本当の黒幕

「大丈夫か、皆瀬さん!」

「く、黒野さん?」


 現れたのはオカルト研究部の唯一の男子部員である黒野大輝であった。

 一瞬にして、ハヤトを向こう側へ投げ飛ばしたその剛力にカナエは目を丸くする。


「……なんだぁ、てめぇ。俺のカナエに、なに気安く近づいてんだ……あぁん?」


 投げ飛ばされたハヤトはむくりと立ち上がり、カナエを庇うように立ち塞がるダイキに敵意を向ける。


「いまよぉ……カナエと大事な話をしてるところなんだよ……邪魔すんじゃねぇよ?」

「大事な話? ……女の子の顔を殴ろうとすることがか!? ふざけるな!」


 ダイキの言葉によって、カナエは先ほど起こりかけた事態をようやく認識した。

 ……そうだ。ハヤトは、自分は殴ろうとした。

 あの、ハヤトが?


「……違う」


 カナエは咄嗟に呟いた。

 違う。絶対に違う。

 ハヤトが……あんなことをするはずがない!


「違う……あなたは、やっぱりハヤトくんじゃない!」


 カナエはいまハッキリと確信した。

 いま目の前にいるハヤトは本物ではない。

 その姿を借りた、別の何かなのだと。


「ハヤトくんは、どんなに怒っても、人に手を上げることなんて……女の子に暴力をふるうなんてこと、絶対にしない! 自分の夢をくだらないものなんて言ったりしない! ハヤトくんを……侮辱しないでよ!」


 カナエの胸に湧いてきたのは、もはや困惑でも恐怖でもない。

 怒りだ。

 大切な存在の皮を借りて、彼の名誉を滅茶苦茶にしている何者かへの怒りだった。


「返して……ハヤトくんを返してよ! あなたは……あなたは、いったい誰なの!?」

「……」


 カナエのその問いかけが鍵となったのか。


「……グギ」

「っ!?」


 ハヤトに異変が起こった。


「グギャ……キャハハ……あーあ。あとちょっとだったのになぁ~……」


 ハヤトの声帯に、明らかに彼のものではない、もうひとつの声が混じる。

 この世のものとは思えない、不気味な声だった。


「どいつもこいつもイラつくんだよぉ……!!」


 奇妙な言葉を発したかと思うと、ハヤトはとつぜん自ら体を押さえて、苦しみだす。


「あぐっ……ぐあっ……あああああっ!」

「ハヤトくん!?」

「近づいちゃダメだ皆瀬さん! 来るぞ!」

「え?」

「……この事件の、本当の黒幕だ!」


 ダイキのその言葉を合図にするように……恐怖が、形となって現れた。


「ひっ!?」


 ダイキの背を越して見える光景。

 そのおぞましい光景に、カナエは思わず口を押さえて腰を抜かした。


「グギギ……グギャ……ギギギィ!」


 不気味な声は、もうハヤトの口から漏れてはいない。

 それは、ハヤトの背中から漏れ出ていた。


「グゲェ……アギィ……」


 奇声と共に、何か赤い沁みのようなものが浮かび上がる。

 出血ではなかった。

 血よりも毒々しい赤色の粘液が、まるで空中に向かって滴るようにドロリと溢れてくる。


「アッ、アァアアアアアアアァァッ!」


 赤い粘液は凝り集まって、ひとつの形を為していく。

 不気味な奇声は、いまや赤い塊から発せられていた。


「ヨグモォ……アダジノ計画ヲ、台無シ二、シテクレタナァ……!」


 怨嗟を上げながら、ソレは徐々に輪郭を得ていく。

 まるでハヤトの背中に寄生した菌糸類のようなナニカが、人の形を取っていく。


「セッカク、アト少シデ……カナエヲ、絶望ニ追い込めたのにぃぃぃ!!」

「……え?」


 カナエは己の耳を疑った。

 なぜだ。

 なぜこの声に、聞き覚えがある?

 日常的に聞いてきた自分の名を呼ぶ、この声は……。


 真っ赤な流動体が、とうとう完全な人型となる。

 全身が赤色でも、その容貌が判別がつくほどに。

 そして……その容貌は、カナエがよく知るものだった。


「嘘……いのり、ちゃん?」


 ハヤトの背中から表出した赤色の人型。

 ……それは、カナエの親友である狭間はざまいのりと瓜二つの姿であった。

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