縁を引き寄せる力



 師匠たちが帰った後、レンとスズナちゃんがお見舞いにやってきた。


「ダイぐううううん! 無事で良がっだあああああ! 心配したんだからもうおおおお!!!」

「ダイキさああああん! スズナは信じておりましたああああ! キリカさんからお聞きしました! ご自分で怪異を倒したと! 素晴らしいです! やはりあなた様はスズナのヒーローですううううう!」


 私服姿の二人は俺の姿を見るなり号泣しながら抱きついてきた!


「ちょっ、二人とも! 落ち着けって! わかった! わかったから!」


 よほど心配していたからか、レンもスズナちゃんも恥じらうことなく思いきり密着してくる。

 もちろん二人の大きな胸がダイレクトに当たっている!

 しかも顔にむにゅむにゅと! むごごご……幸せな感触だが息が……。


「あんたたち! 怪我人相手なんだから、ちょっと加減しなさいよ!」

「あんっ! キリちゃん!?」

「キリカさん! せっかくの感動の再会ですのに!」

「だまらっしゃい! まったく隙あらばハレンチな真似ばっかりして……」


 いまさっき入室してきたらしいキリカが二人を引き離してくれた。


「そっちも何とか無事みたいね」

「ああ、おかげさまでな」


 共に修羅場を乗り越えた俺たちは拳同士を重ね合わせる。


「改めて礼を言わせてくれキリカ。……本当にありがとう。お前のおかげで今回も生き残れた」

「アタシというよりは『凪紗様』のおかげだけどね……」

「謙遜するなよ。璃絵さんがよく言ってたぜ? 『縁を引き寄せるのも、その人の実力の内だ』ってな。もっと胸張れよ。あんな凄いご先祖様が『守護霊』として力を貸してくれてる、自分自身をさ」

「……ときどき思うんだけど、ルカのお母さんの残した言葉で本一冊が作れちゃうんじゃない?」

「かもな」


 お互いクスクスと笑い合う。


「……なーんか、ダイくんとキリちゃん、随分と仲良くなってない?」

「え?」


 俺とキリカのやり取りを見て、レンがジト目で睨んでくる。


「スズナもそう思います! 明らかに以前より親密です!」


 スズナちゃんも羨ましげに目をつり上げる。


「怪しいな~。たった一晩で何があったの~?」

「スズナ気になります!」

「いや、それはだって……お互い死線を乗り越えた仲だからというか~。戦友としてより絆が深まったというか~……なあ、キリカ?」

「……さあ、どうかしらね?」


 レンとスズナちゃんに迫られる俺を見て、キリカは愉快そうに笑っていた。


「何その余裕げのある顔!? キリちゃんのくせに! 絶対に何かあったんでしょ! 正直に言いなさい!」

「仲間である我々には赤裸々に明かす義務があると思います! 是非詳細を!」

「べ、べつに何もねえって!」


 ズイズイと質問攻めしてくるレンとスズナちゃんにたじたじとなりながら、俺は話を逸らすべく別の話題を振る。

 というか、二人が見舞いに来た時点で真っ先に聞こうと思っていたのだ。


「ところで……あの後、学園ではどうなったんだ? 聞いたんだよな? 水坂先生……水坂牧乃のこと」

「……」


 レンとスズナちゃんは押し黙り、お互いに目を合わせた。

 親しみやすい教育実習生だった水坂牧乃が、実は危険な霊能力者であり、俺たちの敵だった。

 その事実は、やはり二人に大きなショックを与えたようだった。


「……行方不明、ってことになってる。アパートの部屋も、もぬけの殻だったみたい」

「そうか……」


 水坂牧乃。正直、この名前も偽名の可能性が高い。

 姿を眩ましたようだが……また俺たちの前に現れるかもしれない。

 ヤツは俺を怪異にするつもりでいた。【常闇の女王】を復活させるための糧として。

 ……冗談じゃない。ヤツの思い通りになってたまるものか!


「ダイキさん……私たち、戦わなきゃいけないのでしょうか? 水坂先せ……水坂牧乃と」


 スズナちゃんが不安げに尋ねてくる。

 ツクヨさんはヤツとは関わるなと釘を刺した。

 でも……この先もヤツが俺や仲間に手を出すつもりでいるのなら、やはり衝突は避けられないだろう。

 いずれにせよ何かしらの対策を立てなければならないのは確かだ。


「あの女の好きなようにはさせないわ。今度こそ、倒す。そのためにも……アタシ、もっと修行するわ。『凪紗様』の力を自由に引き出せるように」


 キリカが拳を握りしめて宣言する。


「いままでは、この力を自分のものとして受け入れられなかった……でも、それで皆の命を守れるっていうなら、もうつまらない拘りは捨てる。『縁を引き寄せるのも実力』ね……上等じゃない。存分に誇ってやろうじゃないの。偉大なご先祖様の剣を引き出すことができる、アタシ自身を」

「キリカ……」


 見違えるように頼もしいことを言ってくれるキリカに、俺は思わず胸を打たれた。

 そんなキリカを見て、ふと、ひとつの疑問をいだく。


 藍神家の巫女として『落ちこぼれ』と揶揄されるキリカ。

 でも……あれほどの力を引き出せるキリカに、そんな蔑称が付きまとうのはどういうことだろう?

 いくら自由に力を使えないと言っても、ひとたび『守護霊』を宿せば、キリカに勝てる存在はそういない。

 恐らく、あの水坂牧乃だって……。

 純粋に疑問だった。


「……なあ、キリカ?」

「何?」

「その……お前の双子のお姉さんは、本当にお前に失望していたのかな? だって……あれほどの力があるのに、お前を見下すってのは、どうも違和感あるっていうか」


 いつもなら踏み込むことを避けていたが、いまのキリカなら聞いても大丈夫かもしれない。

 実際、キリカは特に動揺した様子を見せなかった。


「それは……前に言った通りよ。自由に使えないなら、それは力に振り回されているだけ。せっかく偉大なご先祖様の剣技が使えるのに、思うようにコントロールにできないアタシを見て、きっと呆れたのよ」

「……」


 本当に、そうなんだろうか?

 俺には、どうも大きなすれ違いがあるように感じる。


 キリカが初めて『守護霊』を宿したのは、友人の少女を邪霊から助ける瞬間。

 駆けつけた藍神の巫女たちは、道ばたに転がっていた棒きれ一本で邪霊を断ち斬ったキリカに戦慄したという話だ。

 その中には、キリカの姉妹たち……当然、双子の姉もいた。

 その事件の後だ。双子の姉が、キリカにとつぜん真剣勝負を挑み、剣一本で打ち負かし、そのプライドを完全に打ち砕いたのは。

 ……彼女はいったい何を思って、そんな真似をしたのだろうか?

 本当に、ただキリカに力の差を見せつけるためだけが目的だったのか?


「だって、あの子……泣いてたもの。泣くくらいに、アタシに失望したのよ。まあ、しょうがないわよ。ずっと対等だと思って生きてきた片割れが、どこまでも藍神家の歴史に前例のない真似ばっかりしてるんだもの。そりゃ血を分けた双子とは思いたくないわよね」


 ヤレヤレと首を振りながら、キリカは嘆息する。

 風呂場で過去を打ち明けたときと比べて、キリカの態度に悲壮感はない。それでも……見ている側にとっては、どこかもの悲しいものを感じさせた。


「……キリちゃん! あなたは一人じゃないわよ!? 私たちは味方だからね!?」

「え? ちょ、ちょっとレン!? 何よ急に!?」

「私もですキリカさん! あなたはオカ研にとって、いなくてはならない存在です! どうかご自分をもっと誇ってください!」

「スズナまで何よ!? ちょ、ちょっと抱きついてこないでよ!? 暑苦しいわね!」


 切ない過去話を聞いたレンとスズナちゃんは切なさからギュッとキリカを抱きしめ、オイオイと泣きだした。


 その横で、俺は考える。キリカの双子の姉、レイカのことを。

 剣でキリカを打ち負かしたとき彼女は言ったという。


『いまでも私と対等だと思っているのか? ……ふざけるな!』


 と、涙を流して。

 その様子を想像してみる。

 彼女の瞳にはハッキリと失望の色があった。そうキリカは言うが……。


 ……失望。

 でも、それははたしてキリカに対して向けられたものだったのだろうか?

 落ちこぼれだと言われ続けていた双子の妹が、ある日『歴代最強』と謳われる先祖霊を宿す。

 自分には無い、強大な力をとつぜん持った双子の片割れに対して、いだく感情とは何だろうか?


 対等であること。

 それをずっと重視してきた双子にとって、もっとも許せないことがあるとしたら、それは……。


「もしかして……逆、だったんじゃないのか?」


 無意識に口から出た言葉を、聞き取る者はいなかった。



   * * *



「ルカさ~んお見舞いにきましたよ~? 甘いフルーツをたくさん持ってきましたから、すぐ剥いてあげ……あれ? ルカさん?」

「ルカ~? あれ、いないね。どこ行っちゃったんだろ?」


 オカルト研究部の面々はルカの病室を訪ねたが、そこにルカの姿はなかった。


 ルカは病院の屋上にいた。

 干されたシーツが風でたゆたう中で、ルカは街の景色を物憂げに眺めている。


「……また、守れなかった」


 ルカはいまにも泣き出しそうな顔で、ひとり呟く。


 三度目だ。

 三度も、最愛の少年と仲間を危険に曝した。

 大谷清香のときも。

 肉啜りのときも。

 そして……水坂牧乃のときも。


 自分は、無力だ。

 ルカは自分が許せなかった。

 あれほど『守る』と口にしたのに、実際のところ、自分は助けられてばかりだった。

 どうしてか? 答えは単純。自分が未熟だからだ。


「……いまの私じゃ、ダイキを……皆を守れない……」


 オカルト研究部は助け合い。

 一人ひとりの素質が、才能が、閃きが、功を結んでいまの平和がある。

 それは、わかっていた。

 だが……どこかでパズルのピースが狂ったとき、取り返しの付かない事態になるかもしれない。

 ルカは、それが怖かった。


 足りない。

 いまの自分の力では、愛する者たちを守れない。

 今度また『常闇の侵徒』と対峙したとき、自分は勝てるだろうか?


「……お母さん」


 ルカは幼い子のように母を呼んだ。


「教えてお母さん……私は、どうすればいいの?」


 母であり、霊能力者としての師でもある亡き璃絵に、ルカは縋りたい気持ちになった。


『紅糸繰があなたを導く。未来を切り拓く可能性は、ここにすべて込められている』


 それが、母が残した最期の言葉。

 霊装、紅糸繰に込められていた言霊だった。


「わからないよお母さん……紅糸繰が、いったいどう私を導くって言うの?」


 母から受け継いだ霊装、紅糸繰。

 それは普段、ルカの体内に霊的物体として宿っている。世にも珍しい憑依型の霊装だ。

 確かに、この霊装のおかげで、ルカは多くの怪異を討伐できた。

 ……だが、もうそれだけでは足りない。

 自分には、何か新しい力が必要なのだ。


 もっと、もっと皆を守れるほどの力を!




 ──ならば示せ。汝が、我らを使役するに相応しい主であることを。


「え?」


 ルカは周りを見回す。

 いま、何か声がした。

 だが、いま屋上にはルカしかいない。


「誰? 誰なの?」


 答えはない。

 風が吹き抜け、シーツがはためく音だけがする。

 空耳だったのだろうか?

 傷は治ったが、やはり消耗しているのかもしれない。

 戻って休もう。

 ダイキたちも心配しているかもしれない。


 ひと呼吸置いて、ルカは屋上の扉に向かおうとすると……。


 ──汝が、白鐘璃絵の娘であるのなら。

 ──示せ。我らを宿すに値する器であるかを。


「っ!?」


 ルカは振り返った。

 空耳ではない。

 やはり、聞こえる。

 何者かの声が。


 ──白鐘璃絵は、我らと盟約を結んだ。

 ──すべては【常闇】を滅するため。

 ──汝は、背負えるか? この宿命を。

 ──母と同じ道を歩めるか?

 ──示せ。力が欲しくば、我らに示せ。



 ──我らの力を、授けるに相応しき人間であるかを。



 八つの声。

 荘厳な声が、八つほど重なって響く。


「……」


 ルカは自分の胸に手を置いた。

 謎の声は、耳で拾っているのはではかった。

 声は……ルカの身の内から囁いてきた。


「まさか……紅糸繰なの?」


 ルカは感じた。

 途方もない、異次元の彼方から自分に語りかけてくる存在の気配を。

 それは……紅糸繰を通して伝わってきた。

 一本、一本の糸が、それぞれ異なる位相に繋がっているような感触……。

 その瞬間、紅色の糸が、八本だけそれぞれ異なる色に光っていたように思う。


「お母さん……あなたは、いったい……」


 私に、何を託したの?

 ルカの疑問に答える者はいない。


 ──紅糸繰が、あなたを導く。

 ルカが母の残した言葉の意味を、真に理解するのは……まだ先の話であった。




 忍び寄る脅威、『肉啜り』の恐怖・了

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