藍神家の双子
* * *
退魔巫女の一族、藍神家。
この家に生まれる女性は代々『剣舞』と呼ばれる、刀剣を用いた舞を神へ奉納してきた。
巫女の剣舞に魅せられた神は、力の一片を彼女たちの刀剣に宿らせ、魔を払う術を与えた。
神の寵愛によって発展してきた家系……それがゆえに、低い霊力を持って生まれる娘は『神に愛されない不徳者』として、蔑まされる風習が根付いてしまった。
神職が重要な立ち位置を占めていた時代では、霊力の低い藍神の娘は随分と不当な扱いを受けたそうだ。
もっとも、さすがにこの現代社会で、そのような過激な差別が起きることはない。
ただ……哀れに思われるだけだ。霊力の低さは『神に見放されているのも同然』……その考え自体は、現在でも変わっていない。
そんな藍神家に、ある日、双子の姉妹が生まれる。
姉のほうは膨大な霊力を持って生まれた。
そして妹のほうは……藍神家の娘とは思えないほどに、低い霊力を持って生まれてしまった。
神の寵愛を受けた姉。
神に見放された妹。
対となる双子の誕生に、藍神家の当主は『これが何かの凶兆でなければ良いが……』と身震いしたという。
だが当主の不安を余所に、双子は仲睦まじく育った。
何をするにも、二人は一緒だった。
どちらも魂の片割れを慈しみ、喜びも悲しみも分かち合って育った。
退魔巫女としての修行が本格化するまでは……。
『自分たちは対等の双子』
そう信じていた双子は、やがて「自分にはあって、向こうには無いものがある」ことをイヤでも痛感することになる。
姉のレイカと、妹のキリカは……そうしてゆっくりとすれ違い始めていった。
「霊力の差では、どうあってもレイカには勝てなかった。同じように舞をしても、アタシの刀剣にだけ、霊力は宿らなかった。それがすべての始まりだったわ」
在りし日の思い出を、キリカは神妙な面持ちで俺とルカに語る。
俺は湯船に浸かりながら、ルカは足湯をしながら、キリカの昔話に耳を傾ける。
「藍神家の修行には、舞だけでなく、実戦としての剣技も学ばされるの。霊力じゃレイカには敵わなかったけど……剣の腕だけならアタシのほうが上だった。アタシは体を動かすことが好きだったけど、レイカは引っ込み思案で大人しいほうだったから……だからレイカと約束したの。『お互い、足りないところを補っていこうって。そうすれば、アタシたちはいつまでも二人で一緒にいられる』って。……バカみたいって思うでしょ? でもね、あの頃のアタシにとってレイカが世界で一番大切な存在だった。だから、レイカだけに退魔巫女の道を背負わせたくなかった。同じ道を進みたかったのよ」
幼い双子にとって、二人で手を取り合いながらで生きることが、きっと最も大切なことだったのだろう。
対等だと思っていた自分たちが、実は対照的な素質を持っていた。
その事実を突きつけられたからこそ、尚のこと双子としての絆を結びつける何かが欲しかったのだ。
「本当に、毎日必死だったわ。誰よりも人一倍修行して、少しでも神の恩恵が授けられるように、一日中ずっと舞をして……でも」
言葉の途中で、キリカは唇をぎゅっと噛みしめる。
「でも、ダメだった。レイカとの差は、どんどん開いていって、気づけば妹たちにも実力で抜かれていたわ」
顔を伏せて、キリカは語る。
いったい、どんな思いだっただろう。
双子の姉と同じ歩幅で歩みたいのに、後から生まれた妹たちですら自分よりも先に進んでしまう。
どれほど悔しく、歯痒い思いをしたことか。
「段々とレイカと話すことも減っていったわ。自分が情けなくて、まっすぐレイカと目を合わすこともできなくなった。部屋も別々になって、同じ家に暮らしているのに、まるで他人みたいに振る舞ってた。……怖かったの。レイカに、どう思われているのか、知りたくなかった。……でも、何となくわかってた。レイカはもう、アタシのことを見放してるってこと」
双子だからこそ、言葉にしなくとも、何か感じ取れるものがあったのかもしれない。
年々、双子の姉の態度が素っ気なくなっていったのを、キリカは肌で感じ取っていたという。
「家に帰りたくなくて、放課後は女友達と遊ぶことが多くなったわ。思えばアレがアタシの初めての非行だったわね。すべきじゃなかったわ。だってそのせいで……あんな事件が起きてしまったんだから」
話をしながら、キリカは身を震わせる。
それは、キリカの人生を大きく変えてしまった出来事。
原作の序盤でも語られた、キリカの最大のトラウマ……。
「友達の女の子と遊んでいるとき……怪異が現れたの。いま振り返れば、低級な邪霊に過ぎなかったけど……ろくに霊力も持たないアタシや、ただの一般人でしかない女友達にとっては、絶望以外のナニモノでもなかったわ」
それでも……と、キリカは自らの拳を見つめながら言った。
「それでも、アタシは守りたかった。アタシが辛いとき、いつも相談にのってくれた大切な友達だったから。『アタシならやれる。このときのためにアタシは厳しい修行をしてきたんだから』。そう言い聞かせて怪異に挑んだわ。でも……」
キリカの頬に、つぅーと涙が伝う。
「結局、その女の子は一生消えない傷を負ったわ。アタシが、未熟なばっかりに……他の姉妹だったら、そんなことにならなかったのに……」
怪異の気配を感じ取って駆けつけてきた藍神家の巫女たちによって、友人の少女は何とか一命を取り留めたが……裏の世界の存在を知り、恐怖に怯えた彼女は、キリカとの関係を断ったという。
「レイカの態度が一変したのは、その事件の後だったわ。レイカはとつぜんアタシと剣の立ち会いを望んできた。そして……アタシは完敗した。いつのまにか、剣でもアタシはレイカに置いて行かれていた」
フッと、乾いた微笑を浮かべて、キリカは天井を見上げた。
「結局、レイカに双子の片割れなんて必要なかったのよ。いつまでも一心同体であることに拘り続けていたのは、アタシだけだった。剣を向けてレイカは言ったわ」
──いまでも私と対等だと思っているのか? ……ふざけるな!
「レイカの目には、ハッキリと失望の色があったわ。『お前と双子だなんて、虫唾が走る』とでも言うように……」
「……」
俺もルカも言葉を失ってしまった。
いったい、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった。
ひとりの少女が背負うには、あまりにも重く、壮絶な過去。
否応にも劣等感を植え付けられるような環境で育ち、唯一心の拠り所にしていた双子にすらも拒絶されたキリカ。
彼女がことある毎に自分を卑下をするような性格になってしまうのも、無理からぬ話だ。
「アタシは、この家にとっての異物……それがハッキリとわかったわ。どれだけ勉強を頑張っても、優等生として良い子を演じても、そんなものに意味はなかった。あの家で価値のある存在は、レイカのように恵まれた才能を持つ巫女だけ……。アタシは居ても居なくてもいい存在だったのよ」
「でも……でもキリカ!」
悲しいことを平然と口にするキリカの様子に耐えられず、思わず声が出る。
「お前にだって、特別な力があるじゃないか。そうだろ? 俺とルカを救ってくれたあの力が!」
「力は、使いこなせなきゃ意味ないのよ」
どこか悟りきった顔で、キリカは俺の言葉を遮る。
「自分の意思で自由に扱えないのなら、それはただ力に振り回されているだけだわ。天に運命を委ねている時点で、やはり未熟者なのよ。とても霊能力者としては生きられない……だから、アタシは一般人として生きることを決めたのよ。あんたたちに、出会うまではね」
キリカも湯船に足だけを付けて、深く息を吐く。
「あんたたちと出会えたおかげで、アタシは『少しなら自分を受け入れてもいいんじゃないか?』って、そう思えるようになったわ。相変わらず力は自由に使えないけれど……奇跡的に役立つときもあるしね」
オカ研の出会いは、キリカの運命を変えた。
一度は背を向けた裏の世界に、彼女は生まれ持った正義感から、再び向き合うことを決める。
たとえ落ちこぼれだろうと、彼女の中に流れる退魔巫女の血は、恐ろしい魔性から人々を守りたいと訴え続けていたのだ。
その志を、俺はとても立派だと思っているし、眩しいとさえ思う。
だが……。
「でもやっぱり、アタシがやっていることは霊能力者の真似事なのよ。とても実家の人間に胸を張れるようなことじゃないわ」
今日、草薙姉妹に突きつけられた悪意によって、彼女の劣等感は再び、過去のトラウマと一緒に引きずり出されてしまった。
草薙姉妹の絆が、キリカにとって思い描いていた未来の形だったからこそ、余計に苦しいのだろう。
そんなキリカを見て、俺は、これだけは伝えなければならないと思った。
「……真似事だとしても、俺たちはキリカのおかげで救われた。それは事実だろ?」
「え?」
「あれが偶然だったとか、奇跡的なことだったとか……そんなのはどうでもいい。ハッキリしていることは、キリカがいなければ、俺たちはいまこうして生きていないってことだ。だから……キリカはもっと自分のことを誇っていいんだよ」
どれだけ周りがキリカを否定しても、落ちこぼれだと蔑んでも、俺たちは胸を張って言う。
キリカは他者の命のために立ち上がり、恐ろしい怪異にも挑める、立派な人間であると。
俺たちにとって、掛け替えのない仲間だと。
「ダイキの言うとおりだよ。キリカには、キリカにしかできないことがある。それで救われる命がある。才能にしか目を向けない人たちの言葉なんて、気にしちゃダメだよ」
「ルカ……」
キリカは呆然とした顔で、ルカに目を向ける。
「お母さんが言ってた。『支え合うっていうことは、依存することじゃない。お互いがしっかりと自分の足で立って、自分の意思をしっかりと持つことで、初めてできることだ』って……私の目には、あの草薙姉妹はベタベタと依存し合っているようにしか見えなかった。あれがキリカの理想なの?」
「ち、違うわ! アタシはただ……レイカに相応しい、妹でありたかった。隣に立っても恥じない、立派な巫女になりたかった。ただ、それだけで……」
ぽろぽろと、キリカは涙の雫をこぼす。
「……いえ、それは言い訳だわ。本当は……アタシを受け入れてほしかったの。巫女としての才能も、剣の才能も関係なく……ありのままのアタシを、認めて欲しかった……」
「受け入れてるよ? 私たちは、ありのままのキリカのことを」
「え?」
ルカの言葉に、キリカは虚を突かれた顔を浮かべる。
「口うるさいところも、真面目すぎるところも、すぐ落ち込むところも、すごく面倒くさいところも、意外と泣き虫なところも、猫好きなところも、結構流されやすいところも……本当はすごく他人思いで、優しいところも。私たちは、藍神キリカって女の子のことを、ぜんぶ受け入れてるよ?」
「っ!」
「レンも、スズナも、ダイキも……ついでにアイシャも。キリカがキリカだから、私たちはこうして出会えたし、一緒にいたいって思うんだよ?」
「あっ……」
ひょっとしたら、長年待ち望んでいたかもしれない言葉を前に、キリカは息を呑んだ。
「キリカは、いや? 私たちじゃ、双子のお姉さんの代わりになれない?」
「そんなこと、ない……そんなこと、ないわ……」
顔を逸らして、キリカは俯く。
あふれ出る感情を、見せないように。
「代わりなんて、そんなの……比べられるわけがない。だって、どこにも居場所が無かったアタシに、こうして居場所をくれたのは……あんたたちだけ、なんだからっ」
「キリカ……」
肩を震わせて、秘めてきた気持ちを吐露するキリカ。
「……いいのかな? アタシ、あんたたちの前では……自分を偽らなくても、いいのかな?」
切に思いが込められた瞳を向けられる。
答えなど決まっている。
「当たり前だろ」
「うん。キリカはキリカでいていいんだよ。じゃないと、こっちも調子狂っちゃうよ」
俺たちの言葉に、キリカは涙でくしゃくしゃになった顔を手で覆い、ただひと言「……ありがとう」と呟いた。
……本当に、いままで辛かったのだろう。
とても想像できないほどに、苦しい幼少時代だったに違いない。
忌まわしい過去が消えることはない。……それでも、せめて俺たちが、キリカの心の拠り所になってあげよう。
いつかキリカが自分のことを受け入れ、胸を張って生きられるようになる、その日まで。
「……さすがにのぼせてきたかな? 俺、そろそろ上がるよ」
湿っぽい話は、ここで終わりにしておこう。
そう思った俺は、タイミングを見計らって湯船から上がる。
腰に巻いたタオルが濡れているせいで、やたらと重い。
落ちないように気をつけなければ。
……普段だったら、ここで謎の力が働いてタオルを落とし、股間が丸出しになったところを悲鳴を上げたキリカにビンタされるところだったろうが……毎度そんなドジな真似はしないぞ。
せっかくキリカが本心を打ち明けてくれた、こんなシリアスな雰囲気の中で、ラッキースケベイベントなんぞ起こして空気をぶち壊してなるものか。
そう思った矢先、
「あっ」
意識がタオルに向いていたばかりに、俺は床に転がっていた石鹸に気づかなかった。
つるん、と見事に反転する俺の肉体。
「ダイキ! 危ない!」
「えっ、ちょっ、黒野!」
ルカとキリカが慌てて俺の体を支えようと手を伸ばす。
咄嗟のことで間に合わず、倒れる俺に巻き込まれて、少女たちも体勢を崩す。
……あ、これはアカン流れだわ。
ドボン、と予想どおり、三人一緒に湯船に転がり落ちる。
その結果……。
むにゅん。
またしても俺の手は、少女の豊かな乳房を鷲掴んでしまっていた。
「んっ……ダイキ、だめだよ。そんなところ、掴んじゃ♪」
口ではそう言いつつ、満更でもなさそうな声色で、俺の手で鷲掴まれた胸をグイグイと押しつけてくるルカ。
「はっ!?」
しかもお湯に濡れたせいで、ルカが身につけている白いTシャツがスケスケに!
薄い布越しに見えるは薄桃色の下着がたいへん刺激的!
「ぷはぁ! あ、あんたねぇ! なんで毎度こういうドジばっかするの、よ……あっ」
「あっ」
湯船から立ち上がったキリカも、とうぜん白いTシャツがびしょ濡れだ。
薄い布が貼りついて、クッキリと体の輪郭が浮かび上がり、ルカにも負けない抜群のスタイルが強調される。
……その巨大な乳房を包む、水色の下着の輪郭すらも。
「なっ、ななななっ!」
顔を真っ赤にして涙目になるキリカ。
わなわな体を震わせ、拳を握りしめる。
いかん。これはビンタではなく、拳骨のパターンだ。
「す、すまん!」
俺はすぐさま立ち上がり少女たちから離れようとしたが、
「あ」
その拍子で腰元に巻いたタオルがハラリと落ちる。
少女たちの目線が一点に集中する。
ルカは目をキラキラとさせながら。
キリカは理解を越えたものを見てしまったかのような驚愕の顔を浮かべながら。
そして……。
「……い、いやああああああああああ!!!」
キリカのストレートパンチが見事に顔面を直撃。
俺は鼻血を噴出しながら宙を舞った。
せっかくキリカとの結束感が深まるような雰囲気だったというのに、これでは台無しである。
いや、なんというか本当に毎度まいど締まらないな俺たち……。
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