玉座奪取式しりとり⑥

 一秒でも早くロキを屠る。

 それがソフィアとカルラの共通認識であった。


「ははっ! やっぱり君達と戦うのは面白いっ!」


 挟むような立ち位置で繰り広げられる攻防。

 カルラが胴体めがけて拳や蹴りを放つ一方で、ソフィアは急所へ的確にナイフを振るっていく。

 ロキは見る限り防戦一方だ。

 ナイフを時に避け、拳を牽制するために剣を振るう。

 二人を相手にして対処できているのは持ち前の腕っぷしと、武器の所持や性能によるものであるだろう。

 だが、時間稼ぎが目的であるために問題はない。

 むしろ追い詰められているのはカルラ達だ。


「申し訳ないけど、この遊戯ゲームに参加してよかった!」

「私にとっては嫌な話なんだけど!」

「こちらとしても甚だ迷惑ですね」


 あれから何分が経っただろうか?

 そろそろ本格的にリミットが近い。仮に今、ロキを倒せたところでソフィアが運よく扉と交換できる『物』を手に入れられるだろうか?


(マズい……早く倒さないと!)


 カルラに焦りが浮かぶ。

 明確に時間を教えてくれる時計がないからこそ、焦燥感が半端ない。

 その時だった―――


『あれ、これは……?』


 入口に一人の女性が現れる。

 その人間がここまで残っていた参加者だということなどすぐに分かった。


「「「…………」」」


 三人が同時に疾駆する。

 ソフィアは参加者を巻き込んで自分が一時離脱できることを願って。

 ロキは戦いの途中で奥へ向かわないよう先に倒そうと考えて。

 カルラはロキの進行を食い止めるために引き留めようとして。


 それぞれが一斉にこちらへ向かってくることを視界に入れた参加者の女は戸惑う。

 手に持っている『物』で対処した方がいいのだろうか? そう疑問に思った時には—――


「残念、お先に失礼するよ」


 ロキの剣が参加者の喉元を通り過ぎた。

 血が出ることもなく、呆気ない表情を浮かべながら女性は光に包まれて消えていく。

 一歩遅かった……いや、そもそもの武器のリーチが違いすぎた。

 カルラが後悔する頃に、ロキがいつの間にか片方の空いた手でカルラの頭上目掛けて振り下ろした。

 持ち前の反射神経で避ける―――が、逸らし切れなかったカルラの右腕が斬り裂かれる。


「~~~ッ!?」


 もちろん痛覚はない。

 腕が消えた程度でゲームオーバーにもならないのだが、この状況で片腕を失うのはあまりにも過酷であった。


「カルラ!?」


 腕が宙を舞った光景が目に入り、ソフィアは声を上げる。

 一瞬だけ意識が逸れたその隙をロキは見逃さない。

 空いた胴体へと蹴りを放ち、ソフィアが赤い扉の方へと転がされていく。


「さて、これであらかた決着がついたかな?」


 ロキが悠々とした状態で二人を交互に見る。


「お嬢様方には分からないだろうけど、タイムリミットはあと二分だ。それなのに、今からこの部屋から出て『物』を探すなんて不可能。ましてや、僕が顕在なのに奥の扉を交換するなんてできないだろう」


 味方一人が負傷。交換できる『物』は所持しておらず、タイムリミットが近づいている。

 攻めきれなかった時点で詰んでいたが、こうして突き付けられると如何に自分達が万事休すなのかということが改めて分かる。

 カルラの脳内には絶望に似た何かが蠢き始めた。


(サクくん……ッ!)


 どこにいるの、助けてよ。

 そう思わず願い、縋ってしまうぐらいには追い詰められた。

 ただの遊戯ゲームなら悔しいと思う程度でいいだろう―――しかし、この裏には決闘が混ざっている。

 たった一つの敗北が、自分の人生を突き落とすのだ。


「でも、言った通りカルラ様の身は最低限保証します。僕も兄さんのしたことには少なからず申し訳なさを持っているからね。できる範囲カルラ様が不憫にならないよう尽力します」


 この言葉に安心してもいいものだろうか?

 思わず膝をついてしまったカルラは天を見上げる。


「さぁ、お二方」


 ゆっくりと、ロキがカルラに向かって歩き始める。


「これにて、クライマッ―――」


 しかし、その時であった。


「詰めが甘いというのはこのことですよ、ロキ様」


 ソフィアの言葉が響き渡った。

 何を言っているのか? ロキも、カルラも言葉の主に思わず顔を向ける。

 そこにはゆらりと立ち上がり、赤い扉の前に立つソフィア。

 詰めが甘い? この状況で? 明らかにロキが優勢で、勝負はもう決まったはずなのに。


(……いや)


 ロキは頭を振る。

『才女』とまで呼ばれる女の子がこんなにも意味のない発言をするわけがない。

 だったら何がある? そう思った時、ロキは一つの違和感に気がついた。


「待て……!?」


 ソフィアの手には先程まで自分を狙っていたナイフが握られていなかった。

 空間のどこを見ても転がっている姿はなく、違和感を余計にも膨らませる。


「初め、私はご丁寧に棚に置かれている物だけが『物』として交換できると思っていました」


 そんな違和感を抱くロキを無視して、ソフィアは言葉を続ける。


「しかし、そんなルールはどこにもありません。きっと先入観というものなのでしょう―――この仮想空間にある物であれば『物』として交換ができる。それは、この部屋に入って気が付き、今ようやく検証して確証を得られました」

「……まさか」


 ロキが一歩、ソフィアに向かって踏み出す。

 そして—――


「私が着ているこの『服』も、立派な交換対象ですよね?」


 ロキは地を駆ける。

 想定していなかったわけではない。

 この空間にあるものであれば全てが交換対象になることは理解していた。

 ただ、『服』だけは傷つけて消すことはできなかった……何せ、これは会場の誰もが見ており、そんな中で少女の服など剥いでしまえば問題になるからだ。

 でも、まさかそこに気がつくとは思わなくて。

『ナイフ』と着ている『服』を交換できると考えられるとは思っていなくて。


(完全に油断した……ッ!)


 妙にあっさりと蹴られて転がったなとは思っていたが、まさか自分がロキの油断を誘ってわざと距離を詰めたのだとは思わなかった。

 ……いや、一度目。一人で向かって引き返し、『物』を探しに行った行動さえなければ、ロキは終始一貫して警戒していただろう。

 気がついていないと、そう無意識に思わされたのはあの時だ。


 油断を誘って、意識を逸らす。

 ソフィアが抱かせた先入観が、ドツボに嵌まってしまった。


「行かせないっ!」


 阻止しようと走り出したロキの目の前にカルラが割って入った。

 ロキの歯噛みした音が響き渡る。


「さぁ、これこそが本当のクライマックスです」


 ロキが駆け寄るよりも先に、ソフィアが動く。

 交換した『服』を『く』と彫られた赤い扉に触れさせる。

 すると、淡い光によって今着ていたドレスがゆっくりと姿を消していった。

 下には秤位遊戯ノブレシラーに参加するために着ていたもう一着のドレスがある。

 だから見られても大丈夫───横には赤い扉が転がった。


(サク様にも、ロキ様にも譲りませんでした)


 ソフィアはロキが迫る前に、その扉の奥へと足を踏み入れた。


(これで……私の勝ちです!)


 そして───


「なッ!?」


 ソフィアは衝撃的な光景を目にしてしまう。


















「おめでとう。二番の味はいかがかな……才女殿?」



 そこには優雅に足を組み、小さな笑みを浮かべながら一つの椅子に座る少年の姿があった。


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