スズナとお泊まり
* * *
夜も更けてきた。
寝間着に着替えてベッドに潜り込むと、疲れがどっと押し寄せてきた。
「……まいったなスズナちゃんには。本当にどういうつもりなんだ?」
あの後スズナちゃんは「看病すると約束しましたから!」と言って、一緒に風呂に入って俺の背中を流そうとしたり、マッサージで際どいところをやたらと触ってきたりと、こちらの理性を揺さぶるようなことを何回もしてきた。
純真なスズナちゃんだから、きっと裏はないと思うのだが……しかし、どうも今夜のスズナちゃんには気を許してはならないという意識が働く。
繰り返しスズナちゃんのやることなすことを受け入れてはいたが、最後の最後で正気を取り戻したことで危うい雰囲気になるのを何とか回避した。
『おかしいな……香り、効いてないのかな……』
別れ際、スズナちゃんはそんな妙なことを呟いていた。
なんとなく今日のスズナちゃんとは長くいないほうが良いと判断した俺は早めに眠ることにした。
スズナちゃんには、ルカが泊まるときによく使う客間を利用してもらうことにした。
そういえばルカの風邪は良くなっただろうか?
できれば早く治ることを願うばかりだ。
ルカが本調子にならないと、怪異が襲ってきたときに対処できないからな。
「あ~あ~。しっかし今日は大谷清香さんの写真集新しく買うつもりだったけど、あんな状況じゃ買いに行けないしな……」
ファースト写真集は充分に満喫したので、できれば次の写真集を買っておきたかったのだが……今日はもう仕方ない。楽しみは明日に取っておくとしよう。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
──安心していいよダイキくん。もう写真集なんて買う必要もなくなるんだから。
ん? 何だろう? 誰の声だ?
微睡みの中で反響する女性の声。それに、いい香りがする。もう何度も何度も嗅いでいる、あのいい香りが。
そして柔らかく温かい感触が俺の体に当たって……。
「って……え、なっ!?」
かけ布団を捲り上げる。
白いネグリジェを身につけたスズナちゃんが、俺のベッドに紛れ込んでいた。
「ス、スズナちゃん!? な、何しているんだいったい!?」
「ダイキさん……私のこと、抱いてください」
「は!?」
潤んだ瞳で俺を見つめながら、とんでもないことを口にするスズナちゃん。
これまで見たことのない上気した艶顔で迫ってくる。
「女の子が殿方の家に泊まっているんですよ? そういう目的があるに決まっているじゃないですか」
「な、何を言うんだスズナちゃん! 悪ふざけはやめるんだ!」
「悪ふざけだなんてひどい。スズナは本気です。ああ、ダイキさん……お慕いしています。どうかスズナをかわいがってください」
「いやいやいや! いろいろ急すぎる! スズナちゃん! 君はそんなことをする子じゃない!」
「スズナだって女です。意中の殿方に抱かれたいと思うのは極自然のことですよ」
「い、意中って……そんな。いったいいつから俺にそんな気持ちを……」
「鈍感なダイキさん。あれだけ素敵な姿を見せておいて、恋をしない女がいると思いですか?」
うっとり頬を桃色に染めてスズナちゃんは語る。
「人一倍怖がりなのに、人のためにオバケに挑める優しさ。女の子たちを守るために戦う姿……ああ、どうして、そんな乙女心に響くことばかりするんですか。女なら誰だってオチてしまいます」
「な、ななな……」
なんということだ。俺はいま告白されているのか? あのスズナちゃんに? ルカの純粋なファンであるはずのスズナちゃんに?
いや確かに俺だって彼女に尊敬の念は向けられてはいたけど、まさかそういう色恋が混ざった感情だったの!?
「ス、スズナちゃん……君の気持ちは嬉しいが、やはりこんなことしちゃいけない……」
「……ああ、もう黙ってて。どうせすぐ何も考えられなくなるんだから。私に身を任せていれば、それでいいのよ」
「え? うわっ!」
スズナちゃんの口調と雰囲気が変わったかと思いきや、俺は彼女に押し倒された。
う、動けない! 何だこの力は!?
スズナちゃんの細腕のどこからこんなパワーが!?
「ふふふ」
妖艶な笑みを浮かべてスズナちゃんがのしかかってくる。
いつものツーテールを解いたストレートロングのスズナちゃん。
その雰囲気の違いのせいだろうか?
姫カットの髪型が愛らしい彼女には似つかわしくないはずの魔性染みた雰囲気が、やけに馴染んでいる。
「安心して? 私も初めてだけど、いっぱい満足させてあげるから……私に身を委ねて……ダイキくん」
「っ!?」
また、あのいい香りが噎せるほどに匂ってくる。
今度は肉眼で見れるほどに。濃密な桃色の霧が部屋に漂っている。
嗅いではいけない。そう本能が訴える。
「さあ、楽しみましょう?」
スズナちゃんの顔がゆっくりと近づいてくる。
そこからは、いつもの彼女の面影など微塵もない。
それは完全なる別人の顔だった。
「……違う」
俺は必死に声を振り絞る。
「違う! お前はスズナちゃんじゃない! お前は誰だ!?」
確信した。
目の前にいる少女はスズナちゃんではない。
恐らく何者かが彼女の体を乗っ取っているんだ。
戸惑いよりも怒りが湧いてきた。
大切な仲間の体を借りて、こんなマネをする存在に。
「スズナちゃんの体からいますぐ出て行け! 何が目的だ!? 答えによっては……」
切り札であるお札は常に身につけている。
俺の言葉が鍵となっているから、いつでも起動できる。
霊力のない人間でも使えるとても希少なお札だ。だから大切に取っておけと言われているが……状況次第では容赦なく使う。
スズナちゃんを助けるためにも躊躇はしていられない!
「わわわ!? ちょ、ちょっと待って!? 除霊!? それ除霊できるお札でしょ!? 待って待って待って!? ごめん! ごめんなさい! ちょっと魔が差しただけなの!? ちゃんと事情話すから除霊は勘弁して! 私まだ成仏したくないから!」
「……は?」
スズナちゃんの姿をした何者かは、慌てて俺の傍から離れてビクビクと震えだす。
あまりに唐突な態度の急変にポカンと口が開く。
「はあ~……やっぱ気づいちゃうのか。凄いなダイキくん。ちゃんとそういうのもわかる男の子なんだ……やっば、ますます惚れちゃうんだけど……」
何やらブツブツ呟いて顔を赤くしている。
……とにかく、明らかにスズナちゃんとは異なる言動。
やはり何者かがスズナちゃんの中にいると見て間違いない。
「こほん……それで、アンタいったい何者だ?」
「え、えーとですね。信じてもらえるかわかりませんが……」
身の危険を感じたからか、いやに下手気味な態度で相手は恐る恐る一冊の本を手に取る。
それは……大谷清香のファースト写真集だった。
「その、こんばんわ~。大谷清香の霊です。いま、この子の体を借りてま~す……って言って信じてくれます?」
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