土地には、何か良くないものが根付いていたのでしょう。そしてここの料理長は、そのナニカを祀っていた」
連絡して急遽やってきてくれたアイシャが、霊視を使って俺たちにそう説明してくれる。
「ルカだけがおかしくなったのは、恐らく霊能力者限定で効力を発揮するものがお料理に仕込まれていたのでしょう。そして霊能力者の肉こそ、そのナニカにとっての大好物だったのでしょうね」
俺の背に乗ってスヤスヤと眠るルカを、アイシャは溜め息を吐きながら見やる。「わたくしのライバルとあろうものが、何てザマですの!」とアイシャは憤っていた。
しかし、あのルカが抵抗することもできず、おかしくなってしまうだなんて……とんでもない怪異だ。いったいどんな化け物だったんだろうか?
「それにしても、レンさんの機転がなければ危なかったですわね。さすがですわ」
「正直、賭けだったよ。ただ……『オーナーのルールは絶対』。そう言ってあの女はオーナーの意向に背くことを異常に恐れていた。つまり……そのルールを破ったときのペナルティーは、お客の私たちよりも、あの料理長の女のほうに行くんじゃないかって、そう考えたの」
あの女はオーナーの指示を守ることに固執していた。
もしかしたら、そういう盟約を交わしていたのかもしれない。
オーナー……恐らく、ヒトではないナニカ。料理長は商売繁盛のために、オーナーという名のナニカに、お客を供物として捧げ続けていたのだろう。
「ありがとうレン。本当に、レンには助けられてばかりだな」
俺たちだけだったら、間違いなく終わっていた。
やはり、この『銀色の月のルカ』の世界を生き抜くには、レンの閃きと行動力は欠かせない。そう改めて感じる日だった。
「お礼はいいよ。だって……あんまり、解決した感じじゃないもん……。あの神棚、どこに行ったのか、わからないんだし……」
「……」
神棚が消えた瞬間、店自体も消失した。
まるで、はじめから何もなかったかのように。
丸坊主になった土地を見やりながら、俺は不穏な想像に駆られた。
あの神棚は……いや、その中に潜んでいたナニカは、いまもどこかで人をたぶらかし、供物を求めているのではないかと。
* * *
──あれ? 見て! こんなところにカフェがあるよ!
──へえ、こんな辺鄙な場所にね~。何か通好みな感じだね。
──ん? 何だろコレ? ……【当店のメニューはマスターのその日の気分によって決めさせていただいております】……だって! 変なの!
──何ソレ? 客の食べたいもの食べさせてくれないの?
──おもしろそうじゃん! 入ってみようよ!
──まあ、いいけど……え? いま、あんた舌舐めずりした?
──は? するわけないじゃん、そんな下品なこと。
──そう、よね……でも、いま確かに……。
いらっしゃいませ。二名様ですか? 当店はお残し厳禁ですので、どうか最後までお召し上がりいただきますよう、お願いします。
マスターのルールは、絶対ですから。……ねえ、マスター?
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