バブバブタイム【前編】


 今朝はどうも肩が重かった。

 変だな? 寝違えちゃったかな?

 肩をさすりながら階段を降りる。

 ……んー何だろう。まるで体重が増えたように重い。気をつけて階段を降りないと転んでしまいそうなほどに。

 洗面所に入り、顔を洗う。

 ふぅ~。とりあえずサッパリして気分を変えよう。

 タオルで顔を拭き、鏡を見る。

 鏡には映っているのは、眠たげな自分の顔。

 そして……。


『アァ……ダァアアアァ……』


 腐乱した赤ん坊サイズの生き物が肩に乗っかっていた。


 ああっ、なるほどなるほど。

 どうりで重いわけだ。

 アハハハハハハハハハ……。




 朝から、けたたましい俺の悲鳴が近所中に響いた。



   * * *



「これは……水子だね。いつのまにかダイキにくっついてきちゃったみたい」


 水子……つまり赤ん坊の霊か。


「う、うぅ……か、体が重い……お、押し潰されそうだ……」


 今朝は肩が重いだけだったが……いまでは全身が重く、ベッドから身動きも取れない状態となっている。

 まるでデカイ岩が乗っかてるみたいだ。


「ダイくん! しっかりして!」

「まずいわ……このままじゃ骨が砕けるかもしれないわよ?」

「ルカさん! 早くダイキさんを助けてあげてください!」


 部屋にはルカだけでなく、事情を聞いて駆けつけてくれたオカ研の皆もいる。

 全員、心配げに俺の状態を見守りながら、ルカに助けを求める。

 だが……。


「私も早く除霊したいけど……赤ん坊の霊は扱いが難しいの。魂が無垢なぶん、力加減がわからないから、強制的に引き剥がしたりしたら、ぐずって凶暴化しかねない。それこそ……ダイキの体があっという間に粉々になってしまうかもしれない」


 圧死する自分の姿を想像し、ブルリと震える。


「それにしても、どうして水子が黒野に……」

「……ねえ、もしかして昨日、ダイくんにぶつかってきた男の人が原因じゃない? ほら、すごく感じ悪そうで、大人しい女の人を連れてた……」


 レンの言葉で俺も「そういえば」と昨日のことを思い返す。

 街中を歩いていたら、とつぜん柄の悪そうな男にぶつかったのだ。


『チッ! 気をつけろ!』

『あ、すみません……』

『ちょ、ちょっとタッくん! ご、ごめんなさい!』


 ぶつかってきたのは男のほうだったが、特に悪びれることもなく行ってしまい、恋人らしき気弱そうな女性が代わりに頭を下げた。


『な~に~あの人、感じワル~。自分からぶつかってきたくせに!』

『ダイキさん、お怪我はありませんか?』

『ああ、俺は大丈夫。むしろ俺が上手く体を反らさなかったら、あの人の肩がぶっ壊れてるところだったよ。危ない危ない』

『え? こわっ……なに? ダイくんの体にぶつかったら本当に骨とか折れちゃうの?』

『紫波家に鍛えられた体を舐めちゃいかんよ』


 まあ事を荒立てるのも嫌だったので、その場は穏便にスルーしていたのだが……。


「レンの予想通りかもしれない。この赤ん坊は、中絶で生まれることができなかった霊みたいだから。もしかしたら、あのカップルの……」


 ルカの言葉に女性陣は言葉を失う。

 中絶……ということは、恐らくあの男は妊娠した女性に対して……。


「……最低!」

「許せないわ、あの男!」

「命を何だと思っているのでしょうか!」


 少女たちは怒りに震える。

 女性として、男の身勝手な行為が許せないのだろう。

 だが、それは男である俺も同じだ。

 赤ん坊に対して、強い憐憫が湧いてしまう。

 この世に生まれ落ちることもできず、失われてしまった小さな命……。

 どうにか、救ってあげたい。


「かわいそうだけど……でもこのままだとダイくんが!」

「ルカさん。何か方法はないんですか?」

「何とか説得するしかない。ダイキから離れてくれるように。……ねえ、坊や? お願いだから、ダイキから離れて? その人はあなたのお父さんじゃないのよ? あなたが憑いてると苦しい思いをし続けるの。だからね? 良い子だから、スッと離れて? ……ダメだ。嫌がって離れてくれない」

「そんな……」


 ルカは優しい声色で赤ん坊の霊に離れるよう言い聞かせるが……よほど強情らしく、ずっと俺にひっついているようだ。


「ルカ、他に方法はないの?」

「説得に応じてくれないのなら……あとはもう、霊そのものの未練を晴らすしかない」


 未練……。

 赤ん坊の未練と言ったら、それは……。


「この子は、愛に飢えている。自分を愛して、大事にしてくれる親の存在を求めてる」


 やはり、そうなるよな。

 でも、実の親と思われる男はあんな人間だし……いったいどうやってこの赤ん坊に愛情を与えれば……。


「つまり……私たちがお母さん役になればいい」

「……はい?」


 ルカが放った言葉に、俺は耳を疑う。


「ダイキの体から離れないのは、恐らくダイキを通して母親の愛情を求めているから! ……なら、ダイキを赤ん坊のように甘やかして、愛情をたっぷり注げば、きっとこの子の未練も晴れるに違いない!」

「……いやいや、その理屈はおかしい」


 すっごいシリアスな顔で言っているけどねルカさん……何を考えているのですか?

 あの、一応、命がかかっている状況なんですよ?

 もう少し真剣に解決法を……。


「……なるほど。一理あるわね」

「キリカまで何言ってんの!?」


 ストッパー役のキリカまでルカの案に納得しているだと!?


「この場ではこれが最適解だと思うわよ? どの道、実親を探す暇なんてないわけだし、それがこの子のためになるとは限らない……だったら、アタシたちが親の代わりにこの子の未練を晴らしてあげるほうが現実的よ」

「む、むう……」


 そう言われてしまうと、確かにそれしか打開策はないように思われる。

 ……え? でも待って?

 ということは……いまから俺がされることって……。


「……ねえ、ルカ? つまり、それってダイくんを……」

「赤子にするように、思いきり甘やかして良いということでしょうか?」


 な、何だ?

 レンとスズナちゃんの目がギラリと妖しく光ったような……。


「そういうこと。これもダイキを助けるため……そう、ダイキのためだから」


 ルカさん? あなたまでなぜ鼻息を荒くしてるんですか? 怖いよ。


「ダイキ」

「ダイくん」

「ダイキさん♪」


 キリカを除いた三人の美少女たちが、身動きの取れない俺に迫ってくる。

 その顔はやけに恍惚としており、声もやたらと甘ったるい。

 少女たちはベッドに上がり、それぞれが、たわわに実った乳房を押しつけてくる。

 まるで、赤子を抱くように。

 少女の甘い匂いと、フワフワな感触に包まれる。

 少女たちは耳元に唇を近づけ、蕩けるような笑顔を浮かべて言う。


「「「……ママでちゅよ~?」」」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る