写真集こそ紙媒体で手にすべし



   * * *



 昨今はスマートフォン一台さえあればわざわざエッチな本を買わずとも、その手の内容をいくらでも無料で閲覧できるようになった。

 ……だが、いま俺の意識の大半を占めているのは、あの超絶美少女インフルエンサーの赤嶺レンなのである。

 原作の公式設定によるスリーサイズはT158cm・B98cm(Jcup)・W57cm・H88cm……スタイル良すぎだろ!? 加減しろ原作者!

 ハッキリ言って、そんじょそこらのグラビアアイドルだって裸足で逃げていくような抜群のスタイルと美貌の持ち主だ。

 無料の範囲でレンを越えるような魅力的な女優を探せるとは思えないし、そもそもフリーな画像や動画では不完全燃焼なもので終わるものが多い。とうぜん違法サイトなどに頼る気もない。

 なので今回は素直に気になる女優をピックアップして、その写真集を買うことにしてみた。

 そのほうが愛着も湧くし、自分の中で印象強く残ると思った。


 ……まあ、そうなってくると十八歳未満の俺が買えるのは精々健全なグラビアアイドルの写真集に限られてくるが、自分にはそれで充分である。

 ビビリな性格の俺には、ガチめのアダルト作品は正直刺激が強すぎる。クラスの男子たちがこっそり入手した十八禁動画を見たときは、顔から火が出そうになるくらい熱くなって倒れかけた。

 それでもお前は人生二度目の転生者かよ、と言われてしまいそうだが……そういう性分なのだから仕方ないだろ!


 とにかく、レンの代わりに夢に登場するくらいに魅力的なグラビアアイドルを探さねばならない。

 キーワードを複数入力して検索をかけるが……。


「……むぅ、いかん。美人ではあるがレンのほうがかわいいな。この人もスタイルはいいが……うん、レンのほうが胸もお尻も大きくてエッチだわ。やべえな。レンって本当にエロくてかわいいんだな。やはりレンこそ至高か」


 ……あれ? 気づいたらまたレンの自撮り写真を眺めてしまっている。

 ダメじゃん!


 うう、なぜこんなことに……。

 でも身内贔屓を差し引いてもレンって本当に美少女なんだよな。

 レンに似た黒髪美人で探しているが……やはりどうしてもレンが一番魅力的に思えてしまう。

 むぅ、ここは、いったん黒髪の女性で探すのは諦めて別の路線から漁ってみよう。


「そうだな……じゃあ『グラドル』『茶髪』『爆乳』っと……む? 大谷おおたに清香きよか……こ、これは!?」


 キーワードを変えて検索してみると、ちょうどトレンド入りしているらしいグラビアアイドルの記事が頭のページに出てきた。

 彼女の容貌を見て……総身に電流が駆け抜けていくのを感じた。


「バ、バカな……B120cmのOcupだと!? こ、こんな細い体なのに、これほどのバストを!?」


 なんということだ。あのアイシャよりも胸の大きい女性がいるとは!?

 しかも……とんでもない美人だ! 暴力的なスタイルに反して、どこか大人しめで小動物のような愛らしさを感じさせる美貌……そのギャップが却って色香を増幅させている。

 サンプル画像をいくつか閲覧してみると……「けしからん」という言葉しか出てこない。


 こいつはすげぇ。白いビキニ姿のなんと扇情的なことか。今にもビキニからこぼれ落ちんばかりの特大の乳房が、深い深い谷間を作っている。

 ヤバい。とんでもなく好みだ。なぜこれほどのグラビアアイドルの存在を知らずにいたんだ俺は!

 大谷清香……彼女だ。写真集を買うなら彼女の写真集しかない!

 さっそく電子書籍サイトで大谷清香の写真集を購入しようとしたが……。


「しまった、こんなときに限ってポイントが不足している!」


 ええい。コンビニに行ってカードを買ってポイントチャージをするしか……いや、そんな手間をかけるくらいなら!


「よし、書店で紙の本を買おう」


 電子媒体は閲覧する上では手軽で便利だが……やはり写真集ならば実物大で眺めるのが一番だろう。

 そう思い立った俺はさっそく街にある大型書店へと出かけた。



   * * *



 一応、知り合いに出くわしても大丈夫なようになるべく遠めの書店に足を運び、ついでに軽めの変装をした。

 全年齢向けの写真集とはいえ、やはり購入しているところを知り合いに見られるのは気恥ずかしい。

 マスク良し。伊達眼鏡良し。帽子良し。……うん、これなら万が一知り合いと出会っても俺とはバレまい。完璧な変装だ。


「さて、写真集コーナーはっと……お?」


 書店に着くと、なんと大谷清香の特設コーナーが作られていた。

 多くの男性が手に取ってはレジに持っていく。

 やはりそれほど人気なグラビアアイドルなのか。

 何であれ探す手間が省けたな。

 どれ、やはりここはファースト写真集から購入するか。

 写真集を手に取り、さっさと会計を済ませようとすると……。


「あら? ダイキさんじゃないですか? 奇遇ですね♪」

「あびゃっ!?」


 なんということだ。知り合いに出くわしてしまった!

 しかも、よりによって清純お嬢様であるスズナちゃんじゃないか!?


 ……いや、慌てるな俺!

 俺の変装は完璧のはずだ! まだ誤魔化しきれる!


「え? ダイキ? 誰のことですか? 私は宗沢むねざわ籾造もみぞうですよ?」

「ええー? ダイキさんですよ~。私がダイキさんを見間違えるはずがないじゃないですか~♪」


 ニコニコと満面の笑みでスズナちゃんが迫ってくる。


「お顔を隠して声の抑揚を変えても無駄ですよ~? 体型から骨格、姿勢や挙動、筋肉の律動に至るまで、ダイキさんのことは隅々まで観察していますからね~? スズナの目を誤魔化すことはできませんよ~? うふふ~♪」


 ひいい。可愛らしい笑顔なのに圧力を感じる!?


「あ、あはは。さすがスズナちゃんは凄いな~。探偵になれるかもしれないね~?」

「まあ探偵♪ それは楽しそうですね♪ もし探偵業を営むのなら是非ともダイキさんに助手をお願いしたいです♪」


 誤魔化しきれないのなら仕方ない。適当に雑談を交わして、早いところをこの場を去ろう。

 いつも俺なんかに憧れの眼差しを送ってくれるスズナちゃん……そんな彼女にグラビアアイドルの写真集を買おうとしていることがバレて軽蔑されたら……立ち直れる気がしない!


「こ、ここで会うなんて珍しいね? 何か用事でもあったの?」

「はい。今度、黄瀬財閥監修の番組を組むことになりまして。テレビ局で打ち合わせをしてきた帰りなんです。残念ながら肝心な内容は決まらなかったのですが……なので、こちらで何かアイディアの参考になるような書籍があればと思いまして」

「へ、へぇ……相変わらず凄いことしてるねスズナちゃん……」


 黄瀬財閥の娘として、すでにいくつかの仕事を手伝っているらしいスズナちゃん。

 本人は何てことのないように語っているが、庶民の俺からしたらまるで別世界のような話が毎度ポンポンと出てくるので圧倒されてしまう。


「ダイキさんこそ珍しいですね。わざわざご自宅から遠い書店にいらっしゃるだなんて」

「あ、ああ、それは……実は両親が明日から有給取って町内会の温泉旅行に行くことになっててさ。せっかく家を独り占めできるから、何か盛大にパァッとやろうと思っていろいろと買い出しをね……」


 咄嗟の言い訳に親の温泉旅行を引き合いに出す。

 明日から家でひとりきりになるのは事実なので、嘘は言っていない。


「まあ! 家を独り占め……それは何だか楽しそうですね♪」


 金色の瞳をキラキラと輝かすスズナちゃん。

 生粋のお嬢様である彼女は、庶民的な暮らしやイベントに強い憧れを持っているらしい。

 この間、キリカの部屋でやった打ち上げでも随分とはしゃいでいたものだ。


「私も実家を離れてマンションで住み始めましたが、いつもばあやとメイドさんたちがいるので、そういうのに憧れちゃいます♪」


 ……うん、あの超高級高層マンションの一室を独り占めできたら、それはさぞ楽しいだろうね。


「あ、よろしければ私もその買い出し、お手伝いしますよ? 読み物だけではなくて、食べ物や飲み物や遊び道具をお買いになるのですよね?」

「ええ!? い、いや、悪いよ!」

「そう遠慮なさらずに♪ 車もありますので、いくらでもお荷物を載せられますよ?」


 いかん、墓穴を掘ってしまった。

 このままでは大谷清香の写真集を買えない。

 残念だが、ここは一旦出直すしかないようだ……。


「あっ、俺、急用思い出しちゃった! ごめん、スズナちゃん。せっかくだけど俺、急がないといけないから。また明日学園で……」


 そう言いながら、さり気なく後ろに隠した大谷清香の写真集を棚に戻そうとしたが……ゴツンと見当違いの場所に接触してしまう。


「あっ……」

「あら?」


 衝突によって手元から落ちる写真集。

 爆乳美女がデカデカと表紙になっている書物がスズナちゃんの目に入る。

 ……終わった。

 どう見たってコッソリ隠していたのがバレバレである。


 恐る恐るスズナちゃんの反応を窺う。

 彼女は涙を流していた。

 泣くほどショック!?


「ス、スズナちゃん! ち、違うんだ! コレには事情があってだね!?」

「うぅ……ダイキさん。あなたは、本当にお優しい御方なのですね?」

「はい?」

「……この若さでお亡くなりになったこの御方のことを思って、写真集を購入されようとしたんですよね? ああっ、私ますますダイキさんのこと尊敬してしまいます」

「亡く、なった?」


 スズナちゃんの言葉で反射的に背後の棚を振り返る。


 ──追悼、大谷清香。


 なぜ彼女がトレンドに上がり、彼女の特設コーナーが造られていたのか、いま初めて知った。


 ……なんてことだ。

 今日ファンになったばかりだというのに。


 大谷清香は、すでにこの世にいないグラビアアイドルだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る